血と束縛と

北川とも

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第31話

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 前を走っていた車が緩やかにスピードを落として停まる。素早く車から降り立った南郷が、和彦たちが乗っている車に向けて大きく腕を振り、先に行くよう示した。そして当人は足早に、男たちが集まっている一角に向かおうとする。和彦は悲鳴のような声を上げていた。
「停めてくださいっ」
 守光が訝しげにこちらを見る。
「先生?」
「……あそこにいるのは、ぼくの知人です。ぼくに用があって来たんだと思います」
「対処は南郷に任せておけばいい」
「南郷さんは――」
 ダメだ、とはっきり口にすることはできなかった。その代わり行動に出る。和彦が飛び降りかねないと判断したのか、車が停まる。転がり出るように車から降りた和彦は、男たちのほうへ駆け出す。ただ、足元は草履のうえに、着物の裾が気になっておぼつかない。
 和彦に気づいた南郷が皮肉っぽく唇を歪め、ゆっくりと首を横に振る。
「先生、危ないから中に入ってくれ」
「何が危ないんですか」
 キッと睨みつけて、南郷の傍らを通り抜ける。呼びかける前に、男たちに囲まれた人物が振り返り、その顔を見た途端、和彦は怒鳴りつけていた。
「こんなところで何をしてるんだ、あんたはっ」
 男たちに威圧的に取り囲まれたことよりも、和彦に怒鳴られたことが不快だったらしく、鷹津が顔をしかめた。
「何もしていない。ただここに立って、建物を眺めていただけだ。俺の記憶では、ここは公道のはずだが、こいつらは、立ち止まらずにさっさと行けと因縁をつけてきた」
 鷹津は、男たちの神経を逆撫でするように睥睨する。そして、剥き出しの敵意を視線に込めて、南郷に向けた。この場にいる男たちの中で、少なくとも南郷は、鷹津の正体を知っている。
 今のこの状況は、どちらにとってより危険なのか。和彦は瞬時に判断して、鷹津に詰め寄った。
「ぼくの質問に答えろ。ここで何をしている?」
 鷹津は、ひどく冷めた目で和彦を上から下まで眺めた。
「……お前、そんな格好もするんだな」
「何、言って……」
 会話が噛み合っていないと困惑したのは一瞬だ。鷹津はふてぶてしいほどの落ち着きぶりで話し始めた。
「お前がマンションに戻らなくなるのは珍しいことじゃないが、長嶺の本宅にも姿を見せないとなると話は別だ。クリニックに出勤はしているが、近くに待機している護衛が、見たことのない面子に変わっていた。あの蛇みたいに執念深い男が、自分の監視下以外にお前を置くとなると、考えられるのは――」
 鷹津は忌々しげに総和会本部を一瞥する。
「数日前に、総和会本部が騒々しくなっていると情報が入りはしたものの、その後の動きはなかった。お前がなぜか、総和会本部で生活しているということ以外はな」
 一体何があったのかと、鷹津が眼差しで問うてくる。いつもであればドロドロとした感情の澱が透けて見える目は、今は危険なほど感情を剥き出しにしている。怒りと、和彦にはよくわからない、ギラギラとした獣じみた感情だ。
 和彦は、自分の手に繋がった鎖の先で、狂犬が暴走しかかっているような怖さを覚えた。
「聞きたいことがあれば、携帯に連絡してくればよかっただろ。どうして、こんな目立つマネを……」
「総和会会長のオンナっぷりを見てやろうと思った。――見事なもんだな、佐伯」
「……皮肉が言いたくて、ここまで来たのか? 頭がおかしくなったんじゃないか、あんた。自分の立場を考えろっ」
 自分でもどうしたのかと思うほど、心の底から怒りが湧き起こる。和彦の剣幕に、意外そうに鷹津が目を丸くした。
「もしかして、俺の心配をしているのか」
 ムキになって否定しようとしたが、側までやってきた南郷の視線を強く感じ、大きく息を吐き出す。
「早く立ち去ってくれ。……迷惑だ」
「――せっかく来てくれたんだから、中に招待するが」
 揶揄するような口調で言ったのは、南郷だ。和彦は思わず睨みつけたが、南郷は、鷹津を見据えていた。挑発的な笑みを口元に湛えて。それを受けて鷹津は、ゾクリとするほど冷たい一瞥をくれた。
「いいのか、そんなことを言って」
「光栄だろ。暴力団担当の刑事の立場で、総和会本部に足を踏み入れるのは。ここはまだ手入れを食らったことはないからな。もっともあんたは、総和会本部がどうこうよりも、この先生がどういう環境に置かれているかのほうが、大事だろう?」
 あからさまな南郷の挑発に、鷹津は挑発で返した。いきなり和彦の肩を掴み寄せたのだ。
「わざわざゴキブリの棲み家に足を踏み入れなくても、こいつだけ保護すればいい。面倒がないだろ。お互いに」

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