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第31話
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長嶺組から連絡が入るかもしれないと、携帯電話を枕元に置いた和彦は、今夜はもう休むことにする。
万が一を考えて窓を開けるわけにもいかず、仕方なくエアコンはつけたままにしておく。月明かりは今夜は期待できないため、部屋の電気を消したあと、布団の傍らにあるライトの明かりを最小限に絞ってつけておく。そうすると、横になっても、床の間の掛け軸をぼんやりとながら眺めることができるのだ。
蒸し暑い日に、どこか池のほとりを散歩してみるのもいいなと、取り留めのないことを考えていた。子供の頃、少しだけ憧れていた、大きな水槽に金魚を飼ってみるのもいいな、とも。
肌掛け布団に包まって、心地のよい夢想に浸っているうちに、抗いきれない眠気がすぐに押し寄せてきて、和彦の意識を搦め捕る。
どれぐらいウトウトしていたか、唐突に、不快感にじわじわと眠りを侵食されていることに気づいた。
頭の片隅で、これは一体なんだろうかと思った和彦だが、その頭が痛かった。鎮痛剤の効き目が切れたのだと、鈍い思考でようやく結論を出したとき、頬に微かな風が触れる。エアコンの風ではないと、本能的に判断していた。
和彦は目を開けると同時に飛び起き、這うようにして逃げようとしたが、すかさず腰を掴まれた。
「離せっ」
身を捩り、尚も抵抗しようとしたが、それ以上の力で引き戻され、南郷に顔を覗き込まれると、一瞬にして動けなくなった。
このとき、ズキリと頭が痛み、記憶がフラッシュバックした。頭痛と南郷という組み合わせは、総和会の隠れ家での出来事を思い出させるには十分で、ここで和彦は理解した。
朝から感じていた悪い前触れとは、英俊からの電話などではなく、今この瞬間のことだったのだと。
「――あんたは本当に、躾がいい。こちらが凄むまでもなく、一瞬にして抵抗の無益さを理解する。可愛がられるオンナの条件というやつか。まあ、このきれいな顔を、喜んで殴る悪趣味な奴なんて、そうそういないだろうが」
南郷のこの言葉は、決定的だった。体はすでに竦んで動かないが、抵抗しようとする気力すら、呆気なく粉砕される。
和彦が逃げないと確認したのだろう。腰に回した腕を離した南郷は、悠然と布団の上にあぐらをかいて座った。そんな南郷をうかがうように見ていた和彦だが、あるものに視線が吸い寄せられる。南郷が片腕で抱え持ったものだ。和彦はそれに見覚えがあった。ただし、持ち主は今、病院にいる。
南郷はこれ見よがしに、漆塗りの立派な文箱を布団の傍らに置いた。このとき、やけに重みのある音がして、反射的に和彦は身を引こうとしたが、南郷に肩を抱かれ、反対に引き寄せられた。
浴衣の布越しに、南郷の太い腕の感触と体温を感じる。半ばの無意識のうちに、逞しい胸に手を突いて拒もうとしたが、南郷は歯を剥き出すようにして笑った。
「そう怖がらなくても、取って食いやしない。――まだ」
物騒な言葉を囁かれ、鳥肌が立った。視線を背けた瞬間に食われてしまいそうで、瞬きもせず見つめる和彦の肩を、南郷はやけに優しい手つきで撫でてくる。撫でながら、一層体を密着させ、さらには顔を寄せてきた。
あごを持ち上げられ、獣の息遣いが唇にかかる。まず、下唇を吸われた。和彦は微かに声を洩らして首を振ろうとしたが、下唇に軽く噛みつかれて、南郷を受け入れざるをえなくなった。
上唇と下唇を交互に吸われ、甘噛みされながら、合間に南郷が言われた。
「覚えているだろ、隠れ家で最後に俺としたキスを。あのときのあんたは、けっこう乗り気だった。ああいうキスをしようぜ」
間近で南郷を睨みつけた和彦だが、痛いほど唇を吸われたあと、おずおずと南郷と舌先を触れ合わせる。南郷の手に手荒く後ろ髪をまさぐられ、背筋に熱い疼きが駆け抜けていた。もう片方の手には、喉元を優しく撫で上げられる。首を絞め上げられるかもしれないと考えているうちに、太い鞭のような舌に歯列をこじ開けられて、口腔を犯されていた。
「んうっ」
込み上げてきた吐き気を堪えている間にも、南郷の舌に口腔の粘膜をたっぷり舐め回される。喉元にかかった手を意識しながら、和彦は微かに喉を鳴らして受け入れていた。舌を引き出され、露骨に濡れた音を立てながら吸われる。
南郷と交わした口づけは覚えていた。自分を粗野で暴力的な人間に見せる利点を知り抜いている男は、口づけもまさにその通りだ。和彦を威圧し、怯えさせながら、思うままに振る舞い――巧みに快感を引き出す。
万が一を考えて窓を開けるわけにもいかず、仕方なくエアコンはつけたままにしておく。月明かりは今夜は期待できないため、部屋の電気を消したあと、布団の傍らにあるライトの明かりを最小限に絞ってつけておく。そうすると、横になっても、床の間の掛け軸をぼんやりとながら眺めることができるのだ。
蒸し暑い日に、どこか池のほとりを散歩してみるのもいいなと、取り留めのないことを考えていた。子供の頃、少しだけ憧れていた、大きな水槽に金魚を飼ってみるのもいいな、とも。
肌掛け布団に包まって、心地のよい夢想に浸っているうちに、抗いきれない眠気がすぐに押し寄せてきて、和彦の意識を搦め捕る。
どれぐらいウトウトしていたか、唐突に、不快感にじわじわと眠りを侵食されていることに気づいた。
頭の片隅で、これは一体なんだろうかと思った和彦だが、その頭が痛かった。鎮痛剤の効き目が切れたのだと、鈍い思考でようやく結論を出したとき、頬に微かな風が触れる。エアコンの風ではないと、本能的に判断していた。
和彦は目を開けると同時に飛び起き、這うようにして逃げようとしたが、すかさず腰を掴まれた。
「離せっ」
身を捩り、尚も抵抗しようとしたが、それ以上の力で引き戻され、南郷に顔を覗き込まれると、一瞬にして動けなくなった。
このとき、ズキリと頭が痛み、記憶がフラッシュバックした。頭痛と南郷という組み合わせは、総和会の隠れ家での出来事を思い出させるには十分で、ここで和彦は理解した。
朝から感じていた悪い前触れとは、英俊からの電話などではなく、今この瞬間のことだったのだと。
「――あんたは本当に、躾がいい。こちらが凄むまでもなく、一瞬にして抵抗の無益さを理解する。可愛がられるオンナの条件というやつか。まあ、このきれいな顔を、喜んで殴る悪趣味な奴なんて、そうそういないだろうが」
南郷のこの言葉は、決定的だった。体はすでに竦んで動かないが、抵抗しようとする気力すら、呆気なく粉砕される。
和彦が逃げないと確認したのだろう。腰に回した腕を離した南郷は、悠然と布団の上にあぐらをかいて座った。そんな南郷をうかがうように見ていた和彦だが、あるものに視線が吸い寄せられる。南郷が片腕で抱え持ったものだ。和彦はそれに見覚えがあった。ただし、持ち主は今、病院にいる。
南郷はこれ見よがしに、漆塗りの立派な文箱を布団の傍らに置いた。このとき、やけに重みのある音がして、反射的に和彦は身を引こうとしたが、南郷に肩を抱かれ、反対に引き寄せられた。
浴衣の布越しに、南郷の太い腕の感触と体温を感じる。半ばの無意識のうちに、逞しい胸に手を突いて拒もうとしたが、南郷は歯を剥き出すようにして笑った。
「そう怖がらなくても、取って食いやしない。――まだ」
物騒な言葉を囁かれ、鳥肌が立った。視線を背けた瞬間に食われてしまいそうで、瞬きもせず見つめる和彦の肩を、南郷はやけに優しい手つきで撫でてくる。撫でながら、一層体を密着させ、さらには顔を寄せてきた。
あごを持ち上げられ、獣の息遣いが唇にかかる。まず、下唇を吸われた。和彦は微かに声を洩らして首を振ろうとしたが、下唇に軽く噛みつかれて、南郷を受け入れざるをえなくなった。
上唇と下唇を交互に吸われ、甘噛みされながら、合間に南郷が言われた。
「覚えているだろ、隠れ家で最後に俺としたキスを。あのときのあんたは、けっこう乗り気だった。ああいうキスをしようぜ」
間近で南郷を睨みつけた和彦だが、痛いほど唇を吸われたあと、おずおずと南郷と舌先を触れ合わせる。南郷の手に手荒く後ろ髪をまさぐられ、背筋に熱い疼きが駆け抜けていた。もう片方の手には、喉元を優しく撫で上げられる。首を絞め上げられるかもしれないと考えているうちに、太い鞭のような舌に歯列をこじ開けられて、口腔を犯されていた。
「んうっ」
込み上げてきた吐き気を堪えている間にも、南郷の舌に口腔の粘膜をたっぷり舐め回される。喉元にかかった手を意識しながら、和彦は微かに喉を鳴らして受け入れていた。舌を引き出され、露骨に濡れた音を立てながら吸われる。
南郷と交わした口づけは覚えていた。自分を粗野で暴力的な人間に見せる利点を知り抜いている男は、口づけもまさにその通りだ。和彦を威圧し、怯えさせながら、思うままに振る舞い――巧みに快感を引き出す。
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