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第31話
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礼を言って車に乗り込むと、途端に疲労感に襲われる。それと同時に、こめかみがズキリと痛んだ。明け方まで何度も守光の様子をうかがっていたため、睡眠不足気味だということもあるが、外の曇天具合を見るに、気圧のせいかもしれない。
もしくは悪い前触れか、と考えたところで和彦は、これは不吉すぎるなと、ブルッと身震いをしていた。
午前中の最後の患者の施術を終え、手を洗いながら和彦は一声唸る。すぐに治るかと思われた頭痛に、まだ苛まれていた。我慢できないほど痛いというわけではないが、神経に障る。
鎮痛剤を飲む前に、何か食べておいたほうがいいのだろうと思いながらも、外に出るのが億劫だ。なんといっても、クリニックの外で待機しているのは、総和会の護衛なのだ。男たちの視線を気にかけつつ食事をするのは気が進まない。仕方なく和彦は、近くのコンビニに弁当を買いに行くというスタッフに、自分の分も頼む。
平日は、自分の足で歩くといえばクリニック内がほとんどのため、昼食時は数少ない外の空気を吸う機会なのだが、そうもいっていられない。
「……ああ」
デスクの引き出しに入れておいた携帯電話の電源を入れて、小さく声を洩らす。千尋からの留守電を聞いた和彦は、仮眠室に入ってから電話をかける。待ちかねていたように、千尋はすぐに電話に出た。
「今、話して大丈夫なのか?」
『うん。じいちゃんが使っている個室にいるから、平気。そのじいちゃんは、検査に行ってるよ。先生から説明受けたけど、心電図をとる機械をつけたまま、明日まで過ごすんだって』
「それで、会長の様子は?」
一度はベッドに腰掛けた和彦だが、外が気になって窓を開けてみる。相変わらず天気は悪いが、雨は降っていない。午後から天候が荒れるのではないかと、ふと考える。昨日から今日まで気忙しく過ごしていたため、天気予報を見ていないのだ。
『心配ないよ。調子が悪そうって感じでもないし、泰然自若としてる。むしろ俺のほうが、何かあるんじゃないかって、緊張で胃がキリキリしてさ』
「怖いことを言うなよ。ぼくまで胃がどうにかなるだろ」
『――心配してくれてる? じいちゃんと、俺のこと』
こんなときでも長嶺の男らしいなと、和彦は苦笑を洩らす。
「当然だろ。お前や会長に何かあったら、長嶺組も総和会も大変だ」
『そうじゃなくて、先生個人は、ってこと』
「ぼくのことを大事にしてくれている人がつらい思いをするのは、嫌だ。……この答えじゃ、不満か?」
電話の向こうから、千尋の笑い声が聞こえてくる。
「千尋?」
『先生のことを大事にしてる俺の気持ち、伝わってるんだと思ってさ。なんか嬉しくなった』
聞いているこちらは気恥しくなってくると、和彦は心の中で応じる。
「大げさだ。誰だって、同じことを思うはずだ」
『でも、先生みたいな目に遭った人は、同じことは思わないよ、きっと。先生は、優しいんだ』
さすがにムキになって否定しようとしたが、千尋はさらに続けた。
『……じいちゃんに聞いたよ。先生が一晩の間に何度も、様子を見にきてくれたこと。実の息子でもそこまでしてくれないのに、だってさ』
「側にいたら、お前でも、組長でも、同じことをやったよ……」
和彦の脳裏に蘇ったのは、一晩中、守光の部屋の前に陣取っていた南郷の姿だ。それは、主人に誠心誠意尽くしている忠義ゆえなのかもしれないが、今の千尋の言葉を聞いた和彦は、どうしても考えてしまうのだ。まるで、父親を心配する、孝行息子のようではなかったか、と。
かつて賢吾が、総和会の中で、南郷は守光の息子としての役割を与えられていると言っていた。他人の和彦よりも、守光と血の繋がっている賢吾のほうが、より強く、何かを感じているのかもしれない。
『先生、どうかした? 急に黙り込んで』
「いや……、少し気が抜けたというか。――会長の検査が終わったら、お前は帰るんだろ」
『うん。護衛がついてない状況で、俺とじいちゃんが一緒にいると、総和会も長嶺組も心配が倍増するんだよ。病院の外で、冷や冷やしながら待機してると思う』
その護衛たちの苦労が、今の和彦は少しだけ理解できる。守光に何かあったらと、昨晩から今朝にかけて、和彦は似たような緊張感を味わっていたのだ。
ドアの向こうから、和彦を呼ぶ声が聞こえてくる。買い物を頼んだスタッフが戻ってきたのだ。
「悪い、千尋。呼ばれてるんだ」
『あっ、うん。じいちゃんは大丈夫だって、伝えたかっただけだから』
電話を切った和彦は、すぐに返事をして仮眠室を出た。
もしくは悪い前触れか、と考えたところで和彦は、これは不吉すぎるなと、ブルッと身震いをしていた。
午前中の最後の患者の施術を終え、手を洗いながら和彦は一声唸る。すぐに治るかと思われた頭痛に、まだ苛まれていた。我慢できないほど痛いというわけではないが、神経に障る。
鎮痛剤を飲む前に、何か食べておいたほうがいいのだろうと思いながらも、外に出るのが億劫だ。なんといっても、クリニックの外で待機しているのは、総和会の護衛なのだ。男たちの視線を気にかけつつ食事をするのは気が進まない。仕方なく和彦は、近くのコンビニに弁当を買いに行くというスタッフに、自分の分も頼む。
平日は、自分の足で歩くといえばクリニック内がほとんどのため、昼食時は数少ない外の空気を吸う機会なのだが、そうもいっていられない。
「……ああ」
デスクの引き出しに入れておいた携帯電話の電源を入れて、小さく声を洩らす。千尋からの留守電を聞いた和彦は、仮眠室に入ってから電話をかける。待ちかねていたように、千尋はすぐに電話に出た。
「今、話して大丈夫なのか?」
『うん。じいちゃんが使っている個室にいるから、平気。そのじいちゃんは、検査に行ってるよ。先生から説明受けたけど、心電図をとる機械をつけたまま、明日まで過ごすんだって』
「それで、会長の様子は?」
一度はベッドに腰掛けた和彦だが、外が気になって窓を開けてみる。相変わらず天気は悪いが、雨は降っていない。午後から天候が荒れるのではないかと、ふと考える。昨日から今日まで気忙しく過ごしていたため、天気予報を見ていないのだ。
『心配ないよ。調子が悪そうって感じでもないし、泰然自若としてる。むしろ俺のほうが、何かあるんじゃないかって、緊張で胃がキリキリしてさ』
「怖いことを言うなよ。ぼくまで胃がどうにかなるだろ」
『――心配してくれてる? じいちゃんと、俺のこと』
こんなときでも長嶺の男らしいなと、和彦は苦笑を洩らす。
「当然だろ。お前や会長に何かあったら、長嶺組も総和会も大変だ」
『そうじゃなくて、先生個人は、ってこと』
「ぼくのことを大事にしてくれている人がつらい思いをするのは、嫌だ。……この答えじゃ、不満か?」
電話の向こうから、千尋の笑い声が聞こえてくる。
「千尋?」
『先生のことを大事にしてる俺の気持ち、伝わってるんだと思ってさ。なんか嬉しくなった』
聞いているこちらは気恥しくなってくると、和彦は心の中で応じる。
「大げさだ。誰だって、同じことを思うはずだ」
『でも、先生みたいな目に遭った人は、同じことは思わないよ、きっと。先生は、優しいんだ』
さすがにムキになって否定しようとしたが、千尋はさらに続けた。
『……じいちゃんに聞いたよ。先生が一晩の間に何度も、様子を見にきてくれたこと。実の息子でもそこまでしてくれないのに、だってさ』
「側にいたら、お前でも、組長でも、同じことをやったよ……」
和彦の脳裏に蘇ったのは、一晩中、守光の部屋の前に陣取っていた南郷の姿だ。それは、主人に誠心誠意尽くしている忠義ゆえなのかもしれないが、今の千尋の言葉を聞いた和彦は、どうしても考えてしまうのだ。まるで、父親を心配する、孝行息子のようではなかったか、と。
かつて賢吾が、総和会の中で、南郷は守光の息子としての役割を与えられていると言っていた。他人の和彦よりも、守光と血の繋がっている賢吾のほうが、より強く、何かを感じているのかもしれない。
『先生、どうかした? 急に黙り込んで』
「いや……、少し気が抜けたというか。――会長の検査が終わったら、お前は帰るんだろ」
『うん。護衛がついてない状況で、俺とじいちゃんが一緒にいると、総和会も長嶺組も心配が倍増するんだよ。病院の外で、冷や冷やしながら待機してると思う』
その護衛たちの苦労が、今の和彦は少しだけ理解できる。守光に何かあったらと、昨晩から今朝にかけて、和彦は似たような緊張感を味わっていたのだ。
ドアの向こうから、和彦を呼ぶ声が聞こえてくる。買い物を頼んだスタッフが戻ってきたのだ。
「悪い、千尋。呼ばれてるんだ」
『あっ、うん。じいちゃんは大丈夫だって、伝えたかっただけだから』
電話を切った和彦は、すぐに返事をして仮眠室を出た。
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