709 / 1,268
第31話
(1)
しおりを挟む移動する車中の空気はピンと張り詰めていた。
和彦は、ぎこちなく息を吐き出すと、遠慮がちに隣を見遣る。対向車線を走る車のヘッドライトに照らし出される賢吾の顔は、じっと何かを考え込んでいるように見えた。胸の内はともかく、実の父親が倒れたと聞いて、動揺している様子はない。
組織を背負っている人間とは、こういうものなのだろうかと、つい和彦は考えてしまう。冷淡なのではない。賢吾だけではなく、長嶺組の男たちは、自らの感情を押し殺しているように感じるのだ。
長嶺守光は、総和会会長職にある今、名分として長嶺組からは距離を置いてはいるものの、先代としての影響力はあり、賢吾を見守っているという精神的支柱としての役割もあるだろう。その守光に何かあったときには、とてつもない騒乱が起きるのではないかと、和彦ですら危惧してしまう。
それ以上に、純粋に心配だった。
和彦にとって守光は、肉親でもないし、知り合ってまだ一年も経っていない。だが、近しい存在の一人だ。親しみを抱くには畏れ多いが、和彦は守光を受け入れている。あれほどの人物をなぜ――と考えてみれば、それは、賢吾と千尋を先に受け入れていたからだ。
その賢吾と千尋にとって、守光は大切な血縁者なのだ。和彦は、二人が悲しむ姿は見たくなかった。
和彦が向ける眼差しに気づいたのか、ふっと賢吾がこちらを見る。目が合ってうろたえた和彦は、なんと声をかけようかと迷ったが、先に賢吾が話しかけてきた。
「そう、深刻な顔をするな、先生。電話で聞いた限り、意識はしっかりしているそうだ」
「……そうは言っても、詳しい状況がわかるまで、安心はできない……」
緊張からか、脈が少し速くなっている。息苦しさを覚えた和彦は、ゆっくりと深呼吸をする。すると、賢吾に手を握られた。
「いつもより手が冷たいな」
こんなときに、と一度は手を引きかけたが、賢吾の手の温かさにほっとして、結局握り返していた。
「言われるまま、あんたについてきたけど……、ぼくなんかが一緒でいいのか?」
「なんか、って言い方はないだろ。先生は長嶺の者にとって、特別な存在だ。そもそも、先生も呼んでほしいと言ったのは、オヤジだそうだ」
「会長が?」
「医者である先生を呼んだのか、大事で可愛いオンナを呼んだのか、どっちだろうな。なんにしても、オヤジが呼んだことに変わりはないんだ。卑屈になることはない」
本来なら、賢吾を気遣わなければならないのだろうが、これでは立場が逆だ。和彦は浅く頷いて返すと、ようやくシートに身を預ける。
このときまで和彦は、車はまっすぐ病院に向かっているものだと思い込んでいた。しかし車は、すっかり見慣れた道を走り続け、ようやく状況を把握する。
和彦が戸惑っている間に、目的地が見えてくる。総和会本部の建物だ。
普段の総和会本部は、威圧的で立派な建物ではあるものの、住宅街の中に紛れ込もうという努力はしているようだった。出入りする人間は極力抑え、物騒な気配はうかがわせず、息を潜めて、静かに活動しているのだ。だが今は、本来の役目を隠そうとはしていない。
建物の前の道は煌々と照明で照らされ、険呑とした男たちが堂々と姿を見せ、辺りを警戒している。ピリピリとした空気が見ているだけで伝わってくる。十一もの組から成り立っている巨大組織・総和会のトップに立つ男の居城であり、ここに、総和会の権力が集中していると、声高に宣言する必要もなかった。
道は混雑しており、和彦たちが乗る車の前に、何台もの車が並んでいる。建物の前に立つ男たちは、慇懃に頭を下げては車の中に向けて何か話しかけ、少しすると車は走り去っていく。そのうち、男の一人が駆け寄ってくる。賢吾の指示を受けた助手席のウィンドーが下ろされると、会話を交わすまでもなかった。
車はアプローチを誘導され、門を通る。駐車場に車を停めると、和彦は賢吾とともに、いつも通っているエントランスホールではなく、裏口から総和会本部内へと入る。
総和会本部は、常に緊張感が漂っている場所だが、今日は物音一つ立てることすら躊躇するほど、空気が張り詰めていた。
本当に、こんなときに自分がやってきてよかったのか――。和彦が空気に呑まれかかっていると、ふいに軽く腕を掴まれて引っ張られる。
「先生」
賢吾に呼ばれて我に返る。促されるまま一緒にエレベーターに乗り込み、四階に上がる。
扉が開いた瞬間、ぎょっとした。ラウンジに、思い詰めた顔の男たちが何人も待機していたからだ。男たちのほうも、扉の向こうから現れた賢吾を見るなり、一斉に深々と頭を下げた。賢吾のほうは軽く会釈をしただけで通り過ぎる。
25
お気に入りに追加
1,391
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…



塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる