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第30話
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欲望に触れていた手をさらに奥へと伸ばし、繋がっている部分に指を這わせて擦り上げる。三田村の欲望が内奥で力強く脈打ったのを感じた。
「あっ……」
和彦が小さく声を洩らした次の瞬間、ぐうっと内奥深くを抉られて、和彦は短く悲鳴を上げる。絶頂を迎え、自らが放った精で下腹部を濡らしていた。しかし和彦の体は満足せず、三田村の欲望を必死に締め付ける。より深い快感を、まだこの男は与えてくれると知っているからだ。
「三田、村……、お、く……。もっと、奥まで、して――」
逞しい腰にしっかりと両足を絡め、浅ましく腰を揺らす。和彦が見せる露骨な媚態に、三田村は狂ってくれる。半ばの無意識のうちに、虎が息づく背に触れようと両腕を伸ばしかける。すると三田村は、腰を打ち付けるように激しい律動を始めたかと思うと、和彦の両手首を掴んでベッドに押さえつけた。
すぐには三田村の行動の意味がわからなかったが、顔を覗き込まれてようやく察する。自分だけに集中しろと、三田村は言いたいのだ。
男の嫉妬が心地いいと、和彦は思った。執着されているという実感が体の隅々まで行き渡り、自分もまた、男に強く執着しているのだと実感できる。この実感のやり取りも、愛情と呼んでいいのかもしれない。
もちろん、和彦が愛情を抱いているのは、三田村だけではなく――。
和彦の意識が他へと向くことを許さないように、三田村の熱い精が内奥に注ぎ込まれる。目も眩むような愉悦に、ようやく手首を解放された和彦は必死に三田村にすがりつき、三田村もまた、和彦を掻き抱いた。
梅雨明けが宣言された日、和彦は仕事帰りに長嶺の本宅を訪れた。
実に予定外の訪問だと、自分でも思う。和彦としては、痺れを切らした千尋がマンションに押し掛けてくるか、賢吾から一方的な呼び出しの電話がかかってくるまで、自ら行動を起こす気はなかった。八つ当たりに近い怒りを賢吾にぶつけた身としては、そうするしかなかったのだ。
しかし、クリニックを閉めようかという時間に、ある人物から電話があり、こうして本宅に駆けつけた。
慌しい足取りでダイニングに向かった和彦は、イスに腰掛けた男に目を留めるなり、こう声をかける。
「大丈夫なのかっ?」
笠野は、驚いたように目を丸くしたあと、申し訳なさそうに苦い笑みを浮かべた。強面からは想像もつかない人当たりのいい表情は、笠野の特徴ともいっていい。
「すみません、先生。仕事が終わったばかりなのに、こんな野暮用で来ていただいて」
「どこが野暮用だ。怪我したんだろう」
和彦はテーブルにアタッシェケースを置くと、笠野の手元を覗き込む。左手を包んでいるタオルを外させると、てのひらが血で染まっていた。
「研いだばかりの包丁を仕舞っていて、うっかりと……。長く台所に立っていますがこんなことは初めてで、ちょっとショックを受けていますよ」
「この家で生活している人間たちは、笠野さんの料理が食べられなくて、ショックを受けるんじゃないか。ぼくもその一人だ」
先日、守光が言っていたように、長嶺の本宅の台所は昔から男が守っており、今は、この笠野が守っている。かつては料理人を目指していたというだけあって腕は確かで、和彦も本宅に世話になっているときはおろか、マンションにもたびたび食事を運んでもらっている。一人暮らしを始めてから、手料理とは縁遠い生活を送ってきた和彦の舌は、すっかり笠野の味に馴染んでいた。
笠野の下について台所仕事を手伝っている組員が、心配そうな顔でキッチンからこちらをうかがっている。和彦は手招きして呼び寄せると、水に濡らしたきれいな布と消毒液などを持ってこさせる。縫合に必要なものは、アタッシェケースに詰め込んできていた。
手を洗ってイスに座り直した和彦は、まず局所麻酔の準備をする。
「血は止まっているな。それに、傷も深くないようだし」
「わざわざ先生の手を煩わせる傷じゃないと、わたしも言ったんですけどね……」
笠野の物言いが気になり、注射器を手にした和彦はちらりと視線を上げる。しまった、という顔をした笠野の様子から、ある結論を導き出すのは簡単だった。
はあっ、と聞こえよがしのため息をついてから、淡々と治療を始める。
「……ぼくを煩わせる云々は、気にしなくていいんだ。もともとぼくは、長嶺組に使われるために連れてこられたんだし。今はむしろ、大きい仕事を任されすぎというか……」
ここまで話して和彦は、またため息をつく。この状況でも愚痴をこぼそうとしている自分に嫌気が差したのだ。そんな和彦の気持ちを知ってか知らずか、笠野が穏やかな口調で言う。
「あっ……」
和彦が小さく声を洩らした次の瞬間、ぐうっと内奥深くを抉られて、和彦は短く悲鳴を上げる。絶頂を迎え、自らが放った精で下腹部を濡らしていた。しかし和彦の体は満足せず、三田村の欲望を必死に締め付ける。より深い快感を、まだこの男は与えてくれると知っているからだ。
「三田、村……、お、く……。もっと、奥まで、して――」
逞しい腰にしっかりと両足を絡め、浅ましく腰を揺らす。和彦が見せる露骨な媚態に、三田村は狂ってくれる。半ばの無意識のうちに、虎が息づく背に触れようと両腕を伸ばしかける。すると三田村は、腰を打ち付けるように激しい律動を始めたかと思うと、和彦の両手首を掴んでベッドに押さえつけた。
すぐには三田村の行動の意味がわからなかったが、顔を覗き込まれてようやく察する。自分だけに集中しろと、三田村は言いたいのだ。
男の嫉妬が心地いいと、和彦は思った。執着されているという実感が体の隅々まで行き渡り、自分もまた、男に強く執着しているのだと実感できる。この実感のやり取りも、愛情と呼んでいいのかもしれない。
もちろん、和彦が愛情を抱いているのは、三田村だけではなく――。
和彦の意識が他へと向くことを許さないように、三田村の熱い精が内奥に注ぎ込まれる。目も眩むような愉悦に、ようやく手首を解放された和彦は必死に三田村にすがりつき、三田村もまた、和彦を掻き抱いた。
梅雨明けが宣言された日、和彦は仕事帰りに長嶺の本宅を訪れた。
実に予定外の訪問だと、自分でも思う。和彦としては、痺れを切らした千尋がマンションに押し掛けてくるか、賢吾から一方的な呼び出しの電話がかかってくるまで、自ら行動を起こす気はなかった。八つ当たりに近い怒りを賢吾にぶつけた身としては、そうするしかなかったのだ。
しかし、クリニックを閉めようかという時間に、ある人物から電話があり、こうして本宅に駆けつけた。
慌しい足取りでダイニングに向かった和彦は、イスに腰掛けた男に目を留めるなり、こう声をかける。
「大丈夫なのかっ?」
笠野は、驚いたように目を丸くしたあと、申し訳なさそうに苦い笑みを浮かべた。強面からは想像もつかない人当たりのいい表情は、笠野の特徴ともいっていい。
「すみません、先生。仕事が終わったばかりなのに、こんな野暮用で来ていただいて」
「どこが野暮用だ。怪我したんだろう」
和彦はテーブルにアタッシェケースを置くと、笠野の手元を覗き込む。左手を包んでいるタオルを外させると、てのひらが血で染まっていた。
「研いだばかりの包丁を仕舞っていて、うっかりと……。長く台所に立っていますがこんなことは初めてで、ちょっとショックを受けていますよ」
「この家で生活している人間たちは、笠野さんの料理が食べられなくて、ショックを受けるんじゃないか。ぼくもその一人だ」
先日、守光が言っていたように、長嶺の本宅の台所は昔から男が守っており、今は、この笠野が守っている。かつては料理人を目指していたというだけあって腕は確かで、和彦も本宅に世話になっているときはおろか、マンションにもたびたび食事を運んでもらっている。一人暮らしを始めてから、手料理とは縁遠い生活を送ってきた和彦の舌は、すっかり笠野の味に馴染んでいた。
笠野の下について台所仕事を手伝っている組員が、心配そうな顔でキッチンからこちらをうかがっている。和彦は手招きして呼び寄せると、水に濡らしたきれいな布と消毒液などを持ってこさせる。縫合に必要なものは、アタッシェケースに詰め込んできていた。
手を洗ってイスに座り直した和彦は、まず局所麻酔の準備をする。
「血は止まっているな。それに、傷も深くないようだし」
「わざわざ先生の手を煩わせる傷じゃないと、わたしも言ったんですけどね……」
笠野の物言いが気になり、注射器を手にした和彦はちらりと視線を上げる。しまった、という顔をした笠野の様子から、ある結論を導き出すのは簡単だった。
はあっ、と聞こえよがしのため息をついてから、淡々と治療を始める。
「……ぼくを煩わせる云々は、気にしなくていいんだ。もともとぼくは、長嶺組に使われるために連れてこられたんだし。今はむしろ、大きい仕事を任されすぎというか……」
ここまで話して和彦は、またため息をつく。この状況でも愚痴をこぼそうとしている自分に嫌気が差したのだ。そんな和彦の気持ちを知ってか知らずか、笠野が穏やかな口調で言う。
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