707 / 1,268
第30話
(25)
しおりを挟む
欲望に触れていた手をさらに奥へと伸ばし、繋がっている部分に指を這わせて擦り上げる。三田村の欲望が内奥で力強く脈打ったのを感じた。
「あっ……」
和彦が小さく声を洩らした次の瞬間、ぐうっと内奥深くを抉られて、和彦は短く悲鳴を上げる。絶頂を迎え、自らが放った精で下腹部を濡らしていた。しかし和彦の体は満足せず、三田村の欲望を必死に締め付ける。より深い快感を、まだこの男は与えてくれると知っているからだ。
「三田、村……、お、く……。もっと、奥まで、して――」
逞しい腰にしっかりと両足を絡め、浅ましく腰を揺らす。和彦が見せる露骨な媚態に、三田村は狂ってくれる。半ばの無意識のうちに、虎が息づく背に触れようと両腕を伸ばしかける。すると三田村は、腰を打ち付けるように激しい律動を始めたかと思うと、和彦の両手首を掴んでベッドに押さえつけた。
すぐには三田村の行動の意味がわからなかったが、顔を覗き込まれてようやく察する。自分だけに集中しろと、三田村は言いたいのだ。
男の嫉妬が心地いいと、和彦は思った。執着されているという実感が体の隅々まで行き渡り、自分もまた、男に強く執着しているのだと実感できる。この実感のやり取りも、愛情と呼んでいいのかもしれない。
もちろん、和彦が愛情を抱いているのは、三田村だけではなく――。
和彦の意識が他へと向くことを許さないように、三田村の熱い精が内奥に注ぎ込まれる。目も眩むような愉悦に、ようやく手首を解放された和彦は必死に三田村にすがりつき、三田村もまた、和彦を掻き抱いた。
梅雨明けが宣言された日、和彦は仕事帰りに長嶺の本宅を訪れた。
実に予定外の訪問だと、自分でも思う。和彦としては、痺れを切らした千尋がマンションに押し掛けてくるか、賢吾から一方的な呼び出しの電話がかかってくるまで、自ら行動を起こす気はなかった。八つ当たりに近い怒りを賢吾にぶつけた身としては、そうするしかなかったのだ。
しかし、クリニックを閉めようかという時間に、ある人物から電話があり、こうして本宅に駆けつけた。
慌しい足取りでダイニングに向かった和彦は、イスに腰掛けた男に目を留めるなり、こう声をかける。
「大丈夫なのかっ?」
笠野は、驚いたように目を丸くしたあと、申し訳なさそうに苦い笑みを浮かべた。強面からは想像もつかない人当たりのいい表情は、笠野の特徴ともいっていい。
「すみません、先生。仕事が終わったばかりなのに、こんな野暮用で来ていただいて」
「どこが野暮用だ。怪我したんだろう」
和彦はテーブルにアタッシェケースを置くと、笠野の手元を覗き込む。左手を包んでいるタオルを外させると、てのひらが血で染まっていた。
「研いだばかりの包丁を仕舞っていて、うっかりと……。長く台所に立っていますがこんなことは初めてで、ちょっとショックを受けていますよ」
「この家で生活している人間たちは、笠野さんの料理が食べられなくて、ショックを受けるんじゃないか。ぼくもその一人だ」
先日、守光が言っていたように、長嶺の本宅の台所は昔から男が守っており、今は、この笠野が守っている。かつては料理人を目指していたというだけあって腕は確かで、和彦も本宅に世話になっているときはおろか、マンションにもたびたび食事を運んでもらっている。一人暮らしを始めてから、手料理とは縁遠い生活を送ってきた和彦の舌は、すっかり笠野の味に馴染んでいた。
笠野の下について台所仕事を手伝っている組員が、心配そうな顔でキッチンからこちらをうかがっている。和彦は手招きして呼び寄せると、水に濡らしたきれいな布と消毒液などを持ってこさせる。縫合に必要なものは、アタッシェケースに詰め込んできていた。
手を洗ってイスに座り直した和彦は、まず局所麻酔の準備をする。
「血は止まっているな。それに、傷も深くないようだし」
「わざわざ先生の手を煩わせる傷じゃないと、わたしも言ったんですけどね……」
笠野の物言いが気になり、注射器を手にした和彦はちらりと視線を上げる。しまった、という顔をした笠野の様子から、ある結論を導き出すのは簡単だった。
はあっ、と聞こえよがしのため息をついてから、淡々と治療を始める。
「……ぼくを煩わせる云々は、気にしなくていいんだ。もともとぼくは、長嶺組に使われるために連れてこられたんだし。今はむしろ、大きい仕事を任されすぎというか……」
ここまで話して和彦は、またため息をつく。この状況でも愚痴をこぼそうとしている自分に嫌気が差したのだ。そんな和彦の気持ちを知ってか知らずか、笠野が穏やかな口調で言う。
「あっ……」
和彦が小さく声を洩らした次の瞬間、ぐうっと内奥深くを抉られて、和彦は短く悲鳴を上げる。絶頂を迎え、自らが放った精で下腹部を濡らしていた。しかし和彦の体は満足せず、三田村の欲望を必死に締め付ける。より深い快感を、まだこの男は与えてくれると知っているからだ。
「三田、村……、お、く……。もっと、奥まで、して――」
逞しい腰にしっかりと両足を絡め、浅ましく腰を揺らす。和彦が見せる露骨な媚態に、三田村は狂ってくれる。半ばの無意識のうちに、虎が息づく背に触れようと両腕を伸ばしかける。すると三田村は、腰を打ち付けるように激しい律動を始めたかと思うと、和彦の両手首を掴んでベッドに押さえつけた。
すぐには三田村の行動の意味がわからなかったが、顔を覗き込まれてようやく察する。自分だけに集中しろと、三田村は言いたいのだ。
男の嫉妬が心地いいと、和彦は思った。執着されているという実感が体の隅々まで行き渡り、自分もまた、男に強く執着しているのだと実感できる。この実感のやり取りも、愛情と呼んでいいのかもしれない。
もちろん、和彦が愛情を抱いているのは、三田村だけではなく――。
和彦の意識が他へと向くことを許さないように、三田村の熱い精が内奥に注ぎ込まれる。目も眩むような愉悦に、ようやく手首を解放された和彦は必死に三田村にすがりつき、三田村もまた、和彦を掻き抱いた。
梅雨明けが宣言された日、和彦は仕事帰りに長嶺の本宅を訪れた。
実に予定外の訪問だと、自分でも思う。和彦としては、痺れを切らした千尋がマンションに押し掛けてくるか、賢吾から一方的な呼び出しの電話がかかってくるまで、自ら行動を起こす気はなかった。八つ当たりに近い怒りを賢吾にぶつけた身としては、そうするしかなかったのだ。
しかし、クリニックを閉めようかという時間に、ある人物から電話があり、こうして本宅に駆けつけた。
慌しい足取りでダイニングに向かった和彦は、イスに腰掛けた男に目を留めるなり、こう声をかける。
「大丈夫なのかっ?」
笠野は、驚いたように目を丸くしたあと、申し訳なさそうに苦い笑みを浮かべた。強面からは想像もつかない人当たりのいい表情は、笠野の特徴ともいっていい。
「すみません、先生。仕事が終わったばかりなのに、こんな野暮用で来ていただいて」
「どこが野暮用だ。怪我したんだろう」
和彦はテーブルにアタッシェケースを置くと、笠野の手元を覗き込む。左手を包んでいるタオルを外させると、てのひらが血で染まっていた。
「研いだばかりの包丁を仕舞っていて、うっかりと……。長く台所に立っていますがこんなことは初めてで、ちょっとショックを受けていますよ」
「この家で生活している人間たちは、笠野さんの料理が食べられなくて、ショックを受けるんじゃないか。ぼくもその一人だ」
先日、守光が言っていたように、長嶺の本宅の台所は昔から男が守っており、今は、この笠野が守っている。かつては料理人を目指していたというだけあって腕は確かで、和彦も本宅に世話になっているときはおろか、マンションにもたびたび食事を運んでもらっている。一人暮らしを始めてから、手料理とは縁遠い生活を送ってきた和彦の舌は、すっかり笠野の味に馴染んでいた。
笠野の下について台所仕事を手伝っている組員が、心配そうな顔でキッチンからこちらをうかがっている。和彦は手招きして呼び寄せると、水に濡らしたきれいな布と消毒液などを持ってこさせる。縫合に必要なものは、アタッシェケースに詰め込んできていた。
手を洗ってイスに座り直した和彦は、まず局所麻酔の準備をする。
「血は止まっているな。それに、傷も深くないようだし」
「わざわざ先生の手を煩わせる傷じゃないと、わたしも言ったんですけどね……」
笠野の物言いが気になり、注射器を手にした和彦はちらりと視線を上げる。しまった、という顔をした笠野の様子から、ある結論を導き出すのは簡単だった。
はあっ、と聞こえよがしのため息をついてから、淡々と治療を始める。
「……ぼくを煩わせる云々は、気にしなくていいんだ。もともとぼくは、長嶺組に使われるために連れてこられたんだし。今はむしろ、大きい仕事を任されすぎというか……」
ここまで話して和彦は、またため息をつく。この状況でも愚痴をこぼそうとしている自分に嫌気が差したのだ。そんな和彦の気持ちを知ってか知らずか、笠野が穏やかな口調で言う。
29
お気に入りに追加
1,391
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…



塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる