血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
685 / 1,268
第30話

(3)

しおりを挟む
 この家で過ごしながら、生活パターンの違いから、何かとすれ違うことの多い千尋だが、やはり何かを感じ取っているらしい。
 千尋が軽くため息をつき、畳を片手で叩く。和彦は座椅子から下り、畳の上に座り直すと、待ちかねていたように千尋が胸元に抱きついてきた。本当に行動が犬だなと思いながら、苦笑しつつも和彦は、千尋の頭に手を置いた。
「……先生がここにいるって、すげー実感できる」
「大げさだな。食事時には、けっこう顔を合わせていただろ」
「でも、ゆっくり話せてないじゃん。……俺、先生に知ってもらいたいこと、いっぱいあったんだ。先生が、自分の兄貴に会いに行くって知ったときは、ものすごく切羽詰ってたこととか。先生がもう二度と、俺――俺たちのところに戻ってこないんじゃないかって、本気で心配してたことも」
 殊勝なことを言う千尋が、先日自分に何をしたのか思い出し、和彦は複雑な心境になる。
 まるで体に呪詛でも刻みつけるように、千尋は守光とともに、和彦の体を貪り、嬲ってきたのだ。賢吾の執着心の強さを知っている和彦だが、千尋もまた、強い。若くて純粋で無謀な分、怖いとさえいえる。
 ただ、守光については、執着心と表現していいのだろうかと、判断がつきかねていた。
「それに、仮に無事に戻ってきても、先生が……、精神的に参って、別人みたいになってたらってこととかさ。俺、先生の様子を、ちょっとだけ観察してた。――大丈夫、だよね?」
 強い輝きを放つ目に、うかがうように見つめられて、和彦の胸は締め付けられる。長嶺の男の本質にあるのは、間違いなく傲慢さだ。同時に、毒のように強烈な甘さも併せ持っている。だから和彦は、簡単に翻弄されるのだ。
 千尋の引き締まった頬を撫でながら、柔らかな声で応じる。
「生憎だがぼくは、お前が思っているよりずっと、ふてぶてしいみたいだ。というより、ぼくが落ち込むことを許さないように、周りの男たちがかまってくれるからな」
「……何、先生。俺のことは放ったらかしのくせに、もうそんなに、いろんな男たちとは会ってたわけ?」
「変なことを想像するなよ。気遣ってもらっているという意味だ」
 どうだか、と言った千尋の唇を軽く抓ってやる。それでも千尋は機嫌よさそうに笑い声を洩らし、ますます強く和彦にしがみついてくる。その勢いに圧され、和彦は畳に手を突いていた。
「おい、あまりじゃれつくな。ぼくはもう横になるつもりだったんだ。お前もさっさと部屋に戻れ」
「えー、寝るにはまだ早い時間じゃん」
「いいんだ」
「――オヤジがいないから、つまらない?」
 子供っぽい言動を早々にかなぐり捨てた千尋が、挑発的な眼差しで、挑発的な言葉を放つ。返事に詰まった和彦は、千尋を軽く睨みつけてから、乱暴に髪を掻き乱してやる。
「つまらないって、なんだ。ぼくは、お前の父親に遊んでもらわないといけない子供じゃないんだからな」
「俺は、先生に遊んでもらいたい。――子供じゃないけど」
 ぐいっと千尋の顔が近づいてきて、唇に熱い息遣いが触れる。意図を察した和彦は視線をさまよわせ、千尋の顔を押し退けようとする。
「お前……、ここ、組長の部屋だぞ」
「いまさらだね、先生。先生と俺とオヤジの三人で、ここでセックスしたことあるだろ」
「それはっ……、主の組長がいたからだ。今は、お前とぼくの二人だ」
「先生って、変なところでお堅いなー。オヤジに気をつかってるんだ? でも将来、ここは俺の部屋になる。先生も、俺だけのものになる」
 千尋の声が怖い響きを帯びる。和彦を恫喝しようとしているのではなく、千尋自身の中にいる、物騒な〈生き物〉の蠢きを感じさせるものだ。和彦は千尋の目を覗き込む。
「……お前、何かあったのか?」
「先生、鋭い」
 甘えるように千尋が頬をすり寄せてくる。
「ふざけるな。一体――」
「教えてあげる。まだ、見せてあげることはできないけど」
 千尋の言葉にハッとする。和彦が目を見開くと、再び千尋が顔を寄せてきた。唇の端を軽く吸われ、和彦はこれ以上千尋を拒むことができなくなる。
「いいよね、先生……」
 甘えた声で千尋に囁かれ、和彦はこの言葉を絞り出すのが精一杯だった。
「隣の部屋に、布団を敷いてある」
 次の瞬間、いきなり立ち上がった千尋に腕を取られ、半ば引きずられるようにして隣の寝室に移動する。襖を開けると、二組の布団が敷いてあった。もちろん千尋のためではなく、いつ賢吾が帰宅してもいいようにと、組員が敷いたのだ。

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

朝起きたら幼なじみと番になってた。

オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。 隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた 思いつきの書き殴り オメガバースの設定をお借りしてます

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

処理中です...