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第29話
(21)
しおりを挟む日曜日の夕方まで、山の中にある隠れ家で過ごした和彦は、説明もないまま車に乗せられて移動する。総和会との関わりで、必要な情報を与えられないまま連れ回される情況に、さすがに慣れた――というより、諦めてしまった。
だからといって、何も感じないわけではないのだ。
車がどこに向かっているのか、さすがに察してしまうと、これだけは慣れない緊張感に襲われる。車が停まったのは、総和会本部だった。
まだ、総和会の人間に囲まれる状況が続くのだろうかと、表現しようのない不安に心が揺れる。促されるまま車を降り、いつものようにエントランスホールを通って、一人でエレベーターに乗り込むと、四階に上がる。
和彦が知る限り、守光の住居空間を守るための配慮なのか、四階には人気がないことが多いのだが、今日は違った。エレベーターの扉が開くと、正面のラウンジに数人の男たちがおり、真剣な――というより、緊迫した面持ちで話していた。一瞬、自分は上がってきてよかったのだろうかと困惑した和彦だが、男の一人がすぐにこちらに歩み寄ってきた。守光の身の回りの世話をしている男だ。
「お疲れ様です、佐伯先生。会長がお待ちです」
「は、い。……あの、何かあったんですか?」
男は曖昧な笑みを浮かべ、守光の住居のほうを手で示す。
「行かれたら、おわかりになると思います。先生でしたら大丈夫でしょう」
気になる物言いだが、男たちの様子は、あれこれと質問できる雰囲気ではない。ますます緊張を募らせて、廊下の突き当たりにあるドアの前に立つ。インターホンを鳴らすと、誰何されることなくドアが開き、着物姿の守光が姿を見せる。
「大変だったな、先生。さあ、入りなさい」
温和な表情で守光に出迎えられ、和彦は戸惑う。さきほどの男たちの緊迫した様子と、すぐに結びつかなかったからだ。ぎこちなく玄関に足を踏み入れると、そこに、革靴が並んでいた。和彦は、意識しないまま小さく声を洩らす。
「さっきから、あんたの到着が遅いと言って、機嫌が悪い。早く顔を見せてやるといい」
守光に促されてダイニングに向かうと、スーツ姿の賢吾がイスからゆっくりと立ち上がるところだった。
賢吾の顔を見た途端、和彦は胸が詰まった。久しぶり、というわけでもないのに、ひどく懐かしい気がして、それだけではなく、込み上げてくる感情がある。安堵もあるが、もっと強い、狂おしい何かだ。
一方の賢吾は、わずかに目を細めると、和彦に向けて片手を差し出してきた。吸い寄せられるように歩み寄った和彦は、あっさりと賢吾の腕の中に閉じ込められた。力強く温かな感触に、ここまで張り詰めていた糸が一気に切れる。和彦は半ば条件反射のように賢吾に身を預けようとしたが、ここがどこで、自分たち二人だけではないことを思い出す。
「あっ、どうしてここに……」
今朝、ようやく本宅に連絡は入れたのだが、そのときの賢吾の態度はいつもと変わらず、特に和彦の心配をしていた様子でもなかったのだ。それだけに、こういう形で顔を合わせたことに戸惑うしかない。
「自分のオンナを迎えにきたら、おかしいか?」
ふいに、前にも同じような状況があったことを思い出す。守光の自宅に、賢吾がこうして和彦を迎えにきたのだ。ここで、外にいた男たちの緊迫した様子の理由が、なんとなく理解できた。滅多に総和会本部に顔を出さないという賢吾が、おそらく連絡もなしにやってきたのだろう。
和彦は、じっと賢吾の顔を見つめる。悠然とした物腰は普段と変わらないが、少しだけ両目に険しさが宿っている。賢吾が怒っていると感じ、和彦は本能的に怯えていた。隠れ家での出来事を、賢吾が把握していると思ったのだ。
守光が何か話したのだろうかと、背後を振り返ろうとしたが、それを阻むように賢吾の手が頬にかかる。
「なんだ。俺によく顔を見せてくれないのか、先生?」
「そんな……。久しぶりというわけでもないのに」
「久しぶりどころか、二度と先生の顔が見られなくなっていたかもしれないんだ。先生の顔を見て、俺が感動に胸を詰まらせていると考えないのか」
なんとも賢吾らしい物言いに、和彦はちらりと笑みをこぼす。この男のもとに帰ってこられたのだと実感していた。ここで賢吾に、左頬を丁寧に撫でられる。
「報告を受けた。顔を合わせた早々、兄貴に殴られたそうだな」
「……そう、手酷くやられたわけじゃない」
「場所を移動してからは? 人目を気にせず、先生を痛めつけてきたんじゃないか」
和彦は曖昧な表情で返し、返事をはぐらかそうとする。するとそこに、守光の声が静かに割って入ってきた。
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