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第29話
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賢吾だけではない。千尋にも、三田村にも心配をかけてしまっている。
男たちの顔を思い浮かべたあと、和彦はつい苦笑する。賢吾の思惑通りなのか、自分は男たちへの情で雁字搦めになっていると、改めて痛感していた。そのうち自分は、男たちへの情で溺れ死んでしまうのではないかと、ありえない想像までする。
ここで和彦は、眉をひそめる。何かの拍子に脈打つように強い頭痛がして、吐き気まで伴い始める。そのため、ドアがノックされても、返事をする気にもなれなかった。何より、相手が容易に推測できた。
案の定、遠慮なくドアが開き、新しいポロシャツに着替えた南郷が姿を見せる。手には、ミネラルウォーターのボトルと、小さな箱を持っていた。
「食堂に置いてある救急箱に、鎮痛剤があった。飲むだろ、先生」
あんなことをしておきながら、何事もなかったように声をかけてくる南郷に対して、やはり不気味さを感じる。それと、戸惑いも。猛烈な怒りを抱くには、肉体的にも精神的にも疲れていた。当然、意地を張る気力もない。
和彦は頷くと、慎重に体を起こす。傍らに立った南郷から受け取ろうとしたが、当の南郷は、ボトルと鎮痛剤の箱を、枕元に放り出した。からかわれたと思った和彦は、南郷を軽く睨みつけてから、ボトルに手を伸ばそうとする。すると、ベッドに腰掛けた南郷にその手を掴まれた。
「頭が痛いと言っていたが、熱もあるんじゃないか。顔が赤い」
「……陽射しにあたって、火照っているだけです」
「陽射しだけか?」
揶揄するように言った南郷につい鋭い視線を向ける。和彦の反応をおもしろがるように唇を緩めた南郷は、鎮痛剤の箱を開け、シートを取り出した。大きなてのひらに錠剤を二つのせて、こちらに差し出してきたので、和彦は錠剤を受け取って口に入れる。さらに南郷はボトルを手に取り、和彦の見ている前で自分が口をつけた。
意味ありげな眼差しを寄越された和彦は、伸ばされた南郷の手を一度は押し退けたが、あっさりと肩を抱かれて引き寄せられる。
「んっ……」
南郷の唇が重なり、冷たい水をゆっくりと口移しで与えられる。少しだけ唇の端からこぼれ落ちたが、和彦は微かに喉を鳴らし、鎮痛剤と一緒に呑んだ。
和彦が抵抗しなかったことで気をよくしたのか、南郷は熱心に唇を吸い始める。最初は体を硬くしていた和彦だが、柔らかく南郷の唇を吸い返す。口づけが熱を帯びるのは早かった。
舌先を触れ合わせ、擦りつけ合ってから、緩やかに絡めていく。肩を抱く南郷の手に力が加わり、二人はより密着する。和彦は無意識のうちに、南郷の胸に手を突いていた。見えない距離が近くなった南郷との間に、境界線を引く行為に近い。しかし、南郷は易々と踏み越えてくる。
「素直になったな、先生」
唇を吸い合う合間に、そんなことを南郷が言う。和彦は弾んだ息を誤魔化すため、抑えた声で応じた。
「ぼくが暴れたところで、あなたは簡単に押さえ込めるでしょう。……ぼくは、痛い思いはしたくないんです。痛い目に遭うぐらいなら、多少の不快さは我慢できます」
「不快、か。あんたは、弱いんだか、強いんだか、わかんねーな。まあ、今はっきり言えるのは、俺はあんたとのキスを、かなり気に入ってるってことだ」
次の瞬間、南郷が覆い被さってきて、和彦はベッドに仰向けで倒れ込む。また、体に触れられるのかと身構えた和彦に対して、南郷が甘く恫喝してきた。
「セックスみたいなキスをしようぜ、先生。俺を満足させてくれ」
唇を吸われて呻き声を洩らした和彦だが、それ以上の抗議も抵抗もできなかった。南郷が大きな手で髪を撫でながら、下唇と上唇を交互に甘噛みしてくる。合間に歯列を舌先でくすぐられ、肉欲の疼きが体の内から湧き起こる。
昨夜からずっと、南郷によって官能を刺激され、鎮まりかけても巧みに煽られ続けていた。南郷は不気味な男だが、〈オンナ〉である和彦の扱いをよく心得ている。恐怖と屈辱と羞恥だけではなく、しっかりと快感を味わわせてくるのだ。
「――今、発情した顔になったな」
唇を離した南郷に指摘され、カッとした和彦は肩を押し退けようとする。おどけた仕種で南郷は体を揺らし、和彦のささやかな反抗を簡単に受け流した。ますます和彦がムキになろうとしたそのとき、部屋のドアがノックされた。
「南郷さん、そろそろ出発の時間です」
ドアの向こうからそう声がかけられ、おう、と短く応じた南郷があっさりと体を起こした。唇を拭う和彦を見て、気を悪くした様子もなく南郷が言った。
「先生ともっと遊びたかったが、俺の時間切れだ。これでも隊を率いていて、何かと忙しい身でな」
「……失点がどうとか言ってましたが、本当は、あなたがここに来るほど、切迫した理由はなかったんでしょう」
「切迫した理由はなかったが、来る必要はあった。怖い長嶺組長の目が届かない状況なんて、そうはないからな。先生とは、もっと打ち解けておきたいんだ」
「勝手なことを……」
和彦がぽつりと呟くと、南郷はニヤリと笑ってこう言い放った。
「あんたは慣れてるだろ。そういう勝手な言い分を。そのうえで、あんたは男たちを甘やかして、骨抜きにする」
言い返せなかった。和彦が唇を引き結ぶと、その反応に満足したのか、南郷はもう何も言わずに部屋を出ていった。
和彦は仰向けになったまま少しの間ぼんやりしていたが、外から人の話し声が聞こえてきて、体を起こす。鎮痛剤が効き始めているのか、頭痛がいくらか和らいでいた。
床に下り立ち、慎重に窓に近づく。カーテンの陰からそっと外の様子をうかがうと、家の前に停められた車に、南郷が乗り込んでいた。すぐに車は走り去り、それを見届けた和彦は、嵐が去ったあとのような安堵感を覚える。
もう一度唇を拭った和彦は、口をすすぐために洗面所に向かった。
男たちの顔を思い浮かべたあと、和彦はつい苦笑する。賢吾の思惑通りなのか、自分は男たちへの情で雁字搦めになっていると、改めて痛感していた。そのうち自分は、男たちへの情で溺れ死んでしまうのではないかと、ありえない想像までする。
ここで和彦は、眉をひそめる。何かの拍子に脈打つように強い頭痛がして、吐き気まで伴い始める。そのため、ドアがノックされても、返事をする気にもなれなかった。何より、相手が容易に推測できた。
案の定、遠慮なくドアが開き、新しいポロシャツに着替えた南郷が姿を見せる。手には、ミネラルウォーターのボトルと、小さな箱を持っていた。
「食堂に置いてある救急箱に、鎮痛剤があった。飲むだろ、先生」
あんなことをしておきながら、何事もなかったように声をかけてくる南郷に対して、やはり不気味さを感じる。それと、戸惑いも。猛烈な怒りを抱くには、肉体的にも精神的にも疲れていた。当然、意地を張る気力もない。
和彦は頷くと、慎重に体を起こす。傍らに立った南郷から受け取ろうとしたが、当の南郷は、ボトルと鎮痛剤の箱を、枕元に放り出した。からかわれたと思った和彦は、南郷を軽く睨みつけてから、ボトルに手を伸ばそうとする。すると、ベッドに腰掛けた南郷にその手を掴まれた。
「頭が痛いと言っていたが、熱もあるんじゃないか。顔が赤い」
「……陽射しにあたって、火照っているだけです」
「陽射しだけか?」
揶揄するように言った南郷につい鋭い視線を向ける。和彦の反応をおもしろがるように唇を緩めた南郷は、鎮痛剤の箱を開け、シートを取り出した。大きなてのひらに錠剤を二つのせて、こちらに差し出してきたので、和彦は錠剤を受け取って口に入れる。さらに南郷はボトルを手に取り、和彦の見ている前で自分が口をつけた。
意味ありげな眼差しを寄越された和彦は、伸ばされた南郷の手を一度は押し退けたが、あっさりと肩を抱かれて引き寄せられる。
「んっ……」
南郷の唇が重なり、冷たい水をゆっくりと口移しで与えられる。少しだけ唇の端からこぼれ落ちたが、和彦は微かに喉を鳴らし、鎮痛剤と一緒に呑んだ。
和彦が抵抗しなかったことで気をよくしたのか、南郷は熱心に唇を吸い始める。最初は体を硬くしていた和彦だが、柔らかく南郷の唇を吸い返す。口づけが熱を帯びるのは早かった。
舌先を触れ合わせ、擦りつけ合ってから、緩やかに絡めていく。肩を抱く南郷の手に力が加わり、二人はより密着する。和彦は無意識のうちに、南郷の胸に手を突いていた。見えない距離が近くなった南郷との間に、境界線を引く行為に近い。しかし、南郷は易々と踏み越えてくる。
「素直になったな、先生」
唇を吸い合う合間に、そんなことを南郷が言う。和彦は弾んだ息を誤魔化すため、抑えた声で応じた。
「ぼくが暴れたところで、あなたは簡単に押さえ込めるでしょう。……ぼくは、痛い思いはしたくないんです。痛い目に遭うぐらいなら、多少の不快さは我慢できます」
「不快、か。あんたは、弱いんだか、強いんだか、わかんねーな。まあ、今はっきり言えるのは、俺はあんたとのキスを、かなり気に入ってるってことだ」
次の瞬間、南郷が覆い被さってきて、和彦はベッドに仰向けで倒れ込む。また、体に触れられるのかと身構えた和彦に対して、南郷が甘く恫喝してきた。
「セックスみたいなキスをしようぜ、先生。俺を満足させてくれ」
唇を吸われて呻き声を洩らした和彦だが、それ以上の抗議も抵抗もできなかった。南郷が大きな手で髪を撫でながら、下唇と上唇を交互に甘噛みしてくる。合間に歯列を舌先でくすぐられ、肉欲の疼きが体の内から湧き起こる。
昨夜からずっと、南郷によって官能を刺激され、鎮まりかけても巧みに煽られ続けていた。南郷は不気味な男だが、〈オンナ〉である和彦の扱いをよく心得ている。恐怖と屈辱と羞恥だけではなく、しっかりと快感を味わわせてくるのだ。
「――今、発情した顔になったな」
唇を離した南郷に指摘され、カッとした和彦は肩を押し退けようとする。おどけた仕種で南郷は体を揺らし、和彦のささやかな反抗を簡単に受け流した。ますます和彦がムキになろうとしたそのとき、部屋のドアがノックされた。
「南郷さん、そろそろ出発の時間です」
ドアの向こうからそう声がかけられ、おう、と短く応じた南郷があっさりと体を起こした。唇を拭う和彦を見て、気を悪くした様子もなく南郷が言った。
「先生ともっと遊びたかったが、俺の時間切れだ。これでも隊を率いていて、何かと忙しい身でな」
「……失点がどうとか言ってましたが、本当は、あなたがここに来るほど、切迫した理由はなかったんでしょう」
「切迫した理由はなかったが、来る必要はあった。怖い長嶺組長の目が届かない状況なんて、そうはないからな。先生とは、もっと打ち解けておきたいんだ」
「勝手なことを……」
和彦がぽつりと呟くと、南郷はニヤリと笑ってこう言い放った。
「あんたは慣れてるだろ。そういう勝手な言い分を。そのうえで、あんたは男たちを甘やかして、骨抜きにする」
言い返せなかった。和彦が唇を引き結ぶと、その反応に満足したのか、南郷はもう何も言わずに部屋を出ていった。
和彦は仰向けになったまま少しの間ぼんやりしていたが、外から人の話し声が聞こえてきて、体を起こす。鎮痛剤が効き始めているのか、頭痛がいくらか和らいでいた。
床に下り立ち、慎重に窓に近づく。カーテンの陰からそっと外の様子をうかがうと、家の前に停められた車に、南郷が乗り込んでいた。すぐに車は走り去り、それを見届けた和彦は、嵐が去ったあとのような安堵感を覚える。
もう一度唇を拭った和彦は、口をすすぐために洗面所に向かった。
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