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第28話
(22)
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「電話の声から察してはいたが、機嫌が悪そうだな」
「……悪いよ。オヤジだけじゃなく、じいちゃんまで、先生のことで俺を除け者にしてたんだから」
「なんだ。拗ねているのか」
千尋がムキになって言い返そうとしたが、さすがに守光のほうが遥かに上手だ。千尋の怒りをあっさりと躱すと、和彦に向き直る。
「先生、夕食はとったかね?」
「いえ、まだです……」
「だったら、すぐに準備をさせよう。わしは早めにとったし、千尋は――あとでよかろう。一刻も早く、わしと話をしたいようだからな」
自分も同席すると和彦は訴えたが、意外なことに、世代の違う長嶺の男二人の意見は一致した。
〈オンナ〉を巻き込む話ではない、と。
言い方は違えど、和彦の意思は関係なく、千尋と守光、どちらかが決定したことに従えばいいと言いたいのだ。それは傲慢だと、腹を立てる過程はとっくに過ぎている。和彦はずっと、長嶺の男たちのオンナとして、執着心や独占欲というものに揉まれ、または守られてきた。
「あんたはここで寛いでいるといい。――自分の部屋だと思って」
千尋とともに玄関に向かう守光にそう言われ、和彦は返事に困る。二人は別室で話をするそうだが、だとしたら、自分の役割はと思ったのだ。英俊と会うという結論はすでに出ており、千尋がどれだけ拗ねて、不満を漏らそうが無駄なのだ。
千尋の扱い方を心得ている一人である守光に、何の考えもないとは思えないが。
「先生、絶対帰らないでよね」
不機嫌そうな千尋に念を押され、和彦は観念する。
「わかっている。……気に食わないからといって、暴れるなよ」
「じいちゃん相手に、そんな命知らずなこと、するわけないじゃん」
千尋なりの冗談なのだろうが、口元に薄い笑みを湛えている守光の佇まいを見ていると、とても気軽に応じる気にはなれない。
曖昧な表情で返す和彦を一人残し、守光と千尋が出て行く。
少しの間その場に立ち尽くし、ぼうっとドアを見つめていたが、我に返ると、急に居心地の悪さに襲われる。本来なら今頃、外で夕食を済ませ、そろそろ自宅マンションに戻っていたはずなのだ。
どうしようかと逡巡したものの、この建物から出ることなどできるはずもなく、仕方なくダイニングへと移動する。
イスに腰掛けてもやはり落ち着かなくて、手持ち無沙汰ということもあり、携帯電話を取り出す。千尋の言葉を信じないわけではないが、賢吾に連絡を取ってみようと思ったのだ。
だがやはり、賢吾の携帯電話はすぐに留守電のメッセージへと切り替わる。さすがに、賢吾の護衛についている組員とは連絡が取れるだろうが、そこまでする気にはなれなかった。なんといっても、危険な目に遭っているわけではなく、長嶺の男二人とともに、堅固な要塞の中にいるような状況だ。危険のほうから避けていくだろう。
ため息をついた携帯電話をテーブルに置いた途端、背後に気配を感じる。飛び上がらんばかりに驚いて振り返ると、守光の生活全般の世話をしている男が立っていた。この本部に詰めている男たちの中では年配の部類に入るだろう。物腰は柔らかいが、まったく隙のない所作で、ここに滞在する和彦の世話もしてくれている。
「お待たせして申し訳ありません。すぐに夕食をお運びしますから」
「あっ、いえ……、こちらこそ突然、押しかけてしまって……」
動揺を押し殺しつつ和彦が答えると、珍しく男がふっと表情を和らげる。
「長嶺組長と千尋さんにだけ許された特権ですよ。それと、佐伯先生と。こういう突然の事態を、会長は喜ばれています。昔から、波乱を好まれる性質の方ですから」
そんなに昔から守光の仕えているのかと尋ねたかったが、男はあっという間に表情を消して言葉を続けた。
「今夜はお泊まりになるとうかがいましたので、着替えは脱衣所に準備しておきます。食事をとられたら、湯をお使いください」
いつの間にそんなことになったのかと思ったが、一礼して立ち去る男に疑問をぶつけることはできなかった。
再びダイニングに一人となった和彦は、今度は慎重に廊下のほうの気配をうかがってから、改めてため息をつく。
車中での千尋の台詞ではないが、自分は体よく長嶺の男たちに振り回されているなと、いまさらなことを痛感させられていた。
だからといって逃げ出す気は毛頭ないのだが、そのことを千尋に理解させられるか、和彦には自信がなかった。普段は物分りがよい顔をしている千尋だが、胸の内に抱え持つ独占欲や執着心は、子供のように純粋で、強烈だ。一旦ある考えに囚われてしまうと、他人の言葉など聞こえないし、感情に抑制が利かない。
それを、一途とも呼ぶのかもしれないが。
「……悪いよ。オヤジだけじゃなく、じいちゃんまで、先生のことで俺を除け者にしてたんだから」
「なんだ。拗ねているのか」
千尋がムキになって言い返そうとしたが、さすがに守光のほうが遥かに上手だ。千尋の怒りをあっさりと躱すと、和彦に向き直る。
「先生、夕食はとったかね?」
「いえ、まだです……」
「だったら、すぐに準備をさせよう。わしは早めにとったし、千尋は――あとでよかろう。一刻も早く、わしと話をしたいようだからな」
自分も同席すると和彦は訴えたが、意外なことに、世代の違う長嶺の男二人の意見は一致した。
〈オンナ〉を巻き込む話ではない、と。
言い方は違えど、和彦の意思は関係なく、千尋と守光、どちらかが決定したことに従えばいいと言いたいのだ。それは傲慢だと、腹を立てる過程はとっくに過ぎている。和彦はずっと、長嶺の男たちのオンナとして、執着心や独占欲というものに揉まれ、または守られてきた。
「あんたはここで寛いでいるといい。――自分の部屋だと思って」
千尋とともに玄関に向かう守光にそう言われ、和彦は返事に困る。二人は別室で話をするそうだが、だとしたら、自分の役割はと思ったのだ。英俊と会うという結論はすでに出ており、千尋がどれだけ拗ねて、不満を漏らそうが無駄なのだ。
千尋の扱い方を心得ている一人である守光に、何の考えもないとは思えないが。
「先生、絶対帰らないでよね」
不機嫌そうな千尋に念を押され、和彦は観念する。
「わかっている。……気に食わないからといって、暴れるなよ」
「じいちゃん相手に、そんな命知らずなこと、するわけないじゃん」
千尋なりの冗談なのだろうが、口元に薄い笑みを湛えている守光の佇まいを見ていると、とても気軽に応じる気にはなれない。
曖昧な表情で返す和彦を一人残し、守光と千尋が出て行く。
少しの間その場に立ち尽くし、ぼうっとドアを見つめていたが、我に返ると、急に居心地の悪さに襲われる。本来なら今頃、外で夕食を済ませ、そろそろ自宅マンションに戻っていたはずなのだ。
どうしようかと逡巡したものの、この建物から出ることなどできるはずもなく、仕方なくダイニングへと移動する。
イスに腰掛けてもやはり落ち着かなくて、手持ち無沙汰ということもあり、携帯電話を取り出す。千尋の言葉を信じないわけではないが、賢吾に連絡を取ってみようと思ったのだ。
だがやはり、賢吾の携帯電話はすぐに留守電のメッセージへと切り替わる。さすがに、賢吾の護衛についている組員とは連絡が取れるだろうが、そこまでする気にはなれなかった。なんといっても、危険な目に遭っているわけではなく、長嶺の男二人とともに、堅固な要塞の中にいるような状況だ。危険のほうから避けていくだろう。
ため息をついた携帯電話をテーブルに置いた途端、背後に気配を感じる。飛び上がらんばかりに驚いて振り返ると、守光の生活全般の世話をしている男が立っていた。この本部に詰めている男たちの中では年配の部類に入るだろう。物腰は柔らかいが、まったく隙のない所作で、ここに滞在する和彦の世話もしてくれている。
「お待たせして申し訳ありません。すぐに夕食をお運びしますから」
「あっ、いえ……、こちらこそ突然、押しかけてしまって……」
動揺を押し殺しつつ和彦が答えると、珍しく男がふっと表情を和らげる。
「長嶺組長と千尋さんにだけ許された特権ですよ。それと、佐伯先生と。こういう突然の事態を、会長は喜ばれています。昔から、波乱を好まれる性質の方ですから」
そんなに昔から守光の仕えているのかと尋ねたかったが、男はあっという間に表情を消して言葉を続けた。
「今夜はお泊まりになるとうかがいましたので、着替えは脱衣所に準備しておきます。食事をとられたら、湯をお使いください」
いつの間にそんなことになったのかと思ったが、一礼して立ち去る男に疑問をぶつけることはできなかった。
再びダイニングに一人となった和彦は、今度は慎重に廊下のほうの気配をうかがってから、改めてため息をつく。
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だからといって逃げ出す気は毛頭ないのだが、そのことを千尋に理解させられるか、和彦には自信がなかった。普段は物分りがよい顔をしている千尋だが、胸の内に抱え持つ独占欲や執着心は、子供のように純粋で、強烈だ。一旦ある考えに囚われてしまうと、他人の言葉など聞こえないし、感情に抑制が利かない。
それを、一途とも呼ぶのかもしれないが。
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