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第28話
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少しの間、ぼうっとしていた和彦だが、その間も、鷹津が次々に皿に肉を放り込んでくるので、仕方なく食事を再開する。
「……あんた本当に、嫌な男だな」
ぼそりと毒づいた和彦は、網の上で焦げかけた肉を摘み上げ、鷹津の皿に放り込む。一瞬動きを止めた鷹津だが、文句も言わずその肉を食べた。
「お前がひょこひょこと兄貴に会いに出かけて、あっさり連れ戻されても困るからな。こういう話を聞いておけば、多少は警戒心も芽生えるだろ」
「警戒はしているっ。……ただ本当に、いろいろと予想外で、頭が追いつかない……」
「だが、お前は受け入れる。これまでのとんでもない状況だって、結局受け入れているだろ。お前は自分が思っているより図太くて、したたかだ。俺程度の悪辣さなんて、可愛く思えるぐらいな」
貶されているようで、それだけとも言い切れない。ある考えがふっと和彦の脳裏を過ぎったが、鷹津に限ってそれはないと打ち消した。
「――……あんたの口から、『可愛い』なんて単語を聞くとは思わなかった」
「意外な単語を聞けたうえに、メシまで奢ってもらえて、今夜は得したな」
「高くつきそうだ……」
ため息交じりに和彦が洩らした言葉に、すかさず鷹津が応じた。
「当然だろ」
フロントガラスをぽつぽつと雨粒が叩いたかと思うと、あっという間に降りが強くなる。
助手席のシートに身を預けた和彦は、運動後に腹が満たされたうえに、雨音に鼓膜を刺激され、どんどん眠気が強くなっていくのを感じていた。
そんな和彦の様子に気づいたらしく、信号待ちで車を停めた鷹津が口を開いた。
「ヤクザの組長のオンナが、よくまあ、刑事の車に乗って寛げるもんだな」
「どうせぼくは、図太いからな……」
「なんだ。俺が言ったことを気にしてるのか」
鷹津が低く笑い声を洩らす。不思議なもので、車全体を包む雨音に重なると、その声すら心地よく聞こえる。
「まさか。――自分でも、そう思っているしな」
鷹津からの返事はなく、静かに車を発進させる。
自宅マンション近くまで来たところで、和彦は内心身構えていた。鷹津がいつ、〈餌〉を求めてくるかと思ったからだ。焼肉店では思わせぶりなことを口にしたが、それだけだ。今のところ、執拗に求めてくる素振りはない。
何か企んでいるのだろうかと、鷹津という男のことを知っているだけに勘繰りたくもなるが、さすがに本人に問い詰めたりはしない。そこまですると、恥知らずな自惚れだ。
マンション前で車が停まると、不自然な沈黙が流れる。ぎこちなくシートベルトを外したところで和彦は、鷹津が前方に鋭い眼差しを向けていることに気づいた。視線の先を辿ると、見覚えのある車が停まっていた。
「あれは……」
「――お前が言っていた、総和会の人間か?」
和彦が頷くと、鷹津は軽く鼻を鳴らした。
「どいつもこいつも、オンナのケツを追いかけ回して、忙しいことだ」
鷹津の皮肉にいちいち応じる気にもなれず、和彦がドアレバーに手をかけようとした瞬間、突然肩を掴まれ、強引に引き寄せられた。眼前に鷹津の顔が迫り、反射的に息を詰める。
荒っぽい手つきで頬を撫でられたかと思うと、唇に熱い吐息がかかる。
「クソ忌々しいが、俺もその一人だな」
間近でニッと笑いかけられ、和彦は無意識のうちに鷹津の肩を押しのけようとしたが、それを上回る力で押さえつけられた。唇に鷹津の荒々しい息遣いが触れ、痺れにも似た感覚が和彦の背筋を駆け抜ける。
ゆっくりと唇を塞がれ、それだけで和彦は喉の奥から微かに声を洩らす。二度、三度と唇を塞いではすぐに離すということを繰り返していたが、何度目かに唇が重なっていたとき、二人が洩らした吐息も重なっていた。
鷹津に一方的に唇を吸われ、柔らかく歯を立てられる。痛いと思ったのは錯覚で、すぐにそれが、身悶えしたくなるような心地よさだと気づく。鷹津の情欲に煽られるように、和彦も鷹津の唇を吸い返していた。
唇を触れ合わせたまま、鷹津が言った。
「いつもなら、餌を食わせろと言いたいところだが、あいにく明日は朝から、仕事で忙しいからな。今度じっくりと味わわせてもらう。それに今は、別の肉で腹がいっぱいだ」
「……下品な言い方するな」
「ああ、お前はお上品だからな」
鷹津を睨みつけた和彦だが、唇を舐めてきた舌を口腔に受け入れていた。熱い舌が無遠慮に動き、感じやすい粘膜を舐め回してくる。和彦は求められるまま、舌を絡め合い、唾液を交わす。
離れた場所で待機している総和会の車が、車中での鷹津との行為を、誰に、どのように報告するかを頭の片隅で想像しながら。
「……あんた本当に、嫌な男だな」
ぼそりと毒づいた和彦は、網の上で焦げかけた肉を摘み上げ、鷹津の皿に放り込む。一瞬動きを止めた鷹津だが、文句も言わずその肉を食べた。
「お前がひょこひょこと兄貴に会いに出かけて、あっさり連れ戻されても困るからな。こういう話を聞いておけば、多少は警戒心も芽生えるだろ」
「警戒はしているっ。……ただ本当に、いろいろと予想外で、頭が追いつかない……」
「だが、お前は受け入れる。これまでのとんでもない状況だって、結局受け入れているだろ。お前は自分が思っているより図太くて、したたかだ。俺程度の悪辣さなんて、可愛く思えるぐらいな」
貶されているようで、それだけとも言い切れない。ある考えがふっと和彦の脳裏を過ぎったが、鷹津に限ってそれはないと打ち消した。
「――……あんたの口から、『可愛い』なんて単語を聞くとは思わなかった」
「意外な単語を聞けたうえに、メシまで奢ってもらえて、今夜は得したな」
「高くつきそうだ……」
ため息交じりに和彦が洩らした言葉に、すかさず鷹津が応じた。
「当然だろ」
フロントガラスをぽつぽつと雨粒が叩いたかと思うと、あっという間に降りが強くなる。
助手席のシートに身を預けた和彦は、運動後に腹が満たされたうえに、雨音に鼓膜を刺激され、どんどん眠気が強くなっていくのを感じていた。
そんな和彦の様子に気づいたらしく、信号待ちで車を停めた鷹津が口を開いた。
「ヤクザの組長のオンナが、よくまあ、刑事の車に乗って寛げるもんだな」
「どうせぼくは、図太いからな……」
「なんだ。俺が言ったことを気にしてるのか」
鷹津が低く笑い声を洩らす。不思議なもので、車全体を包む雨音に重なると、その声すら心地よく聞こえる。
「まさか。――自分でも、そう思っているしな」
鷹津からの返事はなく、静かに車を発進させる。
自宅マンション近くまで来たところで、和彦は内心身構えていた。鷹津がいつ、〈餌〉を求めてくるかと思ったからだ。焼肉店では思わせぶりなことを口にしたが、それだけだ。今のところ、執拗に求めてくる素振りはない。
何か企んでいるのだろうかと、鷹津という男のことを知っているだけに勘繰りたくもなるが、さすがに本人に問い詰めたりはしない。そこまですると、恥知らずな自惚れだ。
マンション前で車が停まると、不自然な沈黙が流れる。ぎこちなくシートベルトを外したところで和彦は、鷹津が前方に鋭い眼差しを向けていることに気づいた。視線の先を辿ると、見覚えのある車が停まっていた。
「あれは……」
「――お前が言っていた、総和会の人間か?」
和彦が頷くと、鷹津は軽く鼻を鳴らした。
「どいつもこいつも、オンナのケツを追いかけ回して、忙しいことだ」
鷹津の皮肉にいちいち応じる気にもなれず、和彦がドアレバーに手をかけようとした瞬間、突然肩を掴まれ、強引に引き寄せられた。眼前に鷹津の顔が迫り、反射的に息を詰める。
荒っぽい手つきで頬を撫でられたかと思うと、唇に熱い吐息がかかる。
「クソ忌々しいが、俺もその一人だな」
間近でニッと笑いかけられ、和彦は無意識のうちに鷹津の肩を押しのけようとしたが、それを上回る力で押さえつけられた。唇に鷹津の荒々しい息遣いが触れ、痺れにも似た感覚が和彦の背筋を駆け抜ける。
ゆっくりと唇を塞がれ、それだけで和彦は喉の奥から微かに声を洩らす。二度、三度と唇を塞いではすぐに離すということを繰り返していたが、何度目かに唇が重なっていたとき、二人が洩らした吐息も重なっていた。
鷹津に一方的に唇を吸われ、柔らかく歯を立てられる。痛いと思ったのは錯覚で、すぐにそれが、身悶えしたくなるような心地よさだと気づく。鷹津の情欲に煽られるように、和彦も鷹津の唇を吸い返していた。
唇を触れ合わせたまま、鷹津が言った。
「いつもなら、餌を食わせろと言いたいところだが、あいにく明日は朝から、仕事で忙しいからな。今度じっくりと味わわせてもらう。それに今は、別の肉で腹がいっぱいだ」
「……下品な言い方するな」
「ああ、お前はお上品だからな」
鷹津を睨みつけた和彦だが、唇を舐めてきた舌を口腔に受け入れていた。熱い舌が無遠慮に動き、感じやすい粘膜を舐め回してくる。和彦は求められるまま、舌を絡め合い、唾液を交わす。
離れた場所で待機している総和会の車が、車中での鷹津との行為を、誰に、どのように報告するかを頭の片隅で想像しながら。
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