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第28話
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ここまで聞いて、さすがに和彦も察するものがあった。眉をひそめて黙り込むと、何事もなかった様子で鷹津は金網に肉をのせていく。このとき和彦の視線は吸い寄せられるように、肉を焼く鷹津の右手に吸い寄せられていた。シャツの袖からわずかに、まだ生々しい傷跡が覗いているのだ。
「――お前の考えは?」
鷹津に声をかけられ、ハッとする。
「それだけじゃ、なんとも……。なんでもない二つの事実を、強引に関連付けているとも取れる」
「今、お前が言ったんだろ。人脈を求める人間が、お前の父親と繋がりたがると。名門の佐伯家というだけでなく、佐伯家にいる独身息子個人も、かなりの価値があるしな。職業的に隙がなく、見た目も、申し分がない。結婚するとなると、高く売れそうだ」
露骨な表現に顔をしかめた和彦だが、否定の言葉は出なかった。あり得ないと断言できるほど、和彦は今の佐伯家の内情を知らない。つまり、あり得る話でもあるのだ。
「……別世界の話を聞いているようだ。ぼくが家にいるときは、兄の結婚話なんて出たこともなかったから。そうか。もうとっくに、そういう歳なんだな……」
仲が悪いという以上に、殺伐とした兄弟関係であるため、和彦は兄である英俊の私生活に立ち入ることはおろか、あれこれと想像を巡らせることすら避けてきた。ここにきて、他人の口から思いがけないことを聞かされ、戸惑うしかない。
鷹津は、そんな和彦を興味深そうに見ていた。口元がわずかに緩んでいることに気づき、きつい眼差しを向ける。
「変な顔をするな」
「いや、途方に暮れたようなお前が、おもしろくてな。そうか、そんなに意外な話なのか」
「あくまで、ぼくの感覚だ」
「この件、もっと突っ込んで調べてやろうか?」
和彦が返事をためらう間、鷹津は淡々と肉を食べていた。その姿を眺めながらなんとなく、普段からこんな感じで、この店で一人で食事をしているのだろうかと、想像してしまう。それとも、誰かと悪だくみの相談をしながら――。
「――……動くのは、少し待ってほしい。ぼくが実家のことを嗅ぎまわっていると知ったら、どんな報復に出るかわからない」
「報復とは、どういう意味だ?」
ここで和彦の携帯電話が鳴る。慌てて箸を置いた和彦は、護衛の組員からのメールであることを確認すると、鷹津と会えた旨を手短に返信する。そんな和彦を眺めながら、鷹津は鼻先で笑った。
「相変わらず長嶺組は、組長のオンナに対して過保護だな」
「今は特別だっ。……この数日、長嶺組の護衛だけじゃなく、総和会の人間も、ぼくについて回っているんだ」
こう告げた瞬間、鷹津の眼差しが鋭さを帯びる。この変化を目の当たりにすると、普段の言動にどれだけ難があろうが、この男は〈有能〉な刑事なのだと理屈抜きで実感させられる。
「俺の知らないうちに、いろいろあったようだな」
「……いろいろは、ない。ただぼくが、兄と会うことにしただけだ。それは、知人――里見さんを通じて兄に知らせてあって、組長の許可も取ってある。もう、会う場所も日時も決めた。そして、なぜか総和会が動いて、ぼくの護衛が増えた」
「迷惑だと、言いたげな顔だな」
和彦は何も言わず、ただ顔をしかめて返す。短く声を洩らして笑った鷹津は、焼けた肉をまた和彦の皿に放り込んできた。
鷹津がさらに肉を網にのせようとしたので、負けじと和彦は野菜をのせる。
「肉ばかり焼くな。野菜も食べろ」
「うるせーな。好きに食わせろ」
「ああ。あんたが不摂生でどうなろうが、ぼくは知ったことじゃないけどな」
忌々しげに唇を曲げた鷹津だが、器に盛られたキャベツをこれみよがしに生で食べ始める。
「大人げがないな、あんた……」
「お前は口うるさい」
お互い皮肉を交わしながらも、肉は文句なしに美味しいし、野菜も新鮮なため、食は進む。楽しい内容とは言いがたいが、会話も弾んでいるからだろうか――と、ふと考え、そんな自分自身に驚き、和彦は頭の中で打ち消す。
すると、唐突に鷹津が切り出した。
「さっきの話だが――」
「えっ?」
「お前は、結婚話が持ち上がるとすれば兄貴のほうだと思い込んでいるが、俺は違う。いままで、お前に無関心だった実家が、接触を持とうとしてくるんだろ。息子を心配する親心じゃないとしたら、あとは打算だ。大事な長男は手元に残して、次男のほうを婿として差し出すなんてことも、可能性としてあるんじゃないか」
まるで、爆弾を放り投げられたようだった。呆気に取られた和彦を一瞥して、鷹津は意地の悪い笑みを浮かべる。
「薄情な家族と生活してきて、今は物騒な男たちに囲まれているくせに、変な部分でお前はスレてないな。それとも俺が、悪辣なだけなのか」
「――お前の考えは?」
鷹津に声をかけられ、ハッとする。
「それだけじゃ、なんとも……。なんでもない二つの事実を、強引に関連付けているとも取れる」
「今、お前が言ったんだろ。人脈を求める人間が、お前の父親と繋がりたがると。名門の佐伯家というだけでなく、佐伯家にいる独身息子個人も、かなりの価値があるしな。職業的に隙がなく、見た目も、申し分がない。結婚するとなると、高く売れそうだ」
露骨な表現に顔をしかめた和彦だが、否定の言葉は出なかった。あり得ないと断言できるほど、和彦は今の佐伯家の内情を知らない。つまり、あり得る話でもあるのだ。
「……別世界の話を聞いているようだ。ぼくが家にいるときは、兄の結婚話なんて出たこともなかったから。そうか。もうとっくに、そういう歳なんだな……」
仲が悪いという以上に、殺伐とした兄弟関係であるため、和彦は兄である英俊の私生活に立ち入ることはおろか、あれこれと想像を巡らせることすら避けてきた。ここにきて、他人の口から思いがけないことを聞かされ、戸惑うしかない。
鷹津は、そんな和彦を興味深そうに見ていた。口元がわずかに緩んでいることに気づき、きつい眼差しを向ける。
「変な顔をするな」
「いや、途方に暮れたようなお前が、おもしろくてな。そうか、そんなに意外な話なのか」
「あくまで、ぼくの感覚だ」
「この件、もっと突っ込んで調べてやろうか?」
和彦が返事をためらう間、鷹津は淡々と肉を食べていた。その姿を眺めながらなんとなく、普段からこんな感じで、この店で一人で食事をしているのだろうかと、想像してしまう。それとも、誰かと悪だくみの相談をしながら――。
「――……動くのは、少し待ってほしい。ぼくが実家のことを嗅ぎまわっていると知ったら、どんな報復に出るかわからない」
「報復とは、どういう意味だ?」
ここで和彦の携帯電話が鳴る。慌てて箸を置いた和彦は、護衛の組員からのメールであることを確認すると、鷹津と会えた旨を手短に返信する。そんな和彦を眺めながら、鷹津は鼻先で笑った。
「相変わらず長嶺組は、組長のオンナに対して過保護だな」
「今は特別だっ。……この数日、長嶺組の護衛だけじゃなく、総和会の人間も、ぼくについて回っているんだ」
こう告げた瞬間、鷹津の眼差しが鋭さを帯びる。この変化を目の当たりにすると、普段の言動にどれだけ難があろうが、この男は〈有能〉な刑事なのだと理屈抜きで実感させられる。
「俺の知らないうちに、いろいろあったようだな」
「……いろいろは、ない。ただぼくが、兄と会うことにしただけだ。それは、知人――里見さんを通じて兄に知らせてあって、組長の許可も取ってある。もう、会う場所も日時も決めた。そして、なぜか総和会が動いて、ぼくの護衛が増えた」
「迷惑だと、言いたげな顔だな」
和彦は何も言わず、ただ顔をしかめて返す。短く声を洩らして笑った鷹津は、焼けた肉をまた和彦の皿に放り込んできた。
鷹津がさらに肉を網にのせようとしたので、負けじと和彦は野菜をのせる。
「肉ばかり焼くな。野菜も食べろ」
「うるせーな。好きに食わせろ」
「ああ。あんたが不摂生でどうなろうが、ぼくは知ったことじゃないけどな」
忌々しげに唇を曲げた鷹津だが、器に盛られたキャベツをこれみよがしに生で食べ始める。
「大人げがないな、あんた……」
「お前は口うるさい」
お互い皮肉を交わしながらも、肉は文句なしに美味しいし、野菜も新鮮なため、食は進む。楽しい内容とは言いがたいが、会話も弾んでいるからだろうか――と、ふと考え、そんな自分自身に驚き、和彦は頭の中で打ち消す。
すると、唐突に鷹津が切り出した。
「さっきの話だが――」
「えっ?」
「お前は、結婚話が持ち上がるとすれば兄貴のほうだと思い込んでいるが、俺は違う。いままで、お前に無関心だった実家が、接触を持とうとしてくるんだろ。息子を心配する親心じゃないとしたら、あとは打算だ。大事な長男は手元に残して、次男のほうを婿として差し出すなんてことも、可能性としてあるんじゃないか」
まるで、爆弾を放り投げられたようだった。呆気に取られた和彦を一瞥して、鷹津は意地の悪い笑みを浮かべる。
「薄情な家族と生活してきて、今は物騒な男たちに囲まれているくせに、変な部分でお前はスレてないな。それとも俺が、悪辣なだけなのか」
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