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第28話
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「どういうわけだか、佐伯家はぼくを必要としているらしい。それで、ある知人を使って連絡を取ってきた。知らない顔をしたいところだが、知人に迷惑をかけられないし、そろそろこちらの意思を伝えておこうと思って、会うことにした。……兄と」
「『騒ぎ』とは、そういうことでしたか」
「家の問題については、ぼく自身が対応するしかないしな。下手に動くと、ぼくの周囲の人間たちに迷惑をかけるどころか、致命傷を与えかねない」
「大事なんですね。――先生の周囲の〈男たち〉が」
恥ずかしいことを言うなと怒鳴ろうとした和彦だが、すぐに思い直し、結局口を突いて出たのは、ため息交じりの言葉だった。
「……思惑があるにせよ、大事にしてもらっているからな」
「それがヤクザの手口なのに、先生は甘い」
「自分でもそう思う」
そんな会話を交わしながら、次々に段ボールを開けて商品を確認していたが、ふと秦が、あることを思い出したように腕時計に視線を落とす。つられて和彦も自分の腕時計で時間を確認していた。
「そろそろ昼だな。確か隣のビルに、イタリアンの店が入っていただろう。混む前に食べに行くか?」
和彦の提案に、秦は大仰に残念そうな顔をする。
「魅力的なお誘いですが、先生とはこれでお別れです」
「なんだ。これから用があるのか?」
「わたしではなく、先生が。もう一階に、迎えの方が到着しているはずですよ」
「そんなこと、今初めて聞いたんだが。迎えも何も、護衛の人間にはビルの外で待ってもらっていて――」
和彦が戸惑っている間に、ソファに置いたジャケットを秦が取り上げる。促されるまま袖を通すと、肩を抱かれて店の外へと送り出される。
「それじゃあ、お気をつけて」
にこやかな表情で手を振る秦の勢いに圧されるように、和彦は首を傾げつつもエレベーターに乗り込み、一階へと降りる。
不可解な秦の態度の理由は、扉が開いた瞬間に氷解した。
「三田村っ」
驚いた和彦が声を上げると、エレベーターの前に立っていた三田村がわずかに唇を緩める。しかし次の瞬間には表情を引き締め、鋭い視線をビルの外のほうへと向けた。
「……三田村?」
「行こう、先生」
状況がよく呑み込めないまま、三田村についてビルを出る。
明らかに、三田村は周囲を警戒していた。過剰ともいえるほど。和彦は慎重に周囲を見回すが、そこは、人が行き交うにぎやかな通りがあるだけで、何かを見つけることはできない。
三田村の警戒の理由は、コインパーキングに停められた車に乗り込んでから教えられた。
「――妙に雰囲気の鋭いガキ二人が、先生のいたビルを見張っていた」
シートベルトを締めていた和彦は、突然の三田村の言葉に目を丸くする。
「えっ……」
「二十歳そこそこで、服装も特に崩れた感じじゃなかった。だがあれは、堅気じゃない。だからといってチンピラでもない。きちんと躾けられて、鍛えられている――兵隊だ」
和彦がシートに身を落ち着けるのを待ってから、三田村は車を出した。
三田村から聞いたことを頭の中で反芻する。ぼんやりと、ある考えが浮かび上がってくるが、答えを口にしたのは三田村だった。
「多分あれは、南郷の隊の人間だ」
和彦は無意識のうちにシートベルトを握り締める。
「先生につけていた組の人間が気づいて、俺に教えてくれた。どうやら、先生の尾行が目的というより……」
「なんだ?」
「先生の護衛をしていたんじゃないかと思う。――南郷の第二遊撃隊としての行動か、総和会の意向を受けてのものかはわからないが」
なんとなく背後が気になり、和彦は振り返って後続車を確認する。もちろん見たところで、尾行がついているか、それはどの車なのか判別はつかないのだが。
シートに座り直して、大きく深呼吸を繰り返す。胸に広がる嫌な気持ちを半ば強引に切り替えていた。南郷の行動はわからないことが多すぎて、腹を立てたところで、当の南郷は痛痒を感じない。だったら、今一緒にいる男に気持ちを優先すべきだ。
「――……今日会えるなんて、聞いてなかった」
「組長から連絡が入ったんだ。先生が秦のところにいるから、迎えに行ってくれと」
「それで、気が滅入っているぼくの気晴らしをしてやれとも言われたか?」
「そこまでは……。ただ、明日まで休みをもらえたから、先生さえよかったら、一緒に過ごしたい」
生真面目な口調での誘いに、現金なもので、和彦の気持ちはいくらか和らぐ。本当に賢吾の目論見通りになっているが、すでにもう悔しさは感じなかった。
「ぼくが、嫌なんて言うわけないだろ」
ぼそぼそと和彦が応じると、三田村も囁くような声で呟く。よかった、と。
「『騒ぎ』とは、そういうことでしたか」
「家の問題については、ぼく自身が対応するしかないしな。下手に動くと、ぼくの周囲の人間たちに迷惑をかけるどころか、致命傷を与えかねない」
「大事なんですね。――先生の周囲の〈男たち〉が」
恥ずかしいことを言うなと怒鳴ろうとした和彦だが、すぐに思い直し、結局口を突いて出たのは、ため息交じりの言葉だった。
「……思惑があるにせよ、大事にしてもらっているからな」
「それがヤクザの手口なのに、先生は甘い」
「自分でもそう思う」
そんな会話を交わしながら、次々に段ボールを開けて商品を確認していたが、ふと秦が、あることを思い出したように腕時計に視線を落とす。つられて和彦も自分の腕時計で時間を確認していた。
「そろそろ昼だな。確か隣のビルに、イタリアンの店が入っていただろう。混む前に食べに行くか?」
和彦の提案に、秦は大仰に残念そうな顔をする。
「魅力的なお誘いですが、先生とはこれでお別れです」
「なんだ。これから用があるのか?」
「わたしではなく、先生が。もう一階に、迎えの方が到着しているはずですよ」
「そんなこと、今初めて聞いたんだが。迎えも何も、護衛の人間にはビルの外で待ってもらっていて――」
和彦が戸惑っている間に、ソファに置いたジャケットを秦が取り上げる。促されるまま袖を通すと、肩を抱かれて店の外へと送り出される。
「それじゃあ、お気をつけて」
にこやかな表情で手を振る秦の勢いに圧されるように、和彦は首を傾げつつもエレベーターに乗り込み、一階へと降りる。
不可解な秦の態度の理由は、扉が開いた瞬間に氷解した。
「三田村っ」
驚いた和彦が声を上げると、エレベーターの前に立っていた三田村がわずかに唇を緩める。しかし次の瞬間には表情を引き締め、鋭い視線をビルの外のほうへと向けた。
「……三田村?」
「行こう、先生」
状況がよく呑み込めないまま、三田村についてビルを出る。
明らかに、三田村は周囲を警戒していた。過剰ともいえるほど。和彦は慎重に周囲を見回すが、そこは、人が行き交うにぎやかな通りがあるだけで、何かを見つけることはできない。
三田村の警戒の理由は、コインパーキングに停められた車に乗り込んでから教えられた。
「――妙に雰囲気の鋭いガキ二人が、先生のいたビルを見張っていた」
シートベルトを締めていた和彦は、突然の三田村の言葉に目を丸くする。
「えっ……」
「二十歳そこそこで、服装も特に崩れた感じじゃなかった。だがあれは、堅気じゃない。だからといってチンピラでもない。きちんと躾けられて、鍛えられている――兵隊だ」
和彦がシートに身を落ち着けるのを待ってから、三田村は車を出した。
三田村から聞いたことを頭の中で反芻する。ぼんやりと、ある考えが浮かび上がってくるが、答えを口にしたのは三田村だった。
「多分あれは、南郷の隊の人間だ」
和彦は無意識のうちにシートベルトを握り締める。
「先生につけていた組の人間が気づいて、俺に教えてくれた。どうやら、先生の尾行が目的というより……」
「なんだ?」
「先生の護衛をしていたんじゃないかと思う。――南郷の第二遊撃隊としての行動か、総和会の意向を受けてのものかはわからないが」
なんとなく背後が気になり、和彦は振り返って後続車を確認する。もちろん見たところで、尾行がついているか、それはどの車なのか判別はつかないのだが。
シートに座り直して、大きく深呼吸を繰り返す。胸に広がる嫌な気持ちを半ば強引に切り替えていた。南郷の行動はわからないことが多すぎて、腹を立てたところで、当の南郷は痛痒を感じない。だったら、今一緒にいる男に気持ちを優先すべきだ。
「――……今日会えるなんて、聞いてなかった」
「組長から連絡が入ったんだ。先生が秦のところにいるから、迎えに行ってくれと」
「それで、気が滅入っているぼくの気晴らしをしてやれとも言われたか?」
「そこまでは……。ただ、明日まで休みをもらえたから、先生さえよかったら、一緒に過ごしたい」
生真面目な口調での誘いに、現金なもので、和彦の気持ちはいくらか和らぐ。本当に賢吾の目論見通りになっているが、すでにもう悔しさは感じなかった。
「ぼくが、嫌なんて言うわけないだろ」
ぼそぼそと和彦が応じると、三田村も囁くような声で呟く。よかった、と。
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