血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
625 / 1,268
第27話

(22)

しおりを挟む
 南郷に対して怒りはあるが、自ら罰を与えようと考えたことはなかった。守光が最善の手段へと導いてくれると、心のどこかで期待をしていた。しかし、これは――。
 和彦の返事次第では、二つの組織だけではなく、父子関係の不和すら生みかねないと、言外に仄めかされているようだった。守光は、和彦から欲しい返事をもぎ取ろうとしているのだ。この場にはいない賢吾も。
 ぐっと奥歯を噛み締めた和彦は、いまさらながら、自分がどれほど怖い男たちの〈オンナ〉であるのか、痛感していた。大事にしてくれてはいるが、一方で、自分たちが背負う組織のために、どこまでも傲慢で容赦なく振舞う。
 それでも和彦は身を委ねるしかないのだ。
「――……助言を、いただけないでしょうか。どうすれば、影響を最小限に抑えて、なおかつ、誰にも口出しをさせないほど、きちんとケリをつけられるのか。そんな方法があるのでしょうか?」
「簡単だ。南郷を跪かせるといい」
 事も無げに告げられ、静かな衝撃が胸に広がる。
「ひざま、ずかせる……?」
「あの男の土下座は、価値がある。――南郷が小さな組の組長代行を務めていた頃、その土下座で揉めに揉めてな。南郷は、親ともいえる組長の面子を潰した挙げ句、結局総和会が介入する話にまでなった。結果が、今の立場だ」
 その今の立場を守るために、南郷は和彦の要求を呑むか否か、試せというのだ。しかし守光には確信があるのだろう。南郷は、和彦に詫びるために跪くと。それで、すべてケリがつくと。
 頭が、考えることを放棄したがっていた。南郷にそこまでさせてしまうことで、どういう結果が生まれるのか、想像するのが怖かったのだ。不穏なものを感じながらも、しかし他に手段も思いつかない。
 和彦は、守光に頭を下げた。
「すべて、お任せします。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」
「あんたが頭を下げる必要はない。今回の件は、こちらの不始末だ。それを円満に解決するために、あんたの手を借りる。面倒だと思うかもしれんが、この世界で円滑に物事を進めるには、取り繕うべき形が必要なんだ」
「……そのことを、少しは理解しているつもりです」
 守光は満足げに頷いたあと、さらりと提案してきた。
「堅苦しい話はここまでだ。――湯の準備ができている。入ってきなさい」


 湯上がりで火照った体の熱を冷ます間もなく、部屋に戻る。すでに座卓の上は片付けられており、何事もなかったように整然とした佇まいを取り戻していた。そして、守光の姿もない。
 室内の変化はそれだけではなかった。食事の最中は閉まっていた襖が開いており、誘われるように和彦は歩み寄る。
 外から差し込む陽射しを嫌うように、雨戸すら閉められた部屋は、スタンド照明の控えめな明かりによってぼんやりと照らされている。この一室にだけ、夜が訪れたようだ。部屋の中央に敷かれた一組の布団がやけにはっきりと浮かび上がり、その錯覚をより強くする。
「――襖を閉めてくれるか」
 突然、守光の声がして、ビクリと肩を震わせる。ハッとして声のほうを見ると、浴衣に着替えた守光が、窓際に置かれた籐椅子に腰掛けていた。
 守光に言われるまま襖を閉めると、途端に室内の空気が艶かしさを帯びる。それにあえて気づかないふりをした和彦は、手招きされて守光の傍らに立った。
 外の様子が見えない窓に視線を向けながら、守光が話す。
「すぐ目の前を、水のきれいな川が流れているんだ。もう少し気温が高くなってくると、蛍が飛び始める。それを眺めながら美味い酒を飲むというのは、時間を忘れるほどいいものだ」
 ゆっくりと守光が立ち上がり、自然な動作で和彦の肩を抱いた。
「できることなら、その頃にまた、あんたにつき合ってもらいたいが、どうだろうな。わしだけでなく、あんたも忙しい身だ。予定が合うかどうか……」
 賢吾同様、和彦の予定などどうとでもできる男の言葉を、指摘するだけ野暮だろう。何度交わされたかわからない一連の会話の流れに、奇妙なことに和彦は安堵すら感じるようになっていた。
「誘っていただけるのでしたら、ぼくはいつでもご一緒します」
「賢吾の誘いを蹴ってでも?」
 笑いを含んだ口調での、守光の意地の悪い問いかけに、思わず苦笑を洩らしてしまう。すると、肩に回された守光の腕に力が込められる。察するものがあって守光のほうを見ると、距離の近さを意識する間もなく、唇を塞がれた。
 二度、三度と柔らかく唇を啄ばまれながら、さきほどまでの隣室での会話を懸命に頭から追い払い、守光への恐れをなんとか和らげようとする。差し出された生贄のように身を硬くして、守光の機嫌を損ねたくなかった。

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...