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第27話
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その和彦にのしかかり、布の上から唇を貪っている荒々しい獣のような男は――南郷だ。
「――長嶺組長のやり方に倣ってみた」
怒りで全身が熱くなっていくのに、胸の内は凍りつきそうなほど冷たくなっていく。頭は混乱しながらも、南郷に対する表現しがたい嫌悪感や拒否感だけは認識できた。
払い除けるようにしてスマートフォンを南郷に押し返す。視線を逸らす和彦を多少は気遣うつもりがあるのか、南郷はすぐに動画の再生を停めた。
「長嶺組長とメシを食いながら話していてわかったが、あんたは肝心なことを、長嶺組長に打ち明けてないんだな」
「肝心なことって……」
「自分に悪さをした相手が、総和会の南郷――俺だということを。顔は見ていなくても、あんたならわかっていたはずだ。あんなことをしでかすのは、俺しかいないということは。あんたと長嶺組長の間でも、あえて言葉にしないまま、互いにそれを汲み取ったわけだ」
「……ぼくはあのとき、相手の顔を見ることはできませんでしたから、迂闊なことは言えません」
「できた〈オンナ〉だ」
皮肉っぽい口調で洩らした南郷が、ふいに立ち上がる。驚いた和彦は反射的に体を強張らせたが、それ以上の反応ができないうちに、隣に南郷が座った。荒々しい威圧感に頬を撫でられた気がして、体が竦む。
「自分が原因で、総和会と長嶺組に波風が立つのを避けたかったんだな」
自惚れるなと、南郷に鼻先で笑われるのが嫌で、和彦は返事を避けた。しかし南郷は一人で納得した様子で頷く。
「さすが、オヤジさんが見込んだだけはある。――どの男にもいい顔をして、揉め事は避ける。この世界での、あんたの処世術だ」
南郷の声に侮蔑の響きを感じ取り、それが何より我慢ならなくて和彦は立ち上がろうとする。すかさず大きな手に肩を掴まれ、腰を浮かせることすら叶わなかった。
「どうにも、生まじめに反応するあんたが新鮮で、つい煽るようなことを言っちまう。すまないな、先生」
「……離して、ください」
和彦は顔を強張らせ、肩にかかる南郷の手を押しのけようとする。だが手を退けるどころか、反対に力を込められた。
「そろそろ、聞いたらどうだ。――俺がなぜ、長嶺の男たちが大事にしているあんたに、あんなことをしたか。長嶺組長に言わせると、『悪さ』か」
それができるなら、とっくにしている。和彦は、南郷に対して感じる不気味さを堪えつつ、鋭い視線を向ける。
南郷の口から出る答えが恐ろしくて、疑問は胸の奥に押し込んでいた。同じような行為を、さらに容赦ない方法で実行した賢吾とは、いろいろありながらも今は深い関係を結んでいる。
では南郷が望むものは。
明確な答えはわからないが、南郷の底知れぬ企みのようなものは感じ取れる。守光が目をかけ、側に置いているほどの男が、なんの考えもなく行動するとは思えない。
「さっきの動画を消してください」
和彦は、寸前の南郷の言葉を露骨に無視したうえで、こう要求する。さすがに虚をつかれたように南郷は目を丸くしたが、すぐにスマートフォンを再び手にした。
「こいつに入っている動画を消したところで、もうネットに上げちまったかもしれないだろ」
「そんなに迂闊な人ではないでしょう、あなたは」
「迂闊ではないが、悪辣な人間かもしれない。あんたの職場に画像をバラ撒いた長嶺組長ほどではないにしても」
「ぼくは、その悪辣な男の〈オンナ〉ですよ。――ぼくを、脅すつもりですか?」
声を潜めたのは、微かな震えを誤魔化すためだ。ここで南郷は、ゾッとするほど冷めた目で和彦を凝視してきたが、ほとんど意地だけで見つめ返すと、ふいに興味を失ったようにスマートフォンに視線を落とした。
「――あんたは、俺を毛嫌いしている。そんなあんたに、俺という男を知ってほしかった」
「卑劣な人だと?」
南郷は鼻で笑った。
「同じ言葉を、長嶺組長にぶつけたことがあるか?」
「あなたは……長嶺組長じゃない」
そうだ、と呟いたとき、確かに南郷は唇に笑みを浮かべた。和彦の目を意識したものではなく、込み上げてきたものを堪え切れない、といった様子の表情だ。ただ和彦は、南郷の笑みに薄ら寒いものを感じてしまい、息を呑む。
スマートフォンの操作に集中しているのか、肩に回された南郷の腕から力が抜ける。一瞬、逃げようかとも思ったが、その気持ちを見透かしたように南郷に言われた。
「動くなよ、先生。今、動画を消してやっているが、気が変わってもいいんだぜ」
ようやく顔を上げた南郷が、唐突にスマートフォンを投げて寄越してくる。反射的に受け取った和彦は意味がわからず、南郷とスマートフォンを交互に見る。
「あの……」
「動画は消した。確認してみたらどうだ」
「――長嶺組長のやり方に倣ってみた」
怒りで全身が熱くなっていくのに、胸の内は凍りつきそうなほど冷たくなっていく。頭は混乱しながらも、南郷に対する表現しがたい嫌悪感や拒否感だけは認識できた。
払い除けるようにしてスマートフォンを南郷に押し返す。視線を逸らす和彦を多少は気遣うつもりがあるのか、南郷はすぐに動画の再生を停めた。
「長嶺組長とメシを食いながら話していてわかったが、あんたは肝心なことを、長嶺組長に打ち明けてないんだな」
「肝心なことって……」
「自分に悪さをした相手が、総和会の南郷――俺だということを。顔は見ていなくても、あんたならわかっていたはずだ。あんなことをしでかすのは、俺しかいないということは。あんたと長嶺組長の間でも、あえて言葉にしないまま、互いにそれを汲み取ったわけだ」
「……ぼくはあのとき、相手の顔を見ることはできませんでしたから、迂闊なことは言えません」
「できた〈オンナ〉だ」
皮肉っぽい口調で洩らした南郷が、ふいに立ち上がる。驚いた和彦は反射的に体を強張らせたが、それ以上の反応ができないうちに、隣に南郷が座った。荒々しい威圧感に頬を撫でられた気がして、体が竦む。
「自分が原因で、総和会と長嶺組に波風が立つのを避けたかったんだな」
自惚れるなと、南郷に鼻先で笑われるのが嫌で、和彦は返事を避けた。しかし南郷は一人で納得した様子で頷く。
「さすが、オヤジさんが見込んだだけはある。――どの男にもいい顔をして、揉め事は避ける。この世界での、あんたの処世術だ」
南郷の声に侮蔑の響きを感じ取り、それが何より我慢ならなくて和彦は立ち上がろうとする。すかさず大きな手に肩を掴まれ、腰を浮かせることすら叶わなかった。
「どうにも、生まじめに反応するあんたが新鮮で、つい煽るようなことを言っちまう。すまないな、先生」
「……離して、ください」
和彦は顔を強張らせ、肩にかかる南郷の手を押しのけようとする。だが手を退けるどころか、反対に力を込められた。
「そろそろ、聞いたらどうだ。――俺がなぜ、長嶺の男たちが大事にしているあんたに、あんなことをしたか。長嶺組長に言わせると、『悪さ』か」
それができるなら、とっくにしている。和彦は、南郷に対して感じる不気味さを堪えつつ、鋭い視線を向ける。
南郷の口から出る答えが恐ろしくて、疑問は胸の奥に押し込んでいた。同じような行為を、さらに容赦ない方法で実行した賢吾とは、いろいろありながらも今は深い関係を結んでいる。
では南郷が望むものは。
明確な答えはわからないが、南郷の底知れぬ企みのようなものは感じ取れる。守光が目をかけ、側に置いているほどの男が、なんの考えもなく行動するとは思えない。
「さっきの動画を消してください」
和彦は、寸前の南郷の言葉を露骨に無視したうえで、こう要求する。さすがに虚をつかれたように南郷は目を丸くしたが、すぐにスマートフォンを再び手にした。
「こいつに入っている動画を消したところで、もうネットに上げちまったかもしれないだろ」
「そんなに迂闊な人ではないでしょう、あなたは」
「迂闊ではないが、悪辣な人間かもしれない。あんたの職場に画像をバラ撒いた長嶺組長ほどではないにしても」
「ぼくは、その悪辣な男の〈オンナ〉ですよ。――ぼくを、脅すつもりですか?」
声を潜めたのは、微かな震えを誤魔化すためだ。ここで南郷は、ゾッとするほど冷めた目で和彦を凝視してきたが、ほとんど意地だけで見つめ返すと、ふいに興味を失ったようにスマートフォンに視線を落とした。
「――あんたは、俺を毛嫌いしている。そんなあんたに、俺という男を知ってほしかった」
「卑劣な人だと?」
南郷は鼻で笑った。
「同じ言葉を、長嶺組長にぶつけたことがあるか?」
「あなたは……長嶺組長じゃない」
そうだ、と呟いたとき、確かに南郷は唇に笑みを浮かべた。和彦の目を意識したものではなく、込み上げてきたものを堪え切れない、といった様子の表情だ。ただ和彦は、南郷の笑みに薄ら寒いものを感じてしまい、息を呑む。
スマートフォンの操作に集中しているのか、肩に回された南郷の腕から力が抜ける。一瞬、逃げようかとも思ったが、その気持ちを見透かしたように南郷に言われた。
「動くなよ、先生。今、動画を消してやっているが、気が変わってもいいんだぜ」
ようやく顔を上げた南郷が、唐突にスマートフォンを投げて寄越してくる。反射的に受け取った和彦は意味がわからず、南郷とスマートフォンを交互に見る。
「あの……」
「動画は消した。確認してみたらどうだ」
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