血と束縛と

北川とも

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第26話

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「別荘を訪れた当初は、総和会から他に人は来ないのかと、やけに気にしている様子でしたが、すぐに警戒を解いたようです。三田村さんは……どうでしょう。あの人のポーカーフェイスから何かを読み取るのは、俺には無理です。もしかすると、先生とは違って、俺の存在を警戒していたかもしれません」
 中嶋が話す内容を聞く限り、電話の相手に和彦たちの動向を報告しているようだった。そのことが自分でも意外なほど、ショックだった。
 和彦の〈お守り〉という仕事のため、中嶋はこの別荘に滞在している。それは理解しているつもりだったが、夜中に人目を避けるように報告している現場に出くわすと、やはり思うことはある。ここでの言動は、すべて総和会に筒抜けだったかもしれないということで、和彦の中で湧き起こるのは、恥じらいや怒りという感情だった。
 そんな和彦に追い討ちをかけるように、さらに中嶋が続ける。
「しかし、こんな夜更けにまさか、南郷さんが電話に出るとは思いませんでした」
『南郷』と聞いた途端、和彦はビクリと体を震わせる。このとき、心臓の鼓動も大きく跳ね上がった。わずかな空気の震えを感じ取ったのか、なんの前触れもなく中嶋が扉のほうを見て、軽く目を見開いた。が、動揺した素振りも見せずに電話を続ける。
「とにかく、事件も事故も起こらなかったと報告できて、ほっとしています。もちろん、明日先生たちを見送るまで、気を抜くつもりはありませんが」
 それから二、三言話してから、中嶋は電話を切った。意識しないまま息を詰めて立ち尽くしていた和彦は、この瞬間、ふっと糸が切れたように体から力を抜く。中嶋が悪びれた様子もなく笑いかけてきたので、今さら立ち去るわけにもいかず、リビングに足を踏み入れた。
「いつもこの時間、隊に連絡を入れていたんです。せっかく先生がのんびりと過ごしているのに、目の前で無粋な話なんてできませんから」
 こういうとき、中嶋の気質というのは得なのかもしれない。悪びれたふうもなく説明をされると、和彦としてはそうなのかと頷くしかない。立ち去るタイミングを失い、中嶋に手で示されたこともあり、スリッパを脱いでラグの上に座る。
「――南郷さん、先生のことを気にしていましたよ」
 軽い口調で中嶋に言われ、和彦は顔を強張らせる。反応としてはそれで十分だったようだ。
「先生に何かあると、俺が所属する第二遊撃隊の面子に関わる。本当は総和会としては、別荘にもう少し人を置きたかったようですが、それを止めたのは南郷さんです。繊細なあの先生に、息苦しい思いをさせちゃいけない、と」
「……どうしてだろう。ものすごい皮肉を言われている気分だ」
 苦々しく和彦が洩らすと、中嶋はニヤリと笑う。
「何か心当たりが?」
 ない、と即答して和彦は顔を背ける。一瞬、脳裏を過りそうになったのは、顔に布をかけられての淫靡な行為だった。和彦を本当に繊細だと思っているのなら、あんな状況で、あんなことをするはずがないのだ。
「しかし、今日で、こののんびりとした休日は終わりですか。どれだけ退屈するかと身構えていたんですが、先生のおかげで楽しかったです」
 話題が変わったことに内心ほっとしつつ、和彦は再び中嶋に視線を向ける。両足を投げ出した姿勢で中嶋は、リビングの高い天井を見上げていた。フロアランプの明かりを受けた横顔は端整で、そして穏やかだ。ふと、あることが気になって尋ねてみた。
「なあ、ここにいる間、秦に連絡はしていたのか?」
「いえ。万が一にも、先生がここに滞在していると、秦さんから外部の者に知られては困りますから。それに、数日ぐらい連絡を取らないのは、俺たちの間じゃ普通ですよ。俺以上に、あの人は忙しいですし」
「いい、距離感だな。君と秦は……」
 ぽつりと洩らした和彦の言葉に興味をそそられたのか、中嶋がこちらに身を乗り出してくる。和彦は慌てて弁解めいたことを口にしていた。
「ぼくは前まで、密度の濃い関係というのは苦手だった。気が向いたら連絡を取って、会って、セックスして……。それで部屋で別れて、また気が向くまで、顔も合わせないような関係だ。正直今みたいに、特定の相手と頻繁に会って、それどころかすべてを管理されて、それを疎ましいと感じない自分がいまだに不思議だ」
「先生の場合、その特定の相手が複数いて、それでも応えているんだからすごい」
「……慣らされた、んだろうな、やっぱり」
「でも、情が伴っているでしょう」
 和彦が視線を泳がせると、じゃれつくように中嶋が肩を抱いてくる。
「可愛いですね、先生」
「今のやり取りで、どうして『可愛い』という言葉が出てくるんだっ」

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