血と束縛と

北川とも

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第26話

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 思いがけない三田村の言葉に、きつい眼差しを向ける。
「どうしてだ?」
「……明日、長時間車に乗るんだ。体に負担がかかる」
「いまさらだな。ぼくがそんなに柔じゃないのは、知ってるだろ」
 和彦の眼差しを避けるように、三田村がわずかに顔を伏せる。その反応で薄々とながら、実は三田村が何を気にかけているか推測できた。夕方かかってきた賢吾からの電話だ。
「もしかして、あんたにも、組長から電話がかかってきたのか?」
「いや……」
「でも、組長のことを気にしているだろ」
 三田村は少し困ったような笑みを浮かべ、和彦の額に唇を押し当てた。
「先生は鋭い」
「鋭くなくてもわかる」
 和彦を抱き締めたままじっとしていた三田村だが、深く息を吐き出したのをきっかけに、ぽつりと洩らした。
「――……俺の〈痕跡〉をつけた先生を、組長の元に返すことが、いまさらながら怖くなった」
 和彦は、三田村の頭を撫でながら応じる。
「ここに来てから、あんたの本音をいくつも聞けた気がする。嫉妬したり、怖がったり……。ずっと、三田村将成という男は、寛容で優しくて、強いと思っていた」
「がっかりしたか?」
 まさか、と答えて和彦は笑う。
「俺は、先生に嫌われたくない。そう思えば思うほど、自分のみっともないところを先生に見せていないことを痛感するんだ。先生を騙しているみたいで……」
「ぼくなんて、あんたに初めて会ったときからずっと、みっともない姿を晒し続けている。そのうえ今じゃ、厄介で複雑な立場だ。それでもあんたは、こうして側にいるし、ぼくに触れてくれる」
「……俺にとって、先生は特別だ。どんな姿だろうが、しっかりと目に焼き付けておきたいぐらい、貴重なんだ」
「『どんな姿』でも?」
 和彦の声に滲む猜疑心を感じ取ったのか、三田村は怖いほど真剣な顔となって応じた。
「ああ」
「だったら、信じる。その代わりあんたも、ぼくを信じてくれ。――ぼくが絶対に、あんたを嫌いになることはないと」
 深い吐息を洩らした三田村が、和彦の髪に頬ずりをして呟いた。
「俺みたいな人間には、もったいない言葉だ……」
 三田村の愛撫が欲しいと思う反面、このままずっと抱き合っていたくもある。このことをどう言葉で伝えようかと悩んでいる間に、先に三田村が動いた。再びベッドに横になり、当然のように腕を伸ばしたのだ。
「先生がタフなのは知っているが、睡眠不足にはしたくないからな」
「……ぼくを睡眠不足にするぐらい、加減ができそうにないか?」
 伸ばされた腕の付け根辺りに頭をのせ、冗談めかして和彦が言うと、微妙な表情で三田村が口を閉じる。笑みをこぼした和彦は、三田村の胸元に手を置き、優しく撫でる。
 三田村の鼓動をてのひらで感じているうちに、髪に触れる微かな息遣いがいつの間にか変化していた。和彦がそっと頭を上げて見てみると、三田村は目を閉じている。
 こうして一緒に過ごしていると、和彦が先に眠ってしまうことがほとんどなので、珍しいこともあるものだと思ったが、それだけ三田村は、この状況に気を緩めているのだろう。一方の和彦のほうはすっかり目が冴えてしまい、しばらく三田村の寝顔を眺めていたが、喉が渇いたため、静かにベッドを抜け出す。
 ぼんやりと明るい廊下を歩いていて、ふと窓の外に目を向ける。ここでの滞在中、一度も天気が崩れることはなかったが、最後の夜はそうもいかなかったようだ。雲が空を覆っているらしく、月明かりが辺りを照らすどころか、星すらまったく見えない。
 明日の帰りは雨に降られるかもしれないと思いながら、和彦は一階へと下りる。ダイニングに向かおうとして、人の話し声が聞こえてドキリとする。思わず足を止め、ゆっくりと首を回らせてから、リビングだと見当をつける。
 誰の話し声かと考えるまでもなく、思い当たるのは中嶋しかいない。
 夜更かしをしているのなら、少しつき合わせてもらおうと、和彦はリビングの前まで行く。扉はわずかに開いており、中を覗くと、フロアランプの控えめな明かりが、リビングの中央を照らしていた。
 冬の間活躍した大きなガスストーブは片付けられ、代わってラグが敷かれているのだが、そこに中嶋が寛いだ姿勢で座っていた。
「――先生は、楽しんでいたと思いますよ」
 突然中嶋が発した言葉に、和彦はドキリとする。一瞬、扉の前に立つ自分に向けられたものかと思ったが、そうではない。中嶋は、携帯電話で誰かと話している最中なのだ。

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