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第26話
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『先生は薄情だ。離れてしまうと、もう目の前にいる男以外、どうでもよくなるんだろ』
ドキリとするようなことを言う賢吾だが、口調はあくまで楽しげだ。電話越しの和彦の反応をおもしろがっているのだろう。
『四日間、のんびりできたようだな。その辺りは、自然だけはたっぷりあるが、言い換えるなら、それぐらいしかないような場所だ。退屈はしなかったか?』
「いや……。三田村や中嶋くんに、ずいぶん気をつかってもらったから、楽しかった。連休中だから、車で少し出かければ、あちこちで何かしらイベントもやっていたし」
『なんだったら、連休が終わるギリギリまでそこに滞在してもいいぞ』
「その口ぶりだと、もしかして部屋の工事は終わったのか?」
『とっくに。千尋だけじゃなく、俺もそろそろ先生の顔が見たくなった』
こういう場合、なんと答えればいいのだろうかと考えている間に、タイミングを失ってしまう。結局黙り込んでしまうと、電話の向こうで賢吾が低く笑い声を洩らした。
『先生はそうでもないだろうが、やっぱり、側にいないと落ち着かないもんだ。――明日、戻ってこい』
「……ああ」
電話を切った和彦は、いつの間にか自分にとって、長嶺の男の側が〈戻る場所〉になったのだと、唐突に実感していた。
連休が終わるまで別荘に滞在していいと言ったすぐあとに、当然のように、明日戻って来いと命令する賢吾の傲慢さに、ちらりと苦い表情を浮かべる。
「ぼくの反応を、試したな……」
ギリギリまで滞在したいと和彦が言ったとしたら、賢吾はどう返事をしたのか、興味がある。もちろん、大蛇の化身のような男の反応を試す度胸は、和彦にはないが。
携帯電話をパンツのポケットに突っ込んだところで、気配を感じる。デッキチェアから身を乗り出して窓のほうを見ると、三田村が立っていた。窓は開けていたため、和彦が電話で話している声は聞こえていただろう。
「――明日帰ってこいと言われた」
和彦が話しかけると、三田村もテラスに出て、側にやってくる。
「先生のおかげで、のんびりと過ごせた」
「そんなこと言って、ぼくのお守りは疲れただろ」
「気は張っていた。……俺が側にいて、先生に何かあったら大変だ」
和彦は思わず三田村を見上げる。無表情ではあった三田村だが、ごっそりと感情を置き忘れた――と表現できるものではなく、感情を押し殺した男の顔をしていた。
三田村、と呼びかけて、和彦は片手を伸ばす。腰を屈めた三田村は、両腕でしっかりと和彦を抱き締めてくれた。
なんの前触れもなく、ふっと目が覚めた。
和彦は、薄ぼんやりとした明かりに照らされる壁を少しの間眺めながら、一つずつ状況を認識していく。
ここは、三田村が使っている部屋で、和彦が今横になっているのは、その三田村のベッドだ。枕にしているのは三田村の腕で、背で感じるのは、三田村の体温と胸の感触。そして、一定のリズムで耳元をくすぐるのは、三田村の寝息だ。
別荘に泊まる最後の夜、互いに言葉に出さなくても、当然のように同じベッドに入った。次はいつこうした時間を持てるかわからないことを思えば、たとえ体を重ねなくても、体温を感じるだけで満たされるものがある。
和彦は慎重に寝返りを打ち、間近から三田村の顔を見つめる。とっくに和彦が目を覚ました気配に気づいていたのだろう。三田村が薄く目を開けた。
「……明るくて気になるなら、テレビを消そうか?」
「そうしたら、あんたの顔が見えなくなる」
和彦がこう応じると、吐息を洩らすように三田村は笑った。
「寝ぼけている頭には、強烈すぎる殺し文句だ、先生……」
三田村の手が背にかかり、促されるように和彦は身を寄せる。ベッドに入って眠りにつくまで火がつくことのなかった情欲が、一度目が覚めてしまうと、それがきっかけになったように疼き始めていた。
和彦は、三田村のあごにうっすらと残る傷跡に指先を這わせてから、しがみつく。今のうちに、この男の感触もぬくもりも、もっと味わっておこうと思った。明日になれば、好きなときに触れるわけにはいかないのだ。
「先生……」
苦しげに洩らした三田村が動き、和彦の体はベッドに押さえつけられた。パジャマの上着の下に片手が入り込み、脇腹を撫で上げられるとそれだけで、ゾクゾクするような感覚が生まれる。和彦が小さく吐息を洩らすと、さらに三田村の手が移動し、胸元をまさぐられる。
しっかり抱き合っても、布越しの感触がもどかしくて仕方ない。焦れた和彦は、三田村が着ているトレーナーをたくし上げ、背の刺青を余裕なく撫で回す。すると三田村が荒く息を吐き出し、興奮したように大きく身震いをした。
「ダメだ、先生。これ以上は――」
ドキリとするようなことを言う賢吾だが、口調はあくまで楽しげだ。電話越しの和彦の反応をおもしろがっているのだろう。
『四日間、のんびりできたようだな。その辺りは、自然だけはたっぷりあるが、言い換えるなら、それぐらいしかないような場所だ。退屈はしなかったか?』
「いや……。三田村や中嶋くんに、ずいぶん気をつかってもらったから、楽しかった。連休中だから、車で少し出かければ、あちこちで何かしらイベントもやっていたし」
『なんだったら、連休が終わるギリギリまでそこに滞在してもいいぞ』
「その口ぶりだと、もしかして部屋の工事は終わったのか?」
『とっくに。千尋だけじゃなく、俺もそろそろ先生の顔が見たくなった』
こういう場合、なんと答えればいいのだろうかと考えている間に、タイミングを失ってしまう。結局黙り込んでしまうと、電話の向こうで賢吾が低く笑い声を洩らした。
『先生はそうでもないだろうが、やっぱり、側にいないと落ち着かないもんだ。――明日、戻ってこい』
「……ああ」
電話を切った和彦は、いつの間にか自分にとって、長嶺の男の側が〈戻る場所〉になったのだと、唐突に実感していた。
連休が終わるまで別荘に滞在していいと言ったすぐあとに、当然のように、明日戻って来いと命令する賢吾の傲慢さに、ちらりと苦い表情を浮かべる。
「ぼくの反応を、試したな……」
ギリギリまで滞在したいと和彦が言ったとしたら、賢吾はどう返事をしたのか、興味がある。もちろん、大蛇の化身のような男の反応を試す度胸は、和彦にはないが。
携帯電話をパンツのポケットに突っ込んだところで、気配を感じる。デッキチェアから身を乗り出して窓のほうを見ると、三田村が立っていた。窓は開けていたため、和彦が電話で話している声は聞こえていただろう。
「――明日帰ってこいと言われた」
和彦が話しかけると、三田村もテラスに出て、側にやってくる。
「先生のおかげで、のんびりと過ごせた」
「そんなこと言って、ぼくのお守りは疲れただろ」
「気は張っていた。……俺が側にいて、先生に何かあったら大変だ」
和彦は思わず三田村を見上げる。無表情ではあった三田村だが、ごっそりと感情を置き忘れた――と表現できるものではなく、感情を押し殺した男の顔をしていた。
三田村、と呼びかけて、和彦は片手を伸ばす。腰を屈めた三田村は、両腕でしっかりと和彦を抱き締めてくれた。
なんの前触れもなく、ふっと目が覚めた。
和彦は、薄ぼんやりとした明かりに照らされる壁を少しの間眺めながら、一つずつ状況を認識していく。
ここは、三田村が使っている部屋で、和彦が今横になっているのは、その三田村のベッドだ。枕にしているのは三田村の腕で、背で感じるのは、三田村の体温と胸の感触。そして、一定のリズムで耳元をくすぐるのは、三田村の寝息だ。
別荘に泊まる最後の夜、互いに言葉に出さなくても、当然のように同じベッドに入った。次はいつこうした時間を持てるかわからないことを思えば、たとえ体を重ねなくても、体温を感じるだけで満たされるものがある。
和彦は慎重に寝返りを打ち、間近から三田村の顔を見つめる。とっくに和彦が目を覚ました気配に気づいていたのだろう。三田村が薄く目を開けた。
「……明るくて気になるなら、テレビを消そうか?」
「そうしたら、あんたの顔が見えなくなる」
和彦がこう応じると、吐息を洩らすように三田村は笑った。
「寝ぼけている頭には、強烈すぎる殺し文句だ、先生……」
三田村の手が背にかかり、促されるように和彦は身を寄せる。ベッドに入って眠りにつくまで火がつくことのなかった情欲が、一度目が覚めてしまうと、それがきっかけになったように疼き始めていた。
和彦は、三田村のあごにうっすらと残る傷跡に指先を這わせてから、しがみつく。今のうちに、この男の感触もぬくもりも、もっと味わっておこうと思った。明日になれば、好きなときに触れるわけにはいかないのだ。
「先生……」
苦しげに洩らした三田村が動き、和彦の体はベッドに押さえつけられた。パジャマの上着の下に片手が入り込み、脇腹を撫で上げられるとそれだけで、ゾクゾクするような感覚が生まれる。和彦が小さく吐息を洩らすと、さらに三田村の手が移動し、胸元をまさぐられる。
しっかり抱き合っても、布越しの感触がもどかしくて仕方ない。焦れた和彦は、三田村が着ているトレーナーをたくし上げ、背の刺青を余裕なく撫で回す。すると三田村が荒く息を吐き出し、興奮したように大きく身震いをした。
「ダメだ、先生。これ以上は――」
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