血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
596 / 1,268
第26話

(24)

しおりを挟む
 今回の別荘の滞在で、中嶋は世話係として本当にうってつけの人材だと、改めて感心する。一応、一人暮らし歴は長かったため、料理以外のことはソツなくこなせる和彦だが、三田村も中嶋も、器用さとマメさのレベルが違う。
「君と三田村が側にいると、ぼくは一人暮らしでなんの経験を積んできたのか、という気になる……」
 和彦の言葉に、中嶋は楽しげに声を上げて笑いながら、針に餌をつける。釣り竿を差し出されたので仕方なく受け取ると、無様な姿勢で湖に向けて仕掛けを投げた。
「――先生は、それでいいんですよ。てきぱきと患者を治療して、クリニックの切り盛りまでして、そのうえ家事まで完璧にこなされると、世話を焼く人間がつまらない。少しぐらい隙があるほうが、かえって周囲から愛されるものです」
 だったら自分は隙だらけだなと言いかけた和彦だが、それがとんでもなく自惚れた発言になることに気づく。寸前のところで別の言葉に言い換えた。
「周囲にいるのがデキる男ばかりで、たっぷり甘やかされてるよ」
 和彦の背後で中嶋が、クスッと笑い声を洩らした。もしかすると三田村も、唇を緩めるぐらいはしたかもしれないが、浮きの動きに集中する和彦には、そこまで確かめる余裕はなかった。


 開けた窓から入ってくる風があまりに心地よくて、スリッパを脱いだ和彦はベッドに転がる。そこで視界に飛び込んできたのは、ゆっくりと雲が流れていく青空と、緑豊かな山々だ。
 ぼんやりと眺めていると、日ごろの多忙さや、自分の厄介な立場すらも遠いことのように思えてくる。今こうしてのんびりできるのは、その多忙さや、厄介な立場があってこそのものなのだが。
 マンションの部屋の工事は進んでいるだろうかと、ふと気になった和彦は、寝返りを打った勢いで起き上がり、ナイトテーブルに置いた携帯電話に手を伸ばそうとする。このとき、部屋の前に立っている中嶋に気づいた。一方の中嶋も、驚いたように目を丸くしている。
「……すみません。ドアが開いていたので」
「風通しがよくなるから、開けておいたんだ。さすがに知らない人間がウロウロしているなら気をつかうが、そうじゃないしな」
 和彦がベッドに座り直すと、中嶋が部屋に入ってくる。
「上着を置いてくると言って二階に上がったのに、なかなか戻ってこないので、何かあったのかと様子を見にきただけなんです」
「ああ、いや――」
 和彦は窓のほうに目をやり、照れ臭さを笑って誤魔化す。
「あんまり気持ちいいから、横になってみたんだ。で、マンションの部屋はどうなっているか気になって、聞いてみようかと……」
 ここで二人の視線が、ナイトテーブルの上に注がれる。すかさず中嶋が疑問を口にした。
「携帯電話、二台持ち歩いているんですね。前からそうでした?」
「……持ち始めたのは、最近だ。別に、珍しくないだろ。ぼくが知る限り、組の人間は一人で何台も持っている」
「まあ、俺たちは、組織用にシノギ用、プライベート用とかいって、なんだかんだで携帯を使い分ける必要がありますから。でも先生の場合、どう使い分けているのか、興味がありますね」
 中嶋がさりげなく隣に腰掛け、興味津々といった様子で二台の携帯電話を見つめる。頭の中では、総和会の人間らしい計算も働かせているのだろう。長嶺組に出入りして、着々と独自のポジションを確立している中嶋にとって、和彦の情報は使える手札のはずだ。
 が、ここで中嶋を警戒するぐらいなら、そもそも和彦はこの、元ホストで野心家の青年と親しくなったりはしなかった。
 和彦は一台の携帯電話を取り上げる。
「この携帯電話は、たった一人の人間との連絡用に、組長が用意してくれたんだ」
「誰ですか?」
「――昔の男。お互い、切るに切れないしがらみがあって、最近になって連絡を取り合う必要ができたんだ」
 少し前に、長嶺組の本宅に彫り師が呼ばれた情報を掴んでいたという中嶋だが、そのきっかけとなったのが、和彦が今話している男の存在だとは、さすがに想像が及ばないだろう。もちろん和彦としても、余計な情報を与えるつもりはなかった。
 いろいろと尋ねたいところをぐっと呑み込んだ表情で、中嶋がこう洩らす。
「本当に、いろいろありますね、先生は」
「元ホストの君にそう言われると、なんだか複雑だ……」
「俺は結局、仕事でしたからね。色恋だなんだといっても。でも先生の場合、生き方、ってやつでしょう。厄介で物騒な男たちの事情に雁字搦めになって、大事にされて、逃げられなくて」
 ほろ苦い笑みを洩らしつつ、携帯電話を操作した和彦は、連休に入る前に届いた里見からのメールを読み返す。

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...