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第26話
(23)
しおりを挟む男三人が、静かな別荘地で何をして過ごすか――。
密かに和彦は、この問題をどうするべきなのかと心配していたのだが、意外なほどあっさりと解決した。主に、中嶋の働きによって。
垂らしていた糸がピンと張り詰め、両手でしっかりと持った釣り竿がしなる。和彦は半ば反射的に、隣で同じく釣り糸を垂らしている中嶋を見る。
「先生、魚がかかるたびに、そう動揺しないでください。適当にリールを巻いて、魚の引きが弱ったら、釣り上げるだけです」
「適当ってなんだっ……。その適当の加減がわからないんだ」
和彦が反論する間にも、掛かった魚が激しく暴れる。慣れない手つきで慌ててリールを巻き、竿を立てようと奮闘していると、背後で苦しげな息遣いが聞こえてきた。振り返ると、顔を伏せた三田村が肩を震わせている。
「三田村、笑っているんなら、交代してくれ」
「ダメですよ、先生。掛かった魚は、責任を持って本人が釣り上げないと」
和彦はじろりと、横目で中嶋を見る。言っていることはもっともだが、明らかに中嶋も笑っている。
「……ぼくがオロオロしているのを見て、二人とも楽しんでいるだろ」
「普段マイペースの先生が、おっかなびっくりで釣りをしている姿が、なんだか可愛くて。つい、からかってしまうんです。三田村さんも同じ気持ちですよね?」
中嶋に問われ、三田村は曖昧な返事をする。さらに言い合うのも大人げないので、まずは掛かった魚を釣り上げることに専念する。初心者ながら、さきほどから意外に釣果は悪くないのだ。
やや物騒な理由から、総和会が所有する別荘で連休を過ごすことになったが、別に和彦個人が狙われているわけではなく、身を隠しておく必要はない。賢吾からも、護衛をつけておく限り、自由にしていいと言われている。
では、自由に何をするか、という話題になったとき、朝食の後片付けを終えた中嶋が、別荘近くの湖で釣りをしないかと提案してきたのだ。道具一式は揃っており、冷蔵庫には餌になりそうなものものが入っていると言われれば、断る理由はなかった。
「先生は、いままで釣りをしたことはないんですか?」
和彦は苦労してクーラーボックスに魚を入れると、針に新たな餌をつける。
「釣り堀での釣りなら、昔一度だけしたことがある。ぼくは釣り糸を垂らすだけで、あとは全部人任せだったけど」
「先生らしい」
「……絶対、そう言われると思ったんだ」
ここまでずっと見ているだけだった三田村に、休憩すると言って釣り竿を押し付ける。一瞬、困ったような表情を見せたが、受け取ってくれた。
和彦は二人から離れると、桟橋の先まで行ってみる。湖の向こう側にはキャンプ場などがあるらしく、遠目にも、カラフルなテントが並んでいるのが見える。それに、いくつものボートが湖に浮かんでいた。冬にここを訪れたときは静かなものだったが、連休中は観光地としてにぎわっているようだ。
ただ、別荘から近いこちら側は、車が通り抜けられる道ではないため、和彦たちが独占しているようなものだ。
楽しくキャンプをしたり、ボートに乗っている人たちも、まさかここでヤクザ二人と、ヤクザの組長のオンナが、のんびりと釣りをしているとは思わないだろう。和彦自身、変な感じがするぐらいだ。
もちろん、楽しんでいるのだが――。
和彦は、釣り糸を垂らしている三田村に視線を向ける。さすがに、釣りをするのにスーツはないと考えたのだろう。今日は薄手のニットという軽装だ。おかげで、引き締まった体躯のラインがよく見て取れた。
ラフな服装で釣りをしている三田村の姿が見られただけでも、ここを訪れた価値はあったといえる。和彦は知らず知らずのうちに唇を緩めていた。
三田村の釣り竿がしなっているのを見て、慌てて二人の元に戻る。和彦が心配するまでもなく、三田村はさっさと魚を釣り上げて針から外した。
「……初心者じゃないのか、三田村……」
思わず和彦が声をかけると、なぜか三田村は申し訳なさそうな顔をする。
「何年も前だが、うちの若頭が釣りに熱中している時期があって、よく俺も連れて行ってもらってたんだ。隣でぼうっと見ているなと言われて、それでまあ、俺も竿を振るように……」
「本当に、意外な特技を持ってるな」
和彦が感心している間にも、中嶋が新たに魚を釣り上げて、クーラーボックスに入れる。
「心配してたんですが、今の調子なら、夕飯にはみんなで腹いっぱい、魚を堪能できますよ。あっさりと塩焼きもいいし、ムニエルも美味しそうですね。あっ、ホイル焼きもできますよ」
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