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第26話
(15)
しおりを挟む連休初日から慌ただしいと、後部座席のシートに体を預けた和彦は、ほっと息を吐き出す。
賢吾に言われるまま、数日分の着替えなどを急いでバッグに詰め込み、急き立てられるように車に押し込まれたのだ。
じっくりと服を選ぶ余裕もなく、和彦の今の格好は、ジーンズとTシャツ、かろうじて掴んできたジャケットという軽装だった。車で移動するだけなので、ある意味、正しい選択だったかもしれない。
業者の到着を部屋で待つという賢吾とは、玄関前で別れた。長嶺組組長という多忙な身でありながら、〈オンナ〉の部屋にまで気を配らないといけない立場というのは、少しは同情してもいいのかもしれないが、和彦の連休の予定をすべて無視してくれたことで、差し引きゼロといったところだ。
もっとも、台無しにされたといって怒るほど、立派な計画を立てていたわけではないのだが――。
和彦はわずかにウィンドーを下ろす。外は雲一つない晴天で、初夏らしく気温は高いが、車内に吹き込んでくる風は爽やかだ。ドライブ日和ともいえ、こういう日に自分で運転をして、好きなところに出かければどれだけ気持ちがいいだろうかと、つい想像してしまう。
ただ最近は、運転は組員任せが当たり前になってしまい、かつてほど自分で運転してみたいという衝動が薄れた気がする。
朝食を抜いたこともあり、途中、目についた店に立ち寄って早めの昼食をとった以外では、車はひたすら走り続ける。観光地巡りが目的ではないので、これは仕方ないだろう。連休ということで、めぼしい場所はどこも混雑しているため、そもそも車を停めてもらう気にもならない。
賢吾や千尋が同乗していないということもあり、組員に許可をもらった和彦は、ウィンドーを全開にする。
スモークフィルム越しではない景色をしっかりと目にすることができて、それだけで非常に満足だ。
「普段の送り迎えのルートだと、先生には息苦しい思いをさせていますからね」
そう声をかけてきたのは、助手席に座っている組員だ。和彦の護衛として、クリニックの送迎もほぼ彼が務めているため、そのことを言っているのだ。
和彦は風で乱れる髪を掻き上げ、笑いながら応じる。
「決まったルートを通るから、待ち伏せされる危険がある、なんて言われたら、怖くて窓なんて開けられないからな」
「組には、護衛のためのマニュアルがあるんです。俺らはそれを叩き込まれて、組にとって大事な方たちを守る仕事に就く。長嶺組の皆さんは、護衛する側にとってはありがたい方ばかりですよ」
「どういう意味だ?」
「護衛を信頼して動いてくれる。聞いた話では、よその組だと、護衛がつくのを嫌がって、一人で気ままに出歩く方もいるそうです」
へえ、と声を洩らした和彦は、長嶺の男たちの行動を思い返してみる。自由気ままに見えて、賢吾も千尋も、護衛の存在をごく当然のものとして受け入れ、同行させている。生まれた瞬間から、長嶺組を背負う運命が決まっていた男たちだ。〈守られる〉ことの重さを、日々実感しているのかもしれない。
「――……だったらぼくも、行儀よくしておかないとな」
和彦がそう洩らしてウィンドーを閉めると、組員たちは小さく声を洩らして笑った。
さすがに道中、渋滞に巻き込まれはしたが、他愛ない会話を交わしながら、退屈することなくドライブを楽しみ、ようやく目的地が近づいてくる。
ほんの数か月前に通った道だ。なんとなく記憶には残っているが、季節が変われば、当然景色も変わる。冬に和彦が目にしたのは素晴らしい雪景色だったが、今は、目にも鮮やかな緑に彩られていた。
連休中であることや、過ごしやすい気候も関係あるのか、冬の頃にはほとんど見かけなかった車とすれ違う。別荘やペンションの利用者かもしれないし、ドライブの途中なのかもしれない。ただ、観光地ではないため、その車の数も限られる。静かな別荘地、という表現は変わらないだろう。
車が一旦停まり、助手席から降りた組員が、道の真ん中に置かれたガードフェンスを移動させる。和彦がぼんやりしている間に、総和会が所有する土地に入ったようだ。別荘は、ここからさらに奥まった場所に建っている。
見覚えのある建物が視界に入ってくるようになると、意識しないまま和彦の心臓の鼓動は速くなっていた。
車が近づいてくる音が聞こえていたのか、別荘の前にはすでに人の姿があった。それが誰かわかり、和彦はそっと目を細めた。
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