血と束縛と

北川とも

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第26話

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 護衛と聞いて、まず和彦が思い浮かべた男の存在を、賢吾は察したのかもしれない。
「今の先生の表情を見て思い出した。――そろそろ、俺への隠し事を話す気になったか?」
 大蛇の化身のような男の追及を、これ以上避けることはできない。いつかは、打ち明けなければならなかったのだ。
 それにしても朝から重い話題だと、そっとため息をついた和彦は、慎重に言葉を選んで打ち明ける。
「……この間、総和会からの仕事で治療に行って、患者が目を離せない状態だったから、詰め所のような部屋で一泊したんだ」
「ああ、そんなことがあったな。報告は受けている」
「その部屋で休んでいて……、誰かに、体を触られた」
「『誰か』、か?」
 冷然とした賢吾の声に、和彦は体を強張らせる。危うく、ある男の名を口にしそうになったが、寸前のところで堪える。賢吾の、静かな――静かすぎる反応を間近で感じていると、とてもではないが言えない。
 獲物に狙いを定めた大蛇が、身を潜める光景が脳裏を過ったからだ。一度身を起こしてしまうと、獲物の四肢を引き千切る残酷さと、容赦のなさを発揮する。
「顔は、見ていない……。触られただけだから、騒ぎにしたくなかったんだ」
「長嶺の男たちが大事にしているオンナに手を出すなんざ、ずいぶん度胸のある男だな。単なるバカの命知らずか、それとも、長嶺を……俺を恐れないだけの後ろ盾を持っているのか――」
 まるで独り言のように話しながら、賢吾の手に頬をくすぐられる。その感触が優しいからこそ、和彦はあることを本気で危惧し、たまらず忠告していた。
「……ぼくのことで、誰かと揉めたりしないでくれ。前に聞いたことがあるんだ。ぼくと会長のことで、長嶺組と総和会の関係が微妙になっていると。それが事実かどうかはわからない。だけど、今回のことが原因で、本当に総和会との関係がこじれたら……」
「他の奴が言ったなら、自惚れるなと鼻先で笑う台詞だが、先生が言うと、シャレにならねーな。一年ちょっと前なら、長嶺組の世間知らずの跡目を引っ掛けた、遊び好きの色男、という程度の存在だった先生が今や、長嶺組と総和会の上に立つ男にとって、大事な〈オンナ〉だ。――面倒な存在になっちまったな」
 指であごを持ち上げられ、賢吾に柔らかく唇を吸われる。和彦は緊張しながらその口づけを受け止め、抑えた声でこう応じた。
「ぼくは、望んでなかった。……なんでも、長嶺の男たちで決めてしまったくせに」
「俺が見初めたんだから、仕方ねーな。この世界で生活する限り、先生はどんな理不尽も不合理も、腹の中に呑み込まないといけない。厄介なことに先生は、そのたびにオンナっぷりを上げる。忌々しいぐらいに」
「そのオンナが、頼むんだ。――ぼくが原因で、揉めないでくれ」
 和彦はじっと賢吾の目を覗き込む。
 剣呑として物騒な、大蛇が潜む目に引きずり込まれてしまいそうな感覚に、あと少しで視線を逸らしそうになったが、寸前のところで賢吾が口を開く。
「先生にあれこれ呑み込ませている分、俺は、先生の頼みをいくらか聞き入れないといけねーだろうな」
 ヤクザの言うことなど信用してはいけないと、賢吾と出会ったときから体には叩き込まれている。今も和彦は、賢吾が心の内を素直に言葉にしているとは思っていない。複雑で厄介な事情と理屈を、もっともらしいしきたりと礼儀で装いながら、表向きは円滑に、裏の世界は動いているのだ。
 実際、和彦の頼みに対して賢吾は、わかった、という一言すら口にしない。直截な返事を避けているようだ。
 賢吾は薄い笑みを浮かべ、機嫌を取るように和彦のあごの下をくすぐってくる。
「先生は心配性だな。いや、優しいのか」
「……別に心配性でも、優しくもない。自分が面倒に巻き込まれて、痛い思いをしたくないだけだ」
「自分さえよければ、ヤクザ同士、勝手に揉めて潰し合えということか」
「そこまで言ってないだろっ」
 ムキになって和彦が否定すると、満足のいく反応だったのだろう。賢吾は声を洩らして笑い、再び唇を吸ってきた。
「すぐに出かける準備をしろ。先生は何も気にせず、のんびりしてくればいい。それが、俺とオヤジの望みだ」
 賢吾の口調は穏やかだが、これ以上の口出しを許さない空気を感じ取り、和彦は頷くしかなかった。

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