血と束縛と

北川とも

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第26話

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 普段から組員が出入りし、何かと世話を焼いてくれているため、自分が知らないところで他人が部屋に入ることに抵抗はない。ただ和彦が驚いたのは、賢吾の周到さだ。つい数日前に食事をしたときは、何も言っていなかったし、匂わせもしていなかった。
「それはかまわないが……、どれぐらい時間がかかるんだ? 夕方ぐらいまでなら、ぼくは外で適当に時間を潰しているが」
「残念だな。ガラスやドアをひょいっと入れ替えるだけじゃねーんだ。バルコニーに面した窓には特殊ガラスを入れるが、これが、厚みがあってな。今のサッシにハマらないそうなんだ。だから、サッシそのものを替える。ちょっとした改装工事だな」
「……つまり、一日じゃ終わらないということか」
 肯定するように賢吾の息遣いが笑った。
 賢吾が決めたのなら、和彦は文句を言うつもりはない。和彦の身の安全のためだというなら、なおさらだ。ここまでしなければならない状況というのは怖くもあるが、逃げられないのなら、受け入れるしかない。
 連休が始まったばかりだというのに慌ただしいなと、そっとため息をつこうとしたとき、さらに賢吾が驚くべき発言をした。
「工事の間、本宅に泊まればいいと言いたいところだが、せっかくの連休中、いつもと変わり映えのしない過ごし方もつまらんだろう。だから、オヤジに話をつけて、別荘を押さえた。冬に一度、先生も行ったことがある別荘だ。今は気候もいいから、のんびりと過ごせるぞ」
 和彦は目を丸くして、まじまじと賢吾の顔を見つめる。やや呆れつつ、こう言っていた。
「人の貴重な休みを、なんだと思ってるんだ。なんでもかんでも、ぼくに相談もなく勝手に決めて……」
「気に食わんか?」
「忙しいあんたが、ぼくのためにあれこれ気を回してくれることは、ありがたいと思う。だけど、少しぐらいはこっちの都合を考えてもいいだろ」
「生憎、俺は仕事があって、動けん。だからこそ先生の都合を考えて、三田村を護衛につけるんだが、それも嫌か?」
 あっ、と声を洩らした和彦は、次の瞬間には顔をしかめる。
「――……喜ぶ顔もできるが、あんたのプライドを慮って、こういう顔をするんだからな」
「喜ぶ先生に対して嫌味を言うほど、俺は狭量じゃないぜ」
 ニヤニヤとする賢吾を軽く睨みつけてから、和彦は顔を背ける。
「ぼくの都合を考えて、三田村の都合を無視したことにならないか」
「あいつは、先生の護衛だと言われたら、地の果てだってついていくさ。組の中じゃ、一番先生の扱いを心得ているし、腕も立つ。よく気も利くしな。数日一緒に過ごす護衛としては、最適だ。……たっぷり尽くしてもらって、いい連休にしてもらえ」
 優しい声で賢吾に囁かれて、すぐに顔を綻ばせられるほど和彦は現金ではない。それに、物騒な男たちに囲まれて暮らしているせいで、すっかり疑い深くなってしまった。
 寝起きでぼんやりしていた頭はすっかり冴え、胡散臭く思いながら賢吾に視線を投げかける。和彦の反応の意味がわかったのだろう。賢吾は大仰に肩をすくめた。
「部屋の改装工事については、総和会からの意向も入っている。襲撃を受けた現場に先生がいたということで、オヤジが俺に連絡をしてきてな。先生の安全について、もっと気を配れと説教をされた。その話の流れで、この部屋のことが出た。――南郷から、報告を受けたんだろう。総和会からも金を出すから、もっと安全な部屋に引っ越せとな。すでに改装の手配をしていると言って、なんとか納得させたんだ」
 南郷ほどの男が、見舞いのためというもっともらしい理由をつけ、目立つ花束を持ってマンション前に立っていたのは、確かにおかしかった。成り行きのような形で中に招き入れたが、南郷は最初から、部屋の内部を見るのが目的だったのだろう。
 滞在していたのは短時間だったが、それでも、視界に入る範囲で部屋の様子を記憶に留め、守光に報告したのだ。鷹津がいなければ、もっと長居されていたかもしれない。
 あの男と二人きりになった状況を想像して、和彦はゾッとする。そんな和彦に追い討ちをかけるように賢吾が続けた。
「――そういうわけで、別荘での滞在には、総和会からも護衛がつく」
 どうして、と問いかけようとしたが、その前に理屈を理解してしまう。和彦は、長嶺組組長のオンナであると同時に、総和会会長のオンナでもあるのだ。互いの面子を尊重し、無用な波風を立てないために、平等に和彦の生活に関わるということだ。
 父子とはいえ、それぞれの組織の背負う男たちの事情を呑み込んだ和彦は、必要最低限のこととして、これだけは尋ねておく。
「総和会からの護衛って、誰がつくんだ……?」
 このとき賢吾は、冴え冴えとした表情を見せた。肩を抱く腕に力が込められ、一瞬和彦は怯える。

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