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第26話
(9)
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「俺が凄んだところで、屁でもないだろ。総和会第二遊撃隊を率いる、南郷ともあろう男が」
「……長嶺組長だけでなく、うちのオヤジさんにとっても大事な先生を、警察の人間が守っているんだ。何事かと気にもなるってもんだ」
「そういうお前は、どうしてこいつにつきまとう。大事な『オヤジさん』の側についていなくていいのか?」
口元に笑みを湛えたまま、南郷は凄むように鷹津に視線を定める。傍で見ていて息を詰めてしまうほど、冷たく鋭い目だった。
二人の男のただならぬ雰囲気が伝わったのか、それとも、そんな男たちの間で戸惑っている和彦の様子から何か感じたのか、南郷の護衛についている男たちだけではなく、和彦の護衛として、鷹津の車の背後からついてきていた長嶺組の男たちが、互いに威嚇し合うように静かに距離を縮めていた。
友好的とは言いがたい空気を無視できなくなった和彦は、ため息交じりに南郷に提案する。
「――まだ話したいなら、場所を移動してもらえませんか。ここで立ち話をされると、迷惑になります」
「だったら、先生の部屋に。前にも言ったが、長嶺組長がオンナを住まわせている部屋を見てみたい」
こういう流れになるのは予測していた。和彦がそっと目配せすると、心得たように鷹津も応じた。
「コーヒーぐらい出せよ」
ソファに腰掛けた二人の前にコーヒーを出した和彦は、少し迷ってから、鷹津との間に一人分のスペースを空けて隣に腰掛ける。
足を組んだ南郷は、ソファの背もたれに腕をかけ、賢吾の好みで統一されたリビングを見回す。一方の鷹津は、そんな南郷を不躾なほど観察していた。刑事としての習性なのかもしれない。
「思った通り、長嶺組長は先生にいい暮らしをさせている。――金をかける価値のあるオンナ、ということだな」
この部屋に入れた時点で、事情を知る男たちが何を思うか、和彦は容易に想像できるし、覚悟もしている。明け透けすぎる南郷の言葉に、眉一つ動かさずにこう答えた。
「堅気としてのぼくの人生を、めちゃくちゃにした対価だと思うようにしています。どれだけ金をかけるかは、あの人の自由です」
この会話を盗聴器は拾っているのだろうかと、頭の片隅で考えてしまう。あとで賢吾に聞かれるのかと思うと、発言を自重しようかというより、もっと皮肉の効いたことを言いたい衝動に和彦は駆られる。
「自分のオンナに金をかけるだけじゃなく、用心棒として、よりによって暴対の刑事をつけるとは、長嶺組長は大した男だ」
「――用心棒じゃなく、番犬だ」
鷹津が、自らの立場を卑下するでもなく、淡々とした口調で告げる。南郷はおもしろがるように身を乗り出したが、このとき視線は、包帯を巻いた鷹津の右手に注がれていた。
「人でもなく、犬か、あんた」
「ピカピカの肩書きを持つ色男に近づく、蛆虫みたいな連中を踏み散らすには、ちょうどいいだろう」
この瞬間、リビングの温度が数度ほど下がった気がして、和彦は小さく身震いする。
鷹津と南郷の会話は、鋭い刃先をちらちらと見せ合う行為に似ている。それによって相手が怯むか、なお挑発してくるかを探り合っているのだ。だが、傍で聞いている和彦にとっては、ただ心臓に悪い。
「その犬が、自分を手ひどい目に遭わせた男のオンナに、尻尾を振る理由が知りたいもんだ。よっぽど、具合がいいのか?」
南郷は、鷹津を挑発しているようでいて、明らかに和彦の反応を観察していた。
無礼な男ばかりだと、体の奥が怒りでスウッと冷たくなる感覚を味わいながら、和彦は南郷にきつい眼差しを向ける。
「本気で知りたいなら、長嶺組長にお聞きになってください。この人をぼくにつけることを決めた当人なので。もちろん、その侮辱的な表現も忘れずに。……それで、わざわざ花束を持参して、ぼくを蔑みに来たのですか?」
声音を抑えて和彦が問いかけると、大仰に肩をすくめた南郷が組んでいた足を下ろし、態度を改めるようにソファに座り直した。
「失礼した。正直、あんたみたいに上等で――風変わりな人間と話したことがないんで、いまだに、どう会話を交わせばいいかわからん。そういえば、先日も怒らせたばかりだったな」
「……忘れました」
「そういう答えを返してくるということは、長嶺組と総和会の間に波風を起こしたくないと、あんたなりに考えているんだな」
「あなたは、起こしたいんですか?」
互いの腹の内を探るように、和彦と南郷は視線を逸らさなかった。
和彦の質問の意図を、南郷はよく理解しているだろう。いかにも凶暴で粗野そうな大柄な男は、荒事が得意だという理由だけで守光に仕えているわけではないはずだ。もしかすると、この無礼さすら、守光の意向を受けてのものかもしれない。
「……長嶺組長だけでなく、うちのオヤジさんにとっても大事な先生を、警察の人間が守っているんだ。何事かと気にもなるってもんだ」
「そういうお前は、どうしてこいつにつきまとう。大事な『オヤジさん』の側についていなくていいのか?」
口元に笑みを湛えたまま、南郷は凄むように鷹津に視線を定める。傍で見ていて息を詰めてしまうほど、冷たく鋭い目だった。
二人の男のただならぬ雰囲気が伝わったのか、それとも、そんな男たちの間で戸惑っている和彦の様子から何か感じたのか、南郷の護衛についている男たちだけではなく、和彦の護衛として、鷹津の車の背後からついてきていた長嶺組の男たちが、互いに威嚇し合うように静かに距離を縮めていた。
友好的とは言いがたい空気を無視できなくなった和彦は、ため息交じりに南郷に提案する。
「――まだ話したいなら、場所を移動してもらえませんか。ここで立ち話をされると、迷惑になります」
「だったら、先生の部屋に。前にも言ったが、長嶺組長がオンナを住まわせている部屋を見てみたい」
こういう流れになるのは予測していた。和彦がそっと目配せすると、心得たように鷹津も応じた。
「コーヒーぐらい出せよ」
ソファに腰掛けた二人の前にコーヒーを出した和彦は、少し迷ってから、鷹津との間に一人分のスペースを空けて隣に腰掛ける。
足を組んだ南郷は、ソファの背もたれに腕をかけ、賢吾の好みで統一されたリビングを見回す。一方の鷹津は、そんな南郷を不躾なほど観察していた。刑事としての習性なのかもしれない。
「思った通り、長嶺組長は先生にいい暮らしをさせている。――金をかける価値のあるオンナ、ということだな」
この部屋に入れた時点で、事情を知る男たちが何を思うか、和彦は容易に想像できるし、覚悟もしている。明け透けすぎる南郷の言葉に、眉一つ動かさずにこう答えた。
「堅気としてのぼくの人生を、めちゃくちゃにした対価だと思うようにしています。どれだけ金をかけるかは、あの人の自由です」
この会話を盗聴器は拾っているのだろうかと、頭の片隅で考えてしまう。あとで賢吾に聞かれるのかと思うと、発言を自重しようかというより、もっと皮肉の効いたことを言いたい衝動に和彦は駆られる。
「自分のオンナに金をかけるだけじゃなく、用心棒として、よりによって暴対の刑事をつけるとは、長嶺組長は大した男だ」
「――用心棒じゃなく、番犬だ」
鷹津が、自らの立場を卑下するでもなく、淡々とした口調で告げる。南郷はおもしろがるように身を乗り出したが、このとき視線は、包帯を巻いた鷹津の右手に注がれていた。
「人でもなく、犬か、あんた」
「ピカピカの肩書きを持つ色男に近づく、蛆虫みたいな連中を踏み散らすには、ちょうどいいだろう」
この瞬間、リビングの温度が数度ほど下がった気がして、和彦は小さく身震いする。
鷹津と南郷の会話は、鋭い刃先をちらちらと見せ合う行為に似ている。それによって相手が怯むか、なお挑発してくるかを探り合っているのだ。だが、傍で聞いている和彦にとっては、ただ心臓に悪い。
「その犬が、自分を手ひどい目に遭わせた男のオンナに、尻尾を振る理由が知りたいもんだ。よっぽど、具合がいいのか?」
南郷は、鷹津を挑発しているようでいて、明らかに和彦の反応を観察していた。
無礼な男ばかりだと、体の奥が怒りでスウッと冷たくなる感覚を味わいながら、和彦は南郷にきつい眼差しを向ける。
「本気で知りたいなら、長嶺組長にお聞きになってください。この人をぼくにつけることを決めた当人なので。もちろん、その侮辱的な表現も忘れずに。……それで、わざわざ花束を持参して、ぼくを蔑みに来たのですか?」
声音を抑えて和彦が問いかけると、大仰に肩をすくめた南郷が組んでいた足を下ろし、態度を改めるようにソファに座り直した。
「失礼した。正直、あんたみたいに上等で――風変わりな人間と話したことがないんで、いまだに、どう会話を交わせばいいかわからん。そういえば、先日も怒らせたばかりだったな」
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「そういう答えを返してくるということは、長嶺組と総和会の間に波風を起こしたくないと、あんたなりに考えているんだな」
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和彦の質問の意図を、南郷はよく理解しているだろう。いかにも凶暴で粗野そうな大柄な男は、荒事が得意だという理由だけで守光に仕えているわけではないはずだ。もしかすると、この無礼さすら、守光の意向を受けてのものかもしれない。
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