血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
580 / 1,268
第26話

(8)

しおりを挟む
 車から降りた和彦は、警戒しながら南郷に歩み寄る。マンション前に花束を持って立っていて、和彦以外の人間を待っているとは考えにくい。知らん顔をして通りすぎるなど不可能だった。
 それに――、和彦よりも先に状況を把握したのだろう。鷹津までもが歩道脇に車を停めて降り、険のある視線を前方に向ける。目を凝らしてみてみると、街灯の明かりを避けるようにして車が一台停まっていた。
「大丈夫だ。あれは、うちの隊の人間だ。佐伯先生の見舞いに行くと言ったら、何を心配したんだか、ついてきたんだ」
 声を荒らげているわけでもないのに、南郷の声は夜の空気を震わせる。和彦はハッとして、再び南郷を見た。
「……見舞いって、なんのことですか……?」
「襲われたと聞いた」
「誰がそんなことを言ったのか知りませんが、ぼくはこの通り、なんともありません」
 和彦は、南郷が持っている花束を渡されたくない一心で、冷ややかに言い放つ。一方の南郷は、和彦の反応を楽しんでいるかのように口元を緩めた。
 夜ということもあり、人通りはほとんどないのだが、それでも、マンションを出入りする人間に、明らかに堅気ではない男と話している場面を見られたくない。
 和彦が半ば強引に会話を打ち切ろうとしたところで、嫌なタイミングで南郷が切り出した。
「――長嶺組の動きが慌ただしいという報告だけは、すぐに耳に入っていたんだ。だが、一体何が起こったのか、総和会になかなか情報が上がってこなかった。見舞いが遅くなったのは、そういう理由からだ」
「長嶺組と総和会の情報のやり取りについては、ぼくにはなんとも……。連絡役になっているのは、中嶋くんでは?」
「もちろん、長嶺組の本宅に中嶋を向かわせた。が、何も知らされず、聞いたところで答えをはぐらかされたようだ」
 それなのに南郷は、襲撃の件も、その場に和彦がいたという事実も把握している。どうやって知ったのか、と考えてまっさきに頭に浮かんだのは、秦の存在だ。秦と中嶋の関係を思えば、情報のやり取りが皆無とも考えにくい。
 しかし、和彦の心の内を読んだように、すかさず南郷に言われた。
「秦静馬という男の後ろ盾になっているのは、長嶺組だ。余計なことを言うなと釘を刺されれば、どんなおしゃべりな人間でも無口になる。頭の切れる男なら、なおさらだ。――かつてのホスト仲間とはいっても、中嶋も秦から聞きだすのは無理だったようだ」
 南郷がわずかに腰を屈め、和彦の顔を覗き込んでくる。
「まあ、総和会に首を突っ込まれたくない長嶺組なりに、配慮した結果だろう。だからといって、遊撃隊なんてものを率いている身としては、知らん顔もできないから、俺なりに手を回した。襲撃された店にあんたもいたと知って、オヤジさんも心配していた」
 守光の話題に和彦は、肩を揺らす。目の錯覚かもしれないが、南郷の唇の端が微かに動いた気がした。
「俺がこうして、似合わない花束を持ってきたんだ。受け取ってくれるだろ、先生」
「……これを渡すために、待っていたんですか?」
「俺みたいなのが、あんたのクリニックを訪ねても歓迎してくれるなら、そうしてもよかったが」
 無造作に突き出された花束を、仕方なく受け取る。黄色のチューリップを、白色の小花で彩っているごく普通の花束で、豪華で目立つことに美徳を見出す裏の世界の男にしては、この選択は珍しいともいえる。
 和彦が花束からちらりと視線を上げると、あっさりと南郷は告白した。
「前にあんたに誕生日プレゼントを渡したとき、ひどく迷惑がられたからな。俺は趣味が悪いんだと思って、花屋に任せた」
 なるほど、と心の中で呟いた和彦は、南郷に慇懃に頭を下げる。
「ありがとうございます。――失礼します」
 今度こそ会話を打ち切ろうとしたが、和彦を威圧するように南郷が距離を縮めてくる。本能的な怯えから身をすくめると、背後から肩を掴まれ引き寄せられた。いつの間にか和彦の傍らに立っていた鷹津が、無機質な目で南郷を見据える。南郷は、ニヤリと笑った。
「お宅とは、まだ寒かったときに、ここで会った記憶がある。……確か、警察の人間だったな」
「とぼけるな。俺が刑事どころか、所属も階級も、名前すらも調べ上げてるんだろ。総和会の人間なら、それぐらい容易いはずだ」
 鷹津は、表面上の落ち着きとは裏腹に、殺気立っていた。鷹津を〈嫌な男〉として表現することがほとんどの和彦だが、このときだけは、〈怖い男〉だと思った。いや、そもそも鷹津は最初から、そういう存在だったのだ。ただ、普段から怖い男たちに囲まれている和彦の感覚が、麻痺しているだけだ。
 スラックスのポケットに片手を突っ込んだ南郷が、芝居がかった仕種で肩をすくめる。
「そう、凄まんでくれ。――鷹津さん」

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

処理中です...