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第26話
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「この調子なら、連休中にでも抜糸できそうだ」
連休、と小声で呟いた鷹津が、傷口の消毒を始めた和彦に問いかけてくる。
「このクリニックも、連休があるのか?」
「一週間ほど休むことになっている。ぼくはカレンダー通り開けていてもいいんだが、組長に言われると、何も言えない」
「ヤクザは優雅なものだな。そのオンナも」
鷹津が左手を伸ばし、頬に触れてこようとしたので、咄嗟に払い除ける。触れられることが嫌だというより、賢吾から言われた言葉が蘇ったのだ。
鷹津に情を移すなと、賢吾は言った。それがどういうことなのか和彦にはよくわからない。鷹津は相変わらず嫌な男だし、好意的な感情を抱いていないつもりだ。だが、それだけで鷹津との関係は割り切れない。そう、単純なものではないのだ。
「……治療中だ。邪魔するな」
あえて鷹津の顔を見ないで注意すると、和彦は黙々と手を動かす。治療とは言っても、傷の様子を診たかっただけで、あとは消毒をして、ガーゼと包帯を取り替えるだけだ。
手早く包帯を巻き終え、立ち上がった和彦は片付けを始める。
「また何日かしたら連絡をする。そのとき、傷が化膿していなかったら抜糸をする。――用は済んだから帰ってくれ」
鷹津に背を向けて素っ気なく告げると、突然、肩に手がかかる。驚いて振り返ると、いつの間にか鷹津が目の前に立っていた。怖いほど真剣な顔で見つめられ、察するものがあった和彦は後退ろうとしたが、うなじに手がかかって反対に引き寄せられる。
「おいっ――」
「長嶺に、何か言われたか? えらくピリピリしているな」
和彦は思わず視線を逸らしたが、肯定したも同然だ。鷹津は鼻先で笑い、顔を寄せてきた。
「〈あれ〉で、餌を食わせ終えたなんて思ってないだろうな? 俺はお前の命を助けたんだぜ。せめて、この怪我が治るまで、好きなだけ食わせてもらうぞ」
「そこまで恩着せがましいことを言うと、せっかくの善行も価値がなくなるぞ。助けられたほうも、うんざりしてくる」
睨みつけながら和彦が言うと、鷹津は意外なほどあっさりと身を引いた。
「腹が減った。これからメシを食いにいくぞ」
「その口ぶりだと……、ぼくも一緒に、ということか?」
「ファミレスでいいなら、奢ってやる」
なんだか妙なことになったなと思いながらも、二人きりのクリニックで〈餌〉を食わせろと迫られるよりはいい。そうでないと――流されそうになる。
「奢りということは、ぼくについている護衛の組員の分もだな。有能な刑事は太っ腹だ」
聞こえよがしに和彦が独り言を洩らすと、鷹津は露骨に顔をしかめた。
護衛の組員がついていながら、鷹津の運転する車でマンションまで送られるという状況に、和彦は戸惑っていた。ファミリーレストランを出ると、その場で鷹津と別れようとしたのだが、腕を取られて車に押し込まれた。
助手席で身じろいでから、思いきって後ろを振り返る。鷹津の車のあとを、長嶺組の車がぴったりとついてきていた。
どうしてこんなことを、とハンドルを握る鷹津の横顔に視線を移す。鷹津は何も言わないため、あくまで和彦の推測でしかないが、おそらく賢吾を挑発しようとしているのだ。
「――……あんたは、命知らずだ」
和彦がぽつりと洩らすと、鷹津は皮肉っぽい笑みを口元に湛える。
「お前にだけは、言われたくないな。自分がどんな男たちのオンナなのか、自覚はないのか」
「だけどぼくは、その男たちに守られている」
「そして、抜け出せない深い場所まで引きずり込まれている」
「……好きに言えばいい」
ここで会話が一旦途切れたが、マンション近くまで来たところで、何かに気づいた鷹津が小さく舌打ちし、忌々しげに呟いた。
「どうして、あいつがいるんだ……」
鷹津の視線を追い、和彦も正面を向く。マンションの前に、スーツ姿の大柄な男が立っていた。しかも、花束を持って。
車のライトがはっきりと男を照らし出す。
男は、南郷だった。
連休、と小声で呟いた鷹津が、傷口の消毒を始めた和彦に問いかけてくる。
「このクリニックも、連休があるのか?」
「一週間ほど休むことになっている。ぼくはカレンダー通り開けていてもいいんだが、組長に言われると、何も言えない」
「ヤクザは優雅なものだな。そのオンナも」
鷹津が左手を伸ばし、頬に触れてこようとしたので、咄嗟に払い除ける。触れられることが嫌だというより、賢吾から言われた言葉が蘇ったのだ。
鷹津に情を移すなと、賢吾は言った。それがどういうことなのか和彦にはよくわからない。鷹津は相変わらず嫌な男だし、好意的な感情を抱いていないつもりだ。だが、それだけで鷹津との関係は割り切れない。そう、単純なものではないのだ。
「……治療中だ。邪魔するな」
あえて鷹津の顔を見ないで注意すると、和彦は黙々と手を動かす。治療とは言っても、傷の様子を診たかっただけで、あとは消毒をして、ガーゼと包帯を取り替えるだけだ。
手早く包帯を巻き終え、立ち上がった和彦は片付けを始める。
「また何日かしたら連絡をする。そのとき、傷が化膿していなかったら抜糸をする。――用は済んだから帰ってくれ」
鷹津に背を向けて素っ気なく告げると、突然、肩に手がかかる。驚いて振り返ると、いつの間にか鷹津が目の前に立っていた。怖いほど真剣な顔で見つめられ、察するものがあった和彦は後退ろうとしたが、うなじに手がかかって反対に引き寄せられる。
「おいっ――」
「長嶺に、何か言われたか? えらくピリピリしているな」
和彦は思わず視線を逸らしたが、肯定したも同然だ。鷹津は鼻先で笑い、顔を寄せてきた。
「〈あれ〉で、餌を食わせ終えたなんて思ってないだろうな? 俺はお前の命を助けたんだぜ。せめて、この怪我が治るまで、好きなだけ食わせてもらうぞ」
「そこまで恩着せがましいことを言うと、せっかくの善行も価値がなくなるぞ。助けられたほうも、うんざりしてくる」
睨みつけながら和彦が言うと、鷹津は意外なほどあっさりと身を引いた。
「腹が減った。これからメシを食いにいくぞ」
「その口ぶりだと……、ぼくも一緒に、ということか?」
「ファミレスでいいなら、奢ってやる」
なんだか妙なことになったなと思いながらも、二人きりのクリニックで〈餌〉を食わせろと迫られるよりはいい。そうでないと――流されそうになる。
「奢りということは、ぼくについている護衛の組員の分もだな。有能な刑事は太っ腹だ」
聞こえよがしに和彦が独り言を洩らすと、鷹津は露骨に顔をしかめた。
護衛の組員がついていながら、鷹津の運転する車でマンションまで送られるという状況に、和彦は戸惑っていた。ファミリーレストランを出ると、その場で鷹津と別れようとしたのだが、腕を取られて車に押し込まれた。
助手席で身じろいでから、思いきって後ろを振り返る。鷹津の車のあとを、長嶺組の車がぴったりとついてきていた。
どうしてこんなことを、とハンドルを握る鷹津の横顔に視線を移す。鷹津は何も言わないため、あくまで和彦の推測でしかないが、おそらく賢吾を挑発しようとしているのだ。
「――……あんたは、命知らずだ」
和彦がぽつりと洩らすと、鷹津は皮肉っぽい笑みを口元に湛える。
「お前にだけは、言われたくないな。自分がどんな男たちのオンナなのか、自覚はないのか」
「だけどぼくは、その男たちに守られている」
「そして、抜け出せない深い場所まで引きずり込まれている」
「……好きに言えばいい」
ここで会話が一旦途切れたが、マンション近くまで来たところで、何かに気づいた鷹津が小さく舌打ちし、忌々しげに呟いた。
「どうして、あいつがいるんだ……」
鷹津の視線を追い、和彦も正面を向く。マンションの前に、スーツ姿の大柄な男が立っていた。しかも、花束を持って。
車のライトがはっきりと男を照らし出す。
男は、南郷だった。
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