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第25話
(24)
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ここで鷹津が顔を歪める。平然として話しているようだが、やはり切りつけられたばかりの傷が痛んでいるのだ。和彦はタオルをそっと外し、出血が止まりつつあることを確認する。
「自分でしっかりとタオルを押さえておいてくれ。新しいタオルをもらってくる」
そう言い置いて、ちょうど電話を終えた秦の元へと行く。和彦に気づき、秦は表情を曇らせた。
「すみません、先生。こんな騒ぎに巻き込んで……。今、長嶺組の本宅に連絡を入れましたので、すぐに迎えの車が来ると思います」
「ぼくのことは気にしなくていい。それより――」
和彦はそっと、ホールの男たちを見る。襲撃してきた男たちは三人とも、両手足を縛り上げられたうえに、口にはタオルを押し込まれていた。それを、組員たちが仁王立ちで見下ろしている。
「長嶺組に任せましょう。わたしはとにかくここを、明後日には内装工事の業者を入れられる状態にしないと」
自分が襲われかけたというのに、危機感に欠けた口調で秦が話す。だからこそ、この男が見た目通りの優男ではないと、実感していた。ヤクザに囲まれて生活しながら、ヤクザではないという点で、和彦と秦は似ているが、比較にならないほど秦の抱える闇は深い。
「それで先生、鷹津さんは?」
「あっ、そうだ。タオルをもう二、三枚もらえないか? あの傷だと、縫わないといけない。病院に……と言いたいが、あの刃物傷なら、包丁で切ったとも言い訳できない。刑事だとなおさら、大事にできないだろうしな」
「ということは、先生のクリニックに?」
和彦は、タオルを捲って傷を確認している鷹津を見遣り、ため息をついて頷く。
「仕方ない。現場にいた以上、放っておけない」
「わたしからも、お願いしますよ。なんといっても、鷹津さんがいたおかげで、わたしのせいで先生が怪我をする事態を避けられたんですから」
秦の言葉に、和彦は首を傾げる。すると秦は、思いがけないことを教えてくれた。
「男の一人が、先生が座っていたソファに、ナイフを構えて突っ込んでいこうとしたんですが、寸前で鷹津さんが庇った。怪我は、そのとき揉み合ったせいです」
和彦が知っている鷹津なら、何より先にそのことを、恩着せがましく報告してくるだろう。だが、さっきまで話していた鷹津は、匂わせもしなかった。
ふてぶてしい男でも、気が高ぶって話す余裕がなかったのか、それとも何か意図があるのか――。
思考を働かせようとした和彦だが、早々に諦めた。いまだに激しい動揺の余韻が残っているため、頭が上手く回らない。
軽い眩暈に襲われ、近くのソファに腰掛けた和彦に、心配そうに秦が声をかけてくる。
「先生?」
「……なんでもない。ただ、少し気が抜けた。ぼくは君らと違って、修羅場には慣れてないんだ」
「先生は、違う意味の修羅場には慣れていそうですけどね」
この状況に不似合いな秦の軽口に、和彦は力なく笑っていた。
長嶺組の組員が運転する車でクリニックに向かった和彦は、鷹津をすぐに処置室へと連れ込む。
さすがに出血は止まっており、傷口をよく洗ってから鷹津をイスに座らせると、和彦は処置室の棚の鍵を開け、縫合に必要なものをトレーに載せていく。
「――お前の医者らしい顔は、前にも見たな」
ふいに鷹津が話しかけてくる。和彦は局所麻酔薬を手に振り返った。
「いつのことだ?」
「お前が、マンションの部屋でヤクザの治療をしているときだ。俺が踏み込もうとしたら、お前がハッタリをかましたことがあっただろ。バレバレのウソだったが、腹の据わったお前のウソに免じて、引いてやった」
「恩着せがましく言うな。令状もなしで踏み込む権限なんて、なかっただろ」
「俺が、ヤクザ相手に、律儀に手順を踏む男だと思うか?」
否定できなかった和彦だが、だからといっていまさら鷹津に感謝する義理もなく、上肢台を挟んで鷹津の正面に座る。
改めて傷口を検分するが、神経は傷ついておらず、今後の生活に支障が出る怪我ではないとわかり、ほっとする。
さっそく局所麻酔を打ってから、傷口を縫い始める。さすがに、自分の生々しい傷口を見る趣味はないらしく、鷹津はさりげなく視線を逸らした。
「麻酔が切れたら傷が疼くだろうから、あとで処方する痛み止めを飲んでくれ。今夜は絶対酒を飲むなよ。それと、傷が塞がる数日間は、不用意に手を動かすな」
和彦は傷口を縫いながら注意をする。聞いているのかいないのか、鷹津は返事をしなかった。和彦としても、まじめな患者の反応をこの男に求めるつもりはないので、気にしない。
「自分でしっかりとタオルを押さえておいてくれ。新しいタオルをもらってくる」
そう言い置いて、ちょうど電話を終えた秦の元へと行く。和彦に気づき、秦は表情を曇らせた。
「すみません、先生。こんな騒ぎに巻き込んで……。今、長嶺組の本宅に連絡を入れましたので、すぐに迎えの車が来ると思います」
「ぼくのことは気にしなくていい。それより――」
和彦はそっと、ホールの男たちを見る。襲撃してきた男たちは三人とも、両手足を縛り上げられたうえに、口にはタオルを押し込まれていた。それを、組員たちが仁王立ちで見下ろしている。
「長嶺組に任せましょう。わたしはとにかくここを、明後日には内装工事の業者を入れられる状態にしないと」
自分が襲われかけたというのに、危機感に欠けた口調で秦が話す。だからこそ、この男が見た目通りの優男ではないと、実感していた。ヤクザに囲まれて生活しながら、ヤクザではないという点で、和彦と秦は似ているが、比較にならないほど秦の抱える闇は深い。
「それで先生、鷹津さんは?」
「あっ、そうだ。タオルをもう二、三枚もらえないか? あの傷だと、縫わないといけない。病院に……と言いたいが、あの刃物傷なら、包丁で切ったとも言い訳できない。刑事だとなおさら、大事にできないだろうしな」
「ということは、先生のクリニックに?」
和彦は、タオルを捲って傷を確認している鷹津を見遣り、ため息をついて頷く。
「仕方ない。現場にいた以上、放っておけない」
「わたしからも、お願いしますよ。なんといっても、鷹津さんがいたおかげで、わたしのせいで先生が怪我をする事態を避けられたんですから」
秦の言葉に、和彦は首を傾げる。すると秦は、思いがけないことを教えてくれた。
「男の一人が、先生が座っていたソファに、ナイフを構えて突っ込んでいこうとしたんですが、寸前で鷹津さんが庇った。怪我は、そのとき揉み合ったせいです」
和彦が知っている鷹津なら、何より先にそのことを、恩着せがましく報告してくるだろう。だが、さっきまで話していた鷹津は、匂わせもしなかった。
ふてぶてしい男でも、気が高ぶって話す余裕がなかったのか、それとも何か意図があるのか――。
思考を働かせようとした和彦だが、早々に諦めた。いまだに激しい動揺の余韻が残っているため、頭が上手く回らない。
軽い眩暈に襲われ、近くのソファに腰掛けた和彦に、心配そうに秦が声をかけてくる。
「先生?」
「……なんでもない。ただ、少し気が抜けた。ぼくは君らと違って、修羅場には慣れてないんだ」
「先生は、違う意味の修羅場には慣れていそうですけどね」
この状況に不似合いな秦の軽口に、和彦は力なく笑っていた。
長嶺組の組員が運転する車でクリニックに向かった和彦は、鷹津をすぐに処置室へと連れ込む。
さすがに出血は止まっており、傷口をよく洗ってから鷹津をイスに座らせると、和彦は処置室の棚の鍵を開け、縫合に必要なものをトレーに載せていく。
「――お前の医者らしい顔は、前にも見たな」
ふいに鷹津が話しかけてくる。和彦は局所麻酔薬を手に振り返った。
「いつのことだ?」
「お前が、マンションの部屋でヤクザの治療をしているときだ。俺が踏み込もうとしたら、お前がハッタリをかましたことがあっただろ。バレバレのウソだったが、腹の据わったお前のウソに免じて、引いてやった」
「恩着せがましく言うな。令状もなしで踏み込む権限なんて、なかっただろ」
「俺が、ヤクザ相手に、律儀に手順を踏む男だと思うか?」
否定できなかった和彦だが、だからといっていまさら鷹津に感謝する義理もなく、上肢台を挟んで鷹津の正面に座る。
改めて傷口を検分するが、神経は傷ついておらず、今後の生活に支障が出る怪我ではないとわかり、ほっとする。
さっそく局所麻酔を打ってから、傷口を縫い始める。さすがに、自分の生々しい傷口を見る趣味はないらしく、鷹津はさりげなく視線を逸らした。
「麻酔が切れたら傷が疼くだろうから、あとで処方する痛み止めを飲んでくれ。今夜は絶対酒を飲むなよ。それと、傷が塞がる数日間は、不用意に手を動かすな」
和彦は傷口を縫いながら注意をする。聞いているのかいないのか、鷹津は返事をしなかった。和彦としても、まじめな患者の反応をこの男に求めるつもりはないので、気にしない。
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