血と束縛と

北川とも

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第25話

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 なぜこんなことを、と頭が混乱していた。それ以上に和彦を混乱させるのは、侵入者がなぜ、守光の取った方法を知っているのかということだった。眠っている和彦の元に忍び寄り、布で視界を覆うと、言葉を発することなく体をまさぐる。当然、和彦が抵抗できないことを知ったうえで。
 患者の容態の急変は偶発的なものだが、今、和彦の身に起こっていることは、あまりにできすぎている。まるで事前に打ち合わせをしていたかのように。
 熱い舌にベロリと胸の突起を舐め上げられ、小さく声を洩らした和彦は反射的に、侵入者の肩を押しのけようとする。大柄な体つきであることが容易に想像できる、逞しい肩だった。
 和彦のささやかな抵抗を嘲笑うように、露骨に濡れた音を立てて胸の突起を吸われ、しゃぶられる。あっという間に熱をもった突起は、荒々しい愛撫になすすべもなく敏感に尖り、和彦にとって馴染みすぎている感覚を生み出してしまう。
 両膝を掴まれて左右に大きく開かれ、腰を割り込まされる。侵入者がどういう意図で和彦に触れているか知らしめるように、硬いものを両足の間に押しつけられた。布越しとはいえ、はっきりと欲望の形を感じ取り、和彦は激しく動揺する。
「や、め――」
 上げかけた声は、再び唇を塞がれて抑え込まれる。唇と唇の間にある布のおかげで、相手の舌が口腔に侵入してくることはないが、唇をなぞる舌の動きは伝わってくる。あからさまに和彦を威嚇していた。
 再び欲望を掴まれて扱かれながら、もう片方の胸の突起を口腔に含まれる。感じやすい先端を指の腹で擦られて腰を跳ねさせると、胸の突起をきつく吸い上げられてから、舌先で転がされる。
 粗野で荒っぽい愛撫を執拗に与えられ、最初は頑なに体を強張らせていた和彦だが、侵入者の手が柔らかな膨らみにかかったところで、弱さを見せてしまう。
「ひっ……」
 潰されるかもしれない恐怖と、何度味わっても慣れない強烈な感覚への期待に、心が揺れていた。その瞬間を相手は見逃さなかった。
 上体を起こした侵入者に片足をしっかりと抱え上げられ、大きな手に柔らかな膨らみを包み込まれる。
「ううっ」
 思いがけず巧みに指が蠢く。柔らかな膨らみを揉みしだかれながら、弱みを指で刺激される。一気に下肢から力が抜け、侵入者の指にすべての感覚を支配されていた。
「あっ、あっ、うあっ、あぁ――」
 腰を揺らし、容赦ない愛撫から逃れようとするが、途端に指に力が込められる。自分の両足の間でどんな反応が起こっているか和彦は見ることができないが、感じることはできる。いつの間にか反り返ってしまった和彦の欲望の形を、侵入者が指でなぞってくるのだ。さらに先端をくすぐられ、濡れていることも知ってしまう。
 意識しないまま和彦の息遣いは乱れ、ときおり切羽詰った声を上げる。
 和彦がそこまで反応するのを待ってから、侵入者はさらに淫らな攻めを加え始めた。
 濡れた太い指に内奥の入り口を擦られてすぐに、やや強引にこじ開けられる。まさに、指で内奥を犯されていた。
「うっ……、あっ、はあっ……、うっ、うっ」
 繊細な襞と粘膜が、侵入者の指の腹に擦り上げられながら、湿らされていく。おそらく、唾液を擦り込まれているのだ。和彦は空しく腰を揺すって抵抗を示すが、深く指を突き込まれて蠢かされると、気持ちに反してきつく締め付けてしまう。
 内奥で円を描くように、大胆に指が動く。頑なだった肉は緩み、擦り込まれる唾液によって潤む。おそらく、いやらしく真っ赤に熟れてもいるだろう。そして侵入者は、そういった反応をすべて観察しているはずだ。
「んっ……くぅっ」
 肉を掻き分けるようにして、指が内奥に付け根まで収まる。その状態で欲望を擦り上げられると、和彦は呆気なく絶頂を迎え、自らが放った精で下腹部を濡らす。
 激しく息を喘がせている間も、侵入者は容赦なく内奥を指で攻め、微かに湿った音がするほど蕩けさせてしまう。しかしふいに、指が引き抜かれた。
 和彦の耳は、自分の乱れた呼吸音だけではなく、ファスナーを下ろす音も捉えていた。ビクリと体を震わせて起き上がろうとしたが、布越しに、侵入者の顔が近づいてきたのが見えると、それだけで動けなくなる。この状況で相手の顔を見た途端、暴力を振るわれて犯されると、確信めいたものがあった。
 奇妙なことだが、顔が見えないからこそ和彦と侵入者の間には、歯止めのようなものが生まれているのだ。
 布越しに何度目かの口づけを与えられる。片足を抱え上げられて、蕩けてひくつく内奥の入り口に、圧倒的重量を感じさせる熱い塊を押し付けられ、擦りつけられる。和彦は小刻みに体を震わせて、小さく呟いた。
「――……嫌、だ……」
 和彦の唇に、荒い息遣いが触れる。もしかすると、侵入者は笑ったのかもしれない。
 侵入者は、和彦を犯しはしなかった。その代わりに屈辱と羞恥を与えることにしたのか、和彦の片手を取り、逞しい欲望を握らせた。
 知らない男の欲望だった。手を取られ、扱くことを強要されながら、和彦は喘ぐ。被虐的な気持ちに陥りながら、倒錯した性的興奮を覚えていたのかもしれないし、熱を帯びる布越しの口づけに感じていたのかもしれない。
 てのひらで感じる侵入者の欲望は、ふてぶてしく育ち、力強く脈打っている。
 こんなものが自分の中に打ち込まれたら――。そう想像したとき、体の内を駆け抜けたのは、恐怖なのかおぞましさのか、和彦自身にも判断しかねた。あるいは、別の〈何か〉なのかも。
 和彦が小さく身震いをすると、侵入者は手を止める。そして再び、和彦の内奥の入り口に欲望の先端を擦りつけてきた。
「んんっ」
 ゾクゾクするように肉欲の疼きが背筋を駆け抜け、和彦は上擦った声を上げる。指で内から蕩けさせられた内奥は、入り口に擦りつけられる熱い肉を柔らかく受け止め、擦り上げられるたびに媚びるように吸い付く。それは相手も感じているはずだ。
「うっ……、んうっ……」
 わずかに内奥の入り口をこじ開けられそうになり、和彦は必死に侵入者の肩を押しのけようとする。相手が本気になれば、和彦の抵抗を無視することなど簡単だろう。そうしないのは、侵入者は和彦の抵抗そのものを楽しんでいるからだ。それだけではなく、興奮している。
 侵入者は、高ぶった己の欲望を扱いていた。
「あっ」
 尻に、ぐっと欲望を押し当てられる。次に和彦が感じたのは、熱い液体が伝う感触だった。
 一瞬、自分の身に何が起こったのか理解できなかったが、侵入者が洩らす獣のような息遣いを聞き、燃えそうに体が熱くなる。
 犯されたわけではないが、汚された気がした。
 行為の成果を確かめるためか、侵入者の分厚く大きな手が体中に這わされる。さらに、布越しの口づけも与えられた。その間和彦は、呼吸を繰り返すだけで、なんの反応もしなかった。今できる精一杯の報復は、それだけだったのだ。
 侵入者が体を離す気配がして、マットが大きく揺れる。かつて守光に対してそうであったように、和彦は相手が部屋を出て行くまで、顔にかかった布を取らなかった。
 荒々しい気を振り撒く災厄が、少しでも早く去っていくのを願いながら。

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