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第25話
(6)
しおりを挟む〈総本部〉という仰々しい響きに、まず和彦は圧倒されていた。そのうえ連れてこられたのが、オフィス街に建っている立派なビルだ。
後部座席のシートの上で身じろいだ和彦は、ウィンドーに顔を寄せる。きれいなオフィスビルには、目立つ大型看板や袖看板は一切出ておらず、ただビルの出入り口のところに、『土門興業』というプレートがあるだけだ。
本当にここが、と思わず和彦は振り返る。隣に座っているスーツ姿の千尋が、緊張感のない笑みを向けてきた。
「立派だろ。総本部ビル」
「……やっぱりここが、総和会の総本部なのか」
「何、信じてなかったの、先生」
こう話している間にも、車はビルの裏手へと回る。
「いや、でも、総和会という名前が出ていない……」
「総和会の看板を出しているオフィスは、別の場所にあるんだ。そこはこじんまりとしたビルで、その横に、でっかい倉庫があってさ。総和会名義で購入したものは、ビール一缶だろうが、車だろうが、そこを経由する。物を動かすためにあるオフィスだ。もちろん、警察の手入れがあっても平気なよう、あくまでヤバくないものに限って。だからかなー。総和会の名前を堂々と表に出してるけど、かえってそっちのほうが、いかにも会社経営やってます、って雰囲気がある」
ビルの地下駐車場の入り口には、重々しいゲートが設けられていた。そのゲートを守っているのは制服を着た守衛ではあるが、何も知らない警備会社の人間とは思えない。なんといってもこのビルは、暴力団組織の総本部なのだ。
「ここは、総和会そのものだ。十一の組で成り立っている総和会を動かすには、いくつもの役目が必要で、それぞれの組から派遣された人間が、さらに委員に選ばれて、委員会を運営する。学校みたいだろ? 影響力を及ぼせる委員会の数が多い組ほど、総和会じゃ圧倒的な発言力を得られる。一方の委員会じゃ組同士が手を結んだり、別の委員会では反目し合っていたりと、まあ、いろいろあるよ」
中嶋から、総和会について簡単な説明を受けたことはあるが、どういう形式で運営がなされているのか、いままで誰も和彦に教えてはくれなかった。また和彦も、自ら尋ねようとはしなかった。知らないことで、総和会との深入りを避けていたためだ。
だがもう、それではダメなのだ。知らないことは自衛の手段にはならない。知ることで、自衛の手段を講じなければならない。
花見会に出席したことで和彦の意識は変化しつつあったが、あくまでそれは自分のペースで行うつもりだった。しかし周囲の環境は、早く早くと急かすように、さまざまな知識を和彦に流し込んでくる。例えば今、嬉々とした様子で話している千尋だ。
クリニックを閉めたあと、護衛の車で千尋と合流したまではよかったのだが、突然、連れて行きたい場所があると言い出したのだ。聞けば、先日手術を行った患者の件で、総和会から和彦に礼を言いたいのだという。これまでも総和会の仕事を手がけてきたが、こんな申し出はもちろん初めてだ。
せめて事前に言ってくれれば、心の準備ができるというものだが、この世界の男たちは、和彦が呼び出し一つに緊張しているとは思ってはいないようだ。
車が通用口の前で停まり、千尋に促されて降りる。ビル内に入りながら和彦は、ふと気になったことを尋ねてみた。
「ところで、このビルに出ていた名前……土門興業っていうのは?」
「ちょっとしたシャレだよ。十一という漢数字を組み合わせたら、土って漢字になるだろ? 門という字は、文字通り。十一の組で成り立っている組織の出入り口、ってこと」
自分のてのひらに指先で字を書いてみて、思わず出そうになった言葉を和彦は呑み込む。総和会の人間たちがいる前で危うく、そんなことか、と言ってしまいそうになった。
「警察や、ちょっと事情に通じている人間なら、ここには総和会の組織が丸ごと入ってると知っているけどね。建前だよ。日陰者らしく、総和会の名を出さずに活動しているという。もっとも、総和会の中で、土門興業って名前を口にすることはほとんどないけどね。ここはあくまで総本部で、それ以外の名前なんて、あってないようなものだ」
エレベーターに乗り込み、ロビーがあるという二階に上がる。守光の居宅でもある〈本部〉と呼ばれる建物もそうだが、一階にはなるべく人も物も置かないのは、この世界ならではの知恵なのだろう。
総本部のロビーは、一般企業と比べても遜色ないものだった。受付カウンターや待合スペースもあり、何よりきれいだ。ただ、ロビーを行き交う人の姿はまばらで、しかも全員、男だ。
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