血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
547 / 1,268
第25話

(3)

しおりを挟む
「繊細だな、先生。さぞかし、長嶺組長に大事にされているんだろう。花見会のときの様子を見れば、簡単に想像はつくがな」
「あなたの隊が面倒を見ることになった人の腹に、たった今手を突っ込んできたのは、ぼくです。そういう言い方はやめてください」
 苛立ちを押し殺して冷ややかな声で応じるが、和彦のその反応は、南郷の神経をわずかでも傷つけることはできなかったようだ。返ってきたのは、低い笑い声だった。
「そうだった。どうも、育ちのよさそうなあんたの外見に惑わされる。あんたは、下手なヤクザが裸足で逃げ出す、性質の悪い〈オンナ〉だったな」
「――ぼくに皮肉を言うために、こんな時間に出向いてきたんですか」
「まさか。むしろ、あんたには礼を言いたい。前にも話したと思うが、第二遊撃隊っていうのは仕事上、どうしたって荒事が多くなる。荒事が多いと、怪我人も出る。そして、その怪我人が世話になるのが、先生だ」
 果たして南郷から礼を言われたことがあっただろうかと、つい和彦は考えてしまう。南郷とはすでに何回も顔を合わせているが、この男から常に感じるのは、凶暴性と不気味さだ。そのうえ、上辺だけの礼儀正しさすらも、なぜか和彦相手には発揮せず、ひたすら無礼だ。
「総和会が抱えている医者は、ぼくだけじゃありませんから……」
「オヤジさんが特別気に入っている医者は、あんた一人だ」
 南郷が言外に、和彦と守光の関係を匂わせる。疲れているせいもあって、和彦はいつもより感情の抑制が利かなかった。
 敵意を込めて南郷を睨みつける。もしかすると嫌悪や恐怖という感情も混じっていたかもしれない。
 少し前に守光から、南郷に慣れるよう言われた。総和会や守光という存在に慣れろというならまだわかるが、あえて南郷の名を挙げたのは不思議だ。守光の身近にいて、信頼されている男だからというのは、理由としては理解できる。しかし、なぜ南郷なのか――。
 実の息子とさほど年齢の変わらない男を、隠し子ではないかと噂されながらも側に置き、可愛がっているのには、やはり相応の理由が必要だ。〈信頼〉という抽象的な言葉ではなく。
 睨み続ける和彦の目を覗き込み、歯を剥くようにして南郷は笑った。
「あんたは、蔑むように人を見る目がよく似合うな。言われたことはないか?」
「……ないです」
「だとしたら、あんたがそんな目をするのは、俺だけだということか」
 車のライトに強く照らし出された南郷の目は、凍えるほど冷たかった。この瞬間、和彦の舌が強張り、否定の言葉が出てこない。これでは肯定したも同然だと思い、反射的に和彦は顔を背けようとしたが、すかさず後頭部に手がかかり、後ろ髪を掴まれた。
「痛っ……」
 和彦が声を洩らすと、ぐっと身を乗り出した南郷の顔が目の前に迫る。本能的な怯えから息を詰め、体を強張らせていた。それをいいことに、南郷が首筋に顔を寄せた。獣の息遣いが肌にかかり、一気に総毛立つ。
「相変わらずいい匂いだな。血の匂いがする」
 和彦は本気で、このまま南郷に首筋に食らいつかれて殺されると思った。肌に突き刺さりそうな鋭い気配を感じ、抵抗しようという気力はあっという間に潰える。
 南郷は明らかに、和彦の無抵抗ぶりを楽しんでいた。
「なんだ、逃げないのか、先生? 見た目によらず気が強いあんたなら、俺をひっぱたくぐらい平気ですると思ったんだが」
「……ヤクザを殴るのは、一回で懲りました……」
 その一回の相手が誰であるか、南郷はすぐに察しがついたようだ。
「肝が据わってるな。あの長嶺組長を殴ったのか」
「南郷さんには……関係ありません」
「関係ない、か」
 ぽつりと言われ、和彦は生きた心地がしなかった。次の瞬間には、激高した南郷にこちらが殴られるのではないかと思ったからだ。和彦の怯えを間近で感じ取ったらしい。南郷が耳元で笑い声を洩らした。
「オヤジさんの大事なオンナに、手を上げるわけないだろ。暴れるしか能のない俺でも、それぐらいの分別はある」
「だったら……、手を離してください」
「俺みたいな男に触られるのも汚らわしいか?」
「――ぼくみたいな男に触ると、汚れますよ」
 このとき南郷がどんな表情をしたか、和彦はちらりとでも視線を向けて見ることはできなかった。南郷の挑発的な物言いに煽られて、自分でも驚くような発言をしてしまったと自覚があったからだ。
 掴まれたままの後ろ髪を解放され、代わって髪の付け根をまさぐられる。そして、耳に唇を押し当てられた。身震いしたくなるような不快さが全身を駆け抜け、和彦は硬直する。思いがけない南郷の行動だった。
「この場で食っちまおうか。長嶺組長が大事にしているオンナを」

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...