血と束縛と

北川とも

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第24話

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 夜桜見物と称して、深夜まで秦と中嶋と〈夜遊び〉をしていた和彦は、帰宅後、目覚まし時計もセットせずにベッドに潜り込んだ。クリニックが休みの土曜日ということもあり、時間を気にせず眠るつもりだったのだ。
 だが和彦のささやかな計画は、携帯電話の無粋な着信音によって、あっさりと破綻した。
 もそりと布団の中で身じろぎ、不機嫌な呻き声を洩らしながらも、わずかに頭を上げて周囲を見回す。カーテンの隙間から陽射しが差し込んでいるせいで、室内はぼんやりと明るい。
 おそらくまだ昼にはなっていないだろうと見当をつけつつ、半ば寝ぼけた状態で携帯電話を探すが、いつもならあるはずの枕元やサイドテーブルにはなく、ここでようやく、着信音がベッドの下から聞こえてくることに気づく。
 ベッドから身を乗り出して床を見ると、脱ぎ捨てたコットンパンツやTシャツが落ちていた。夜は酔っていたため、脱ぎ捨てたままにしたのだ。和彦は片手を伸ばすと、コットンパンツのポケットからやっと携帯電話を取り出す。
 相手を確認しないまま電話に出た途端、寝起きの和彦よりも不機嫌そうな声が耳に届いた。
『――おい、いつ餌を食わせてくれるんだ』
 顔をしかめた和彦は、再び布団に包まりながら応じる。
「寝ているところだったんだが……。今、確認しないといけないことなのか?」
『当たり前だ。お前がいつまでも俺を無視しているから、こうして電話をかけたんだ。総和会の花見が終わって、もうすぐ二週間になるぞ』
 もうそんなになるのかと、妙な感慨深さを覚える。花見会の最中ですら現実味が伴っていなかったうえに、その後、里見の存在を賢吾に知られるという出来事まであり、気持ちが落ち着かなかった。それに、特別な〈オトコ〉と花見もしていた。
 桜の花も散ってしまうはずだと、わずかな寂しさが和彦の胸を駆け抜けた。
「忙しかったんだ」
『俺には関係ない』
「……嫌な男だな」
『いい〈オンナ〉に言われると、光栄だ』
 本当に嫌な男だと口中で毒づいた和彦だが、もしかすると鷹津にも聞こえたかもしれない。が、いまさら和彦が何を言ったところで、気にもとめないだろう。
『いまだに寝ているということは、今日は暇そうだな』
「暇……。今のところ、予定は入ってない」
『決まりだ。昼から俺につき合え。――早く抱かせろ』
 明け透けな言葉を熱っぽく囁かれ、胸の奥が妖しくざわつく。鷹津との、濃厚でいやらしい、否応なく官能を引きずり出される口づけを思い出すのは簡単だ。そんな口づけを与えてきながら、鷹津は容赦なく熱い欲望を、和彦の内奥深くに打ち込んでくるのだ。
 こんな気分になるのは、秦と中嶋のせいだ。戯れのように体に触れられた余韻がまだしっかりと体に残り、欲情の種火がくすぶっている。
「……今日はゆっくりしたい」
『ほお、俺に危ない橋を渡らせて、いままで放っておいた挙げ句、さらに自分の都合を通そうっていうのか』
 返事をするのが癪で和彦が黙り込むと、電話の向こうで鷹津が短く笑い声を洩らした。
『なんなら、俺が今からそこに行って、手っ取り早くことを済ませてもいいんだぜ?』
「ぼくが悲鳴の一つでも上げたら、組員が押しかけてくるぞ」
『その前に、俺がいい声を上げさせてやる』
 まだ酔いが残っているのか、寝起きで本調子ではないせいか、いつものように強気で言い返せない。鷹津に押し切られそうになっているのを感じ、和彦は身じろぎ、頭の先まで布団に潜り込む。
 鷹津のほうも、和彦の様子がいつもとは違うと感じ取ったのか、急に声を潜めた。
『――隣に誰かいるのか?』
「寝ているところだったと、さっき言っただろ。……一人で寝てるんだ」
『珍しいな』
「あんたはぼくを、なんだと思ってるんだ……」
『どんな怖い男でも咥え込む、性質が悪くて怖いオンナ』
 ニヤニヤと笑う鷹津の顔が容易に想像でき、和彦は唇を引き結ぶ。いつの間にか鷹津と話し込んでいる状況に気づき、露骨に素っ気ない声で告げた。
「用がそれだけなら切るぞ。まだ眠いんだ」
『働いた番犬を粗末に扱うと、何をしでかすかわからんぞ。特に、刑事なんて肩書きを持っている番犬は、な』
「……脅しているのか?」
 和彦が声に警戒心を滲ませると、鷹津は低く笑い声を洩らす。咄嗟に頭に浮かんだのは、里見のことだった。里見の存在は、すでに賢吾に知られてしまったため、鷹津が何を言おうが動じる必要はない――と安堵するのは早い。和彦の現状を、鷹津が里見に報告することは可能なのだ。
 和彦の危惧を知ってか知らずか、思いがけないことを鷹津は言い出した。

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