血と束縛と

北川とも

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第24話

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「先生は、あの桜みたいなものですよ。場違いなところに咲いて、寂しげに見えるどころか、堂々としている。そういう姿に、俺たちは親しみを覚えるし、憧れもする。触れてみたい、枯れないように世話をしたい。手折りたい衝動にも駆られる。風が吹いたら花びらは散るでしょうが、根っこはしっかりとして、見た目の可憐さとは違って逞しい。まさに、先生でしょう」
「それは……褒めすぎだ」
「先生は、自分の存在を過小評価しすぎですよ」
 中嶋がちらりと秦を見る。さりげないその仕種に〈女〉を感じ取り、ドキリとする。漂う空気が緩やかに変化し、妖しさを帯びていく。
「……この世界の人間は、ぼくを過大評価しすぎだ」
「先生がどう思おうが、俺は、先生が好きですよ。長嶺組の人たちも、きっと同じだ。だから先生を側に置きたがる。どんな手を使ってでも。――本当に刺青を彫られてないんですか?」
「彫られてないっ」
 否定した途端、秦の手がTシャツの下に入り込んできた。
「だったら、確認してみましょう」
 タイミングを計っていたように中嶋の片手が首の後ろにかかり、あっという間に唇が重なってくる。喉の奥から驚きの声を洩らした和彦は、反射的に立ち上がろうとしたが、膝を二人がかりで押さえ込まれて動けない。
 素肌を秦のてのひらにまさぐられながら、口腔には中嶋の舌の侵入を許してしまう。最初は二人を押しのけようとしていた和彦だが、自分でも抵抗は弱々しいものだと感じていた。
 里見の存在を賢吾に明らかにしたうえで、操を立てるために、危うく刺青を入れられそうになったショックを、いまだに和彦は引きずっている。賢吾はそれを見抜いたうえで、秦に頼んだのだ。
「んっ……」
 Tシャツをたくし上げられ、いよいよ秦の両手が胸元に這わされる。優しく撫でられているうちに敏感な部分が反応し、待ちかねていたように秦の指先に探り当てられていた。口腔では中嶋の舌が蠢き、情熱的に舐め回される。唆されるように和彦も応え、舌先を触れ合わせていた。
 合間にTシャツを脱がされ、それをきっかけに口づけの相手が秦へと替わる。すると中嶋が胸元に顔を埋め、秦の指によって尖らされた突起を唇に挟み、軽く引っ張った。たまらず和彦は体を震わせ、小さく声を洩らす。悠然と秦の舌が口腔に入り込んでくる。
 油断ならない秦の手は、今度は下肢へと伸び、ベルトを緩めてしまう。さすがに止めようとしたが、中嶋に手を取られ、ある部分へと導かれる。それは、中嶋の両足の中心だった。スラックスの上から触れた中嶋のものは、すでに反応している。カッと体が熱くなり、和彦のほうがうろたえてしまうが、かまわず秦の手は動き、コットンパンツの前を寛げられる。
「お、い、ぼくはいい――」
「ダメですよ。長嶺組長に頼まれていますから。息抜きをさせてほしいと」
 秦の手が下着の中に入り込み、欲望に触れられる。一気に高揚感が増し、思考が働かなくなっていた。
 秦と中嶋に交互に口づけを与えられ、愛撫を受けながら、和彦は求められるまま中嶋の体に触れる。煽られ、誘われているうちに、気がつけばソファの上で中嶋と絡み合っていた。和彦は身につけていたものすべてを奪われているが、中嶋はスラックスと下着を下ろしてはいるが、ワイシャツのボタン一つ外していない。秦にいたっては、まったく格好が乱れていなかった。
 両足を抱えられ、腰を割り込ませてきた中嶋が胸元に舌先を這わせてくる。呻き声を洩らした和彦が仰け反ると、頭上から顔を覗き込んできた秦に唇を塞がれる。
「うっ……、んふっ」
 街中にある大通りに面したビルの一室で、よりによって窓際で男三人で睦み合う光景は、想像するだけで気が遠くなりそうなほどの羞恥に襲われるし――興奮する。向かいのビルの電気は消えているが、もしかすると人がいるかもしれないし、この情景に気づかれる可能性もある。
 止めないと、と最初は思っていた和彦だが、二人から与えられる愛撫に体が馴染み始めると、思考は甘く蕩けてしまう。気づかれたところで、大通りを挟んでいるため、顔まで見えるはずがないのだ。
 顔を上げた秦が低い声で中嶋を呼ぶ。中嶋も顔を上げると、和彦が見ている前で差し出した舌を絡め合う。口づけに夢中になっているように見える二人だが、それぞれの手が和彦の胸元を這い回り、左右の突起を指先で弄る。
 再び秦に唇を塞がれ、口腔を舌で犯される。中嶋には、興奮に凝った胸の突起を舌先で転がされながら、熱くなって反り返った互いの欲望を擦りつけ合うように刺激される。
 快感に溺れそうになり、咄嗟に片手を伸ばした和彦は、ソファの背もたれを掴んでいた。
「……色っぽいですね、先生。その手つき」
 口づけの合間に秦がそんなことを囁いて、背もたれを掴む和彦の手を握り締めてくる。
「今いる世界の中で、理性的で、道徳的であろうと必死に足掻いてはみるものの、結局そんな姿すら、先生の周りにいる人たちにとってはたまらなく魅力的なんでしょうね。だから、いくらでも快感を与えて、悶えて足掻く先生の姿を見たがる――」
「そんなことを考えるのは、秦静馬という男ぐらいじゃないのか」
「まるで、わたしの性癖が特殊であると言いたそうですね」
 悪びれることなく艶然と微笑む秦の顔を、和彦は息を喘がせながら見上げる。今のこの状況は、十分性癖が特殊であることを物語っていると思うが、それを指摘すると、和彦自身も含めなくてはならなくなる。もちろん、中嶋も。
「楽しそうな会話ですね」
 そう言って会話に割り込んできた中嶋に、唇を吸われる。擦れ合う欲望同士は熱く膨らみ、些細な刺激で破裂しそうだ。
「先生、一緒に……」
 中嶋に言われ、余裕なく和彦は頷く。快感によって頭の芯がドロドロに溶けていくにしたがい、胸の奥に巣食っていた靄が晴れていくようだった。これまで自覚していなかったが、千尋が言っていた『感情が麻痺している』状態から、立ち直っているのかもしれない。
 毒々しいほどに甘く、油断ならない男たちに、弱った姿を見せたくないと思う程度には。
 賢吾は、和彦という人間をよく理解している。気楽な会話と心地よい愛撫を与えるほうが、今の和彦には効果的だとわかっているのだ。
 残念ながら和彦には、操を立てて見せろと迫っておきながら、〈男〉を与えてくる賢吾の心理はいまだによく理解できないが――。
 ただ、どんな形であれ、大蛇の化身のような男に大事にされていることだけは、実感している。
 絶頂に達した和彦が短く声を洩らして仰け反ると、一拍遅れて中嶋が深い吐息を洩らす。秦は、喘ぐ和彦と中嶋を労わるように、交互に髪を撫でてきた。

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