血と束縛と

北川とも

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第24話

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 和彦が事情を説明している間、千尋は威圧的な態度は一切取らなかった。畳の上にあぐらをかいて座り込み、真剣な顔で黙って話を聞き続けていた。一方の和彦は、正座だ。
 普段、喜怒哀楽をはっきりと表に出すタイプの千尋だが、いざとなればいくらでも感情の抑制が利くのだ。里見の存在を知り、胸の内でどんなことを思ったのかすら、和彦は読めなかったぐらいだ。
「――……刺青を入れられそうになった」
 この話題を切り出すとようやく、千尋は顔をしかめる。
「オヤジが先生に刺青を入れさせてたら、俺は絶対、オヤジに殴りかかってたな」
 その賢吾は、和彦が朝目を覚ましたときには、すでに出かけていた。
「操を立てろと言われたんだ。刺青を入れることで組長が納得するなら、ぼくは受け入れるつもりだった。でも結局……」
「勢いだけでタトゥー入れた俺が言えた義理じゃないけどさ、理由を他人に求めると、絶対後悔する。俺は、オヤジが嫌がる顔を見たかったんだ。先生は、オヤジに対する操立てで。病気になるかもしれないリスクを背負って体に墨を入れるなら、自分自身がそうしたいと思えるまで気持ちを突き詰めないと、理由を求めた相手を――恨むことになる」
「……そうだな」
「もっとも、先生はもうとっくに、オヤジを恨んでるかもしれないけどさ」
 千尋がちらりと笑みをこぼし、つられて和彦も笑ってしまう。賢吾のせいで裏の世界に引きずり込まれたことを思えば、心底恨んでも仕方がないのだろう。だが、その賢吾の強引さと、残酷なまでの優しさに翻弄されているうちに、恨みの感情を抱く暇すら与えられなかった気がする。
 突然千尋が、芝居がかった動作でポンッと手を打つ。
「そうなると、俺も先生に恨まれるかもしれないのか」
「恨まれたいのか?」
「先生の特別な男になれるなら、それもいいかも」
 苦い表情で返した和彦は、ここでやっと、肝心の質問を千尋にぶつけることができた。
「――……千尋、怒っているか?」
「俺の分まで、オヤジが暴れたようなもんだから、それはないかな。でも、不思議な感じだ」
 和彦が首を傾げると、膝が触れるほど近くまで千尋がにじり寄り、手を握ってくる。
「世の中に、何も知らなかった先生とつき合っていた男がいるんだなと思うと。高校生のときの先生はどんな感じだったのか、すげー気になる。あっ、先生の書斎にあった写真撮ったの、その男だろ?」
「……そうだ」
「やっぱりな。特別って感じだよな。嫉妬もあるけど、でもそれより、好奇心が勝っているというか」
「そういうものなのか……」
「俺、嫉妬や独占欲とのつき合い方は上手いんだよ。年上の恋人を最初にオヤジに横取りされたときから、数年先を見据えるようにした。今は独占できない恋人を、将来は俺だけのものにすると決めてあるから、恋人が過去、どんな男とつき合っていようが、俺との将来には関係ない。過去は過去。そのときには戻れない。――戻すつもりもないし」
 子供っぽいかと思えば、食えないヤクザらしい面も持ち合わせ、直情的な一方で、打算的な言動も取れる青年は、和彦の想像を超えてしたたかだ。
「……ときどきお前の、一途というか、純粋なところが怖くなるときがある。お前が向けてくれる気持ちを、ぼくは受け止めきれるんだろうかと考えるんだ」
「できるよ、先生なら。今だって、何人もの男の気持ちを受け止めているぐらいなんだから。むしろ、受け止めてもらわなきゃ困る」
 きっぱりと断言され、和彦は口中で呟く。長嶺の男は怖い、と。
 千尋はニヤリと食えない笑みを見せると、次の瞬間には真剣な顔となった。
「――その長嶺の男として、先生にケジメをつけてもらいたい。オヤジに操を立てて、俺には何もなしってのは、不平等だよね」
 和彦は反射的に姿勢を正すと、千尋の手を握り返した。
「わがままを言える立場じゃないのはわかっているが……、痛いのは嫌だ」
「この状況で、組長の息子にそういうことを言えるのが、先生だよなー」
 そんなことを言った千尋が、思いがけない行動を取る。いきなり畳に転がったかと思うと、和彦の腿に頭をのせてきたのだ。
「おい――」
 困惑する和彦にかまわず、千尋は眠そうに目を細める。
「俺、先生が心配で一睡もしてないって言っただろ。だから、膝枕で少し仮眠とらせて」
「寝たいなら、布団を敷けっ。こんな格好じゃ寛げないだろ」
「嫌なら、俺の頭を押しのけていいけど」
 できないだろ、と言いたげに見上げてくる千尋の頬を軽く叩きはしたものの、もちろん和彦は押しのけたりはしない。
「……甘ったれ」
「いいじゃん。俺がこんなふうに甘えるの、先生だけなんだから」
 この光景は賢吾には見せられないなと思いながら、和彦は千尋の茶色の髪をそっと撫でる。心地よさそうにゆっくりと目を閉じた千尋が、甘ったれらしい質問をぶつけてきた。

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