532 / 1,268
第24話
(14)
しおりを挟む和彦が事情を説明している間、千尋は威圧的な態度は一切取らなかった。畳の上にあぐらをかいて座り込み、真剣な顔で黙って話を聞き続けていた。一方の和彦は、正座だ。
普段、喜怒哀楽をはっきりと表に出すタイプの千尋だが、いざとなればいくらでも感情の抑制が利くのだ。里見の存在を知り、胸の内でどんなことを思ったのかすら、和彦は読めなかったぐらいだ。
「――……刺青を入れられそうになった」
この話題を切り出すとようやく、千尋は顔をしかめる。
「オヤジが先生に刺青を入れさせてたら、俺は絶対、オヤジに殴りかかってたな」
その賢吾は、和彦が朝目を覚ましたときには、すでに出かけていた。
「操を立てろと言われたんだ。刺青を入れることで組長が納得するなら、ぼくは受け入れるつもりだった。でも結局……」
「勢いだけでタトゥー入れた俺が言えた義理じゃないけどさ、理由を他人に求めると、絶対後悔する。俺は、オヤジが嫌がる顔を見たかったんだ。先生は、オヤジに対する操立てで。病気になるかもしれないリスクを背負って体に墨を入れるなら、自分自身がそうしたいと思えるまで気持ちを突き詰めないと、理由を求めた相手を――恨むことになる」
「……そうだな」
「もっとも、先生はもうとっくに、オヤジを恨んでるかもしれないけどさ」
千尋がちらりと笑みをこぼし、つられて和彦も笑ってしまう。賢吾のせいで裏の世界に引きずり込まれたことを思えば、心底恨んでも仕方がないのだろう。だが、その賢吾の強引さと、残酷なまでの優しさに翻弄されているうちに、恨みの感情を抱く暇すら与えられなかった気がする。
突然千尋が、芝居がかった動作でポンッと手を打つ。
「そうなると、俺も先生に恨まれるかもしれないのか」
「恨まれたいのか?」
「先生の特別な男になれるなら、それもいいかも」
苦い表情で返した和彦は、ここでやっと、肝心の質問を千尋にぶつけることができた。
「――……千尋、怒っているか?」
「俺の分まで、オヤジが暴れたようなもんだから、それはないかな。でも、不思議な感じだ」
和彦が首を傾げると、膝が触れるほど近くまで千尋がにじり寄り、手を握ってくる。
「世の中に、何も知らなかった先生とつき合っていた男がいるんだなと思うと。高校生のときの先生はどんな感じだったのか、すげー気になる。あっ、先生の書斎にあった写真撮ったの、その男だろ?」
「……そうだ」
「やっぱりな。特別って感じだよな。嫉妬もあるけど、でもそれより、好奇心が勝っているというか」
「そういうものなのか……」
「俺、嫉妬や独占欲とのつき合い方は上手いんだよ。年上の恋人を最初にオヤジに横取りされたときから、数年先を見据えるようにした。今は独占できない恋人を、将来は俺だけのものにすると決めてあるから、恋人が過去、どんな男とつき合っていようが、俺との将来には関係ない。過去は過去。そのときには戻れない。――戻すつもりもないし」
子供っぽいかと思えば、食えないヤクザらしい面も持ち合わせ、直情的な一方で、打算的な言動も取れる青年は、和彦の想像を超えてしたたかだ。
「……ときどきお前の、一途というか、純粋なところが怖くなるときがある。お前が向けてくれる気持ちを、ぼくは受け止めきれるんだろうかと考えるんだ」
「できるよ、先生なら。今だって、何人もの男の気持ちを受け止めているぐらいなんだから。むしろ、受け止めてもらわなきゃ困る」
きっぱりと断言され、和彦は口中で呟く。長嶺の男は怖い、と。
千尋はニヤリと食えない笑みを見せると、次の瞬間には真剣な顔となった。
「――その長嶺の男として、先生にケジメをつけてもらいたい。オヤジに操を立てて、俺には何もなしってのは、不平等だよね」
和彦は反射的に姿勢を正すと、千尋の手を握り返した。
「わがままを言える立場じゃないのはわかっているが……、痛いのは嫌だ」
「この状況で、組長の息子にそういうことを言えるのが、先生だよなー」
そんなことを言った千尋が、思いがけない行動を取る。いきなり畳に転がったかと思うと、和彦の腿に頭をのせてきたのだ。
「おい――」
困惑する和彦にかまわず、千尋は眠そうに目を細める。
「俺、先生が心配で一睡もしてないって言っただろ。だから、膝枕で少し仮眠とらせて」
「寝たいなら、布団を敷けっ。こんな格好じゃ寛げないだろ」
「嫌なら、俺の頭を押しのけていいけど」
できないだろ、と言いたげに見上げてくる千尋の頬を軽く叩きはしたものの、もちろん和彦は押しのけたりはしない。
「……甘ったれ」
「いいじゃん。俺がこんなふうに甘えるの、先生だけなんだから」
この光景は賢吾には見せられないなと思いながら、和彦は千尋の茶色の髪をそっと撫でる。心地よさそうにゆっくりと目を閉じた千尋が、甘ったれらしい質問をぶつけてきた。
47
お気に入りに追加
1,391
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…



塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる