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第24話
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「……ケジメをつけるなら、ぼくだけにしてくれ。指を、落としてもいい。あんたの、気が済むように……」
和彦の真意を探るように、手荒く後ろ髪を掴んだ賢吾が間近から目を覗き込んでくる。向けられる静かな殺気に気圧されそうになりながらも、必死に和彦は見つめ返す。数分ほど見つめ合い――というより、睨み合ってから、後ろ髪から手が離れる。次に賢吾が掴んできたのは、和彦の指だった。
「医者の指を落とすわけがないだろ。これは大事な商品だ。これから先も、物騒な男たちの面倒を見るんだ。何より、俺の背中のものを可愛がってもらわねーと」
魅力的なバリトンを際立たせる囁きに、和彦は目を見開く。そんな和彦の頬を、賢吾は手荒く撫でてきた。馴染み深いその感触に、一瞬だけ気が緩みかける。すかさず、冷ややかな声で賢吾が告げた。
「俺は、〈オンナ〉には覚悟は求めない。求めるなら、操立てだ。いまさら、他の男と寝るなと言うわけじゃない。気持ちの問題だ。堅気の男に心を許さない、というな」
「何を、すればいいんだ……?」
問いかけながら和彦は、確信めいたものがあった。一年に及ぶ賢吾との関係で、自分が何を求められてきたか、しっかりと覚えていたからだ。
賢吾が答える前に、廊下を歩いてくる抑えた足音がした。
「――組長、準備ができました」
障子の向こうから声がかかると、賢吾は勢いよく立ち上がり、和彦に向けて手を差し出してくる。
「行くぞ」
本能的な怯えから、座ったまま和彦は後退る。しかし有無を言わせず賢吾に腕を掴まれ、強引に引き立たされた。
「どこにっ……」
「客間だ。そこに準備を整えさせた」
何を、と問いかける間もなく、部屋から引きずり出される。半ばパニック状態に陥った和彦は、必死に賢吾の手を振り払おうとしたが、無情にももう片方の腕も組員に掴まれた。本宅に出入りをするようになってから、こんなに手荒な扱いを受けるのは初めてだった。だからこそ、何が待ち受けているのか怖くてたまらない。
賢吾に連れて行かれたのは、和彦がいつも泊まっているのとは別の客間だった。
障子が開けられると、部屋の中央には布団が敷かれていた。その周囲に白い布が敷かれ、滅菌パウチや小さなボトルがずらりと並んでいる。これだけ見ても、和彦には状況が理解できなかった。
背を押されて部屋に入ると、微かな消毒薬の匂いが鼻先を掠める。わずかに眉をひそめた和彦は、布団の傍らに座った見慣れない中年の男に目を止める。正確には、男の手元に。銀色の冷たい光を放つ細長いものを、布の上に丁寧に並べているところだった。それが特殊な形状をした針だとわかり、総毛立つ。
強張る肩に賢吾の手がかかる。
「俺のわがままは聞き入れられなくても、操立てのためだとしたら、体に墨を入れられるだろ。心配するな。いきなり大きなものを入れたりしない。小さな花で勘弁してやる」
羽織っていたジャケットを脱がされ、Tシャツをめくり上げられそうになる。思わず身を捩って抵抗しようとしたが、布団の上に突き飛ばされ、馬乗りになってきた賢吾に強引に脱がされる。その間、和彦は声を上げなかった。本能的なものとして抵抗はしたものの、本当はわかっている。この男が求めるなら、自分は応じるしかないのだと。
上半身裸となった和彦の体を見下ろし、賢吾は口元を緩める。肌に残る三田村との情交の跡を指先で触れてきた。
「次にお前の体を見たとき、三田村は驚くだろうな。なんなら、俺が許可している男の数だけ、花を彫ってみるか?」
顔を強張らせたまま和彦は、やっと声を絞り出した。
「あんたの気が済むなら……。それで、操を立てたことになるなら、好きにすればいい」
「痛いのが何より苦手なくせに、そんなことを言っていいのか? 肌に針で傷をつけるんだ。かなり痛いぞ」
想像するだけで気が遠くなりかける。それでも和彦は、嫌だとは言わなかった。覚悟が決まったというより、拒める状況ではないという諦観に近い。だが、賢吾のために、という気持ちだけは確かなものだった。
里見に対して、昔抱いたような感情はすでにないと信じてもらうために、賢吾が求める儀式を受け入れるのだ。
唇を引き結んだ和彦の表情を見て、賢吾はスッと体の上から退いた。和彦はうつ伏せにされ、男たちに左右からしっかりと肩を押さえつけられた。体に加わる圧力に、それだけで和彦はパニックを起こしそうになる。
やめてくれという言葉が、口から出かかっていた。このとき、大蛇を潜ませた賢吾の目が脳裏に蘇り、寸前のところで呑み込む。
大蛇の化身のような男の執着が、全身に絡みついてくるようだった。その執着が、刺青として体に刻み込まれるのだ。嫌悪と恐怖だけではなく、服従したいという強い衝動が和彦の中でぶつかり合う。
そこに前触れもなく、腰に鋭い痛みが生まれる。この瞬間、和彦の意識は弾け飛んでいた。
和彦の真意を探るように、手荒く後ろ髪を掴んだ賢吾が間近から目を覗き込んでくる。向けられる静かな殺気に気圧されそうになりながらも、必死に和彦は見つめ返す。数分ほど見つめ合い――というより、睨み合ってから、後ろ髪から手が離れる。次に賢吾が掴んできたのは、和彦の指だった。
「医者の指を落とすわけがないだろ。これは大事な商品だ。これから先も、物騒な男たちの面倒を見るんだ。何より、俺の背中のものを可愛がってもらわねーと」
魅力的なバリトンを際立たせる囁きに、和彦は目を見開く。そんな和彦の頬を、賢吾は手荒く撫でてきた。馴染み深いその感触に、一瞬だけ気が緩みかける。すかさず、冷ややかな声で賢吾が告げた。
「俺は、〈オンナ〉には覚悟は求めない。求めるなら、操立てだ。いまさら、他の男と寝るなと言うわけじゃない。気持ちの問題だ。堅気の男に心を許さない、というな」
「何を、すればいいんだ……?」
問いかけながら和彦は、確信めいたものがあった。一年に及ぶ賢吾との関係で、自分が何を求められてきたか、しっかりと覚えていたからだ。
賢吾が答える前に、廊下を歩いてくる抑えた足音がした。
「――組長、準備ができました」
障子の向こうから声がかかると、賢吾は勢いよく立ち上がり、和彦に向けて手を差し出してくる。
「行くぞ」
本能的な怯えから、座ったまま和彦は後退る。しかし有無を言わせず賢吾に腕を掴まれ、強引に引き立たされた。
「どこにっ……」
「客間だ。そこに準備を整えさせた」
何を、と問いかける間もなく、部屋から引きずり出される。半ばパニック状態に陥った和彦は、必死に賢吾の手を振り払おうとしたが、無情にももう片方の腕も組員に掴まれた。本宅に出入りをするようになってから、こんなに手荒な扱いを受けるのは初めてだった。だからこそ、何が待ち受けているのか怖くてたまらない。
賢吾に連れて行かれたのは、和彦がいつも泊まっているのとは別の客間だった。
障子が開けられると、部屋の中央には布団が敷かれていた。その周囲に白い布が敷かれ、滅菌パウチや小さなボトルがずらりと並んでいる。これだけ見ても、和彦には状況が理解できなかった。
背を押されて部屋に入ると、微かな消毒薬の匂いが鼻先を掠める。わずかに眉をひそめた和彦は、布団の傍らに座った見慣れない中年の男に目を止める。正確には、男の手元に。銀色の冷たい光を放つ細長いものを、布の上に丁寧に並べているところだった。それが特殊な形状をした針だとわかり、総毛立つ。
強張る肩に賢吾の手がかかる。
「俺のわがままは聞き入れられなくても、操立てのためだとしたら、体に墨を入れられるだろ。心配するな。いきなり大きなものを入れたりしない。小さな花で勘弁してやる」
羽織っていたジャケットを脱がされ、Tシャツをめくり上げられそうになる。思わず身を捩って抵抗しようとしたが、布団の上に突き飛ばされ、馬乗りになってきた賢吾に強引に脱がされる。その間、和彦は声を上げなかった。本能的なものとして抵抗はしたものの、本当はわかっている。この男が求めるなら、自分は応じるしかないのだと。
上半身裸となった和彦の体を見下ろし、賢吾は口元を緩める。肌に残る三田村との情交の跡を指先で触れてきた。
「次にお前の体を見たとき、三田村は驚くだろうな。なんなら、俺が許可している男の数だけ、花を彫ってみるか?」
顔を強張らせたまま和彦は、やっと声を絞り出した。
「あんたの気が済むなら……。それで、操を立てたことになるなら、好きにすればいい」
「痛いのが何より苦手なくせに、そんなことを言っていいのか? 肌に針で傷をつけるんだ。かなり痛いぞ」
想像するだけで気が遠くなりかける。それでも和彦は、嫌だとは言わなかった。覚悟が決まったというより、拒める状況ではないという諦観に近い。だが、賢吾のために、という気持ちだけは確かなものだった。
里見に対して、昔抱いたような感情はすでにないと信じてもらうために、賢吾が求める儀式を受け入れるのだ。
唇を引き結んだ和彦の表情を見て、賢吾はスッと体の上から退いた。和彦はうつ伏せにされ、男たちに左右からしっかりと肩を押さえつけられた。体に加わる圧力に、それだけで和彦はパニックを起こしそうになる。
やめてくれという言葉が、口から出かかっていた。このとき、大蛇を潜ませた賢吾の目が脳裏に蘇り、寸前のところで呑み込む。
大蛇の化身のような男の執着が、全身に絡みついてくるようだった。その執着が、刺青として体に刻み込まれるのだ。嫌悪と恐怖だけではなく、服従したいという強い衝動が和彦の中でぶつかり合う。
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