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第24話
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こう告げた瞬間、既視感に襲われる。なんのことはない。和彦は鷹津にも同じ台詞を言っていたのだ。その鷹津は、里見の存在を内密にしてほしいという和彦の頼みを無碍にはしなかったようだ。もし鷹津が賢吾に告げていれば、今のこの状況はもっと早くに訪れていたはずだ。
鷹津の意外な義理堅さに報いろうというわけではないが、里見の調査を頼んだことまでは、賢吾に打ち明けられなかった。鷹津は嫌な男だが、こちらの問題に巻き込んでおきながら、長嶺組から何かしらの報復を受ける事態になれば、さすがに申し訳ない。
和彦は震える唇をきつく噛んでから、強い眼差しを賢吾に向ける。
「関係を持っていたのは、高校卒業までの話だ。それ以来、ずっと会ってなかった。最近になってぼくと連絡を取ろうとしたのは、父と兄から頼まれたからだ。ぼくは、佐伯家の情報が欲しかったから、里見さんを利用するつもりだった。あの人も、佐伯家への義理もあって、ぼくと連絡を取り合える立場を確保したがってた」
「無謀だな。会いに行って、佐伯家が待ち構えていると思わなかったのか」
「……あの人は、ぼくの佐伯家での立場を知っている。だからこそ、ぼくを騙したりしない」
「もし裏切られたら、そのときは捕まるのもやむなしと、覚悟していたか?」
賢吾にそう言われて、思わず和彦は目を丸くする。そして首を横に振った。
「そんなこと……考えもしなかった」
「つまりそれぐらい、信用しているということか。――妬けるな」
賢吾の声がゾクリとするような凄みを帯びる。次の瞬間和彦は、大蛇の巨体が大きく動く様を視界に捉えたが、もちろんそんなことがあるはずもなく、実際は、唐突に賢吾が立ち上がり、こちらに近づいてくるところだった。
殴られると思ったが、一瞬にして和彦は覚悟が決まり、傍らに立った賢吾を見上げる。しかし、賢吾はさらに容赦がなかった。冷めた目で見下ろしながら、喉元に手をかけてきたのだ。
「うっ……」
わずかに力が込められ、さすがに和彦は声を洩らす。いつになく熱い賢吾の手は、内に抱えた激情を表しているようだった。〈オンナ〉の賢しい行動に対する憤怒なのか、屈辱なのか、それとも執着なのか――。
このまま縊り殺されるのだろうかと思ったとき、和彦の中を駆け抜けたのは、異常な高揚感だった。それは甘美さを伴っており、今なら苦痛すらも嬉々として受け入れられそうだ。
じっとしている和彦の反応を、賢吾はまったく違う意味に解釈した。
「おとなしいな。いつもなら減らず口で俺を楽しませてくれるのに、さすがに今日はなしか? それとも俺を怒らせて、初めての男に手を出されるのが怖いか?」
「……里見さんは、こちらの世界とは一切関係ないんだ。ぼくは何も言っていない。あんたが手を出したら、かえってヤクザの存在を知られることになって、大事になる」
ほお、と声を洩らし、賢吾は目を細めた。
「俺を脅しているのか?」
「違う……。ただ、あんたと里見さんに、関わり合ってほしくないんだ。――よくも悪くも、あんたと里見さんは、ぼくにとって特別な男だから」
少しの間を置いて、喉元にかかっていた手が退く。賢吾はその場に胡坐をかいて座り込み、和彦の顔を覗き込んできた。
「そこまでお前が入れ込んでいる男に、一度会ってみたいものだな。もちろん、俺の身元は隠して」
賢吾の発言を聞き、和彦は駆け引きも忘れて、悲鳴に近い声を上げた。
「やめてくれっ」
「お前に、俺に意見する権利はないぞ。隠し事をしたのはそっちだ。それに対するケジメをつけたいだけだ」
この部屋に足を踏み入れてからずっと強張っていた体が、やっと和彦の命令通りに動く。賢吾の腕に必死にすがりついていた。
「あの人は、こちらの事情を何も知らないんだ。ただ、ぼくがトラブルに巻き込まれたと思って、心配してくれているだけなんだ」
「だが、お前に手を出した男であることに変わりはない。しかも、堅気だ。お前を連れ戻そうとしているんだろ? 俺は、お前をこの世界に繋ぎとめておこうと苦労している。そのお前が、昔の男と連絡を取り合っていたと知って黙っていられるほど、優しくはねーぞ」
説明を重ねても無駄だと、すでにもう和彦は悟り始めていた。賢吾にとって里見は、自分からオンナを引き離そうとする敵なのだ。
長嶺の男の独占欲は怖い――。そのことを知っているつもりだったが、賢吾が和彦の喉元に突きつけてくるそれは、鋭い刃そのものだ。和彦が逃げ出すと感じれば、容赦なく刺し貫いてくるだろう。自分の独占欲を満たすために。
そして和彦は、賢吾が向けてくる傲慢な独占欲にどうしようもなく惹かれるのだ。
賢吾の腕を掴む指に力を込める。
鷹津の意外な義理堅さに報いろうというわけではないが、里見の調査を頼んだことまでは、賢吾に打ち明けられなかった。鷹津は嫌な男だが、こちらの問題に巻き込んでおきながら、長嶺組から何かしらの報復を受ける事態になれば、さすがに申し訳ない。
和彦は震える唇をきつく噛んでから、強い眼差しを賢吾に向ける。
「関係を持っていたのは、高校卒業までの話だ。それ以来、ずっと会ってなかった。最近になってぼくと連絡を取ろうとしたのは、父と兄から頼まれたからだ。ぼくは、佐伯家の情報が欲しかったから、里見さんを利用するつもりだった。あの人も、佐伯家への義理もあって、ぼくと連絡を取り合える立場を確保したがってた」
「無謀だな。会いに行って、佐伯家が待ち構えていると思わなかったのか」
「……あの人は、ぼくの佐伯家での立場を知っている。だからこそ、ぼくを騙したりしない」
「もし裏切られたら、そのときは捕まるのもやむなしと、覚悟していたか?」
賢吾にそう言われて、思わず和彦は目を丸くする。そして首を横に振った。
「そんなこと……考えもしなかった」
「つまりそれぐらい、信用しているということか。――妬けるな」
賢吾の声がゾクリとするような凄みを帯びる。次の瞬間和彦は、大蛇の巨体が大きく動く様を視界に捉えたが、もちろんそんなことがあるはずもなく、実際は、唐突に賢吾が立ち上がり、こちらに近づいてくるところだった。
殴られると思ったが、一瞬にして和彦は覚悟が決まり、傍らに立った賢吾を見上げる。しかし、賢吾はさらに容赦がなかった。冷めた目で見下ろしながら、喉元に手をかけてきたのだ。
「うっ……」
わずかに力が込められ、さすがに和彦は声を洩らす。いつになく熱い賢吾の手は、内に抱えた激情を表しているようだった。〈オンナ〉の賢しい行動に対する憤怒なのか、屈辱なのか、それとも執着なのか――。
このまま縊り殺されるのだろうかと思ったとき、和彦の中を駆け抜けたのは、異常な高揚感だった。それは甘美さを伴っており、今なら苦痛すらも嬉々として受け入れられそうだ。
じっとしている和彦の反応を、賢吾はまったく違う意味に解釈した。
「おとなしいな。いつもなら減らず口で俺を楽しませてくれるのに、さすがに今日はなしか? それとも俺を怒らせて、初めての男に手を出されるのが怖いか?」
「……里見さんは、こちらの世界とは一切関係ないんだ。ぼくは何も言っていない。あんたが手を出したら、かえってヤクザの存在を知られることになって、大事になる」
ほお、と声を洩らし、賢吾は目を細めた。
「俺を脅しているのか?」
「違う……。ただ、あんたと里見さんに、関わり合ってほしくないんだ。――よくも悪くも、あんたと里見さんは、ぼくにとって特別な男だから」
少しの間を置いて、喉元にかかっていた手が退く。賢吾はその場に胡坐をかいて座り込み、和彦の顔を覗き込んできた。
「そこまでお前が入れ込んでいる男に、一度会ってみたいものだな。もちろん、俺の身元は隠して」
賢吾の発言を聞き、和彦は駆け引きも忘れて、悲鳴に近い声を上げた。
「やめてくれっ」
「お前に、俺に意見する権利はないぞ。隠し事をしたのはそっちだ。それに対するケジメをつけたいだけだ」
この部屋に足を踏み入れてからずっと強張っていた体が、やっと和彦の命令通りに動く。賢吾の腕に必死にすがりついていた。
「あの人は、こちらの事情を何も知らないんだ。ただ、ぼくがトラブルに巻き込まれたと思って、心配してくれているだけなんだ」
「だが、お前に手を出した男であることに変わりはない。しかも、堅気だ。お前を連れ戻そうとしているんだろ? 俺は、お前をこの世界に繋ぎとめておこうと苦労している。そのお前が、昔の男と連絡を取り合っていたと知って黙っていられるほど、優しくはねーぞ」
説明を重ねても無駄だと、すでにもう和彦は悟り始めていた。賢吾にとって里見は、自分からオンナを引き離そうとする敵なのだ。
長嶺の男の独占欲は怖い――。そのことを知っているつもりだったが、賢吾が和彦の喉元に突きつけてくるそれは、鋭い刃そのものだ。和彦が逃げ出すと感じれば、容赦なく刺し貫いてくるだろう。自分の独占欲を満たすために。
そして和彦は、賢吾が向けてくる傲慢な独占欲にどうしようもなく惹かれるのだ。
賢吾の腕を掴む指に力を込める。
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