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第24話
(9)
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「さっきも言ったが、夜、部屋を抜け出して、こっそり散歩をするぐらい、口うるさく言うつもりはない。だが、妙な艶っぽさを見せて、ときどき俺の反応をうかがうような表情を見せられると、知らん顔はできねーんだ。俺のオンナは、何かと妙な男に絡まれては、それを隠そうとする癖があるから、俺が気にかけてやらないと。だから――玄関にも、盗聴器を仕掛けさせた」
「えっ……」
全身の血が凍りつきそうな感覚を味わっている中、さらりと衝撃的なことを告げられて、和彦の思考は停止しかける。どういうことなのか考えるまでもなく、賢吾が説明を続けた。
「もちろん、会話を聞くためじゃない。お前が部屋にいる間の、玄関のドアの開け閉めをチェックするためだ。何事もなければ、すぐに外すつもりだったが、そうもいかなくなった」
「……そこまで、するのか……?」
慄然としつつ和彦が洩らすと、表情を消した賢吾が断言した。
「当たり前だ。お前は、長嶺賢吾の特別な〈オンナ〉だからな」
「そんな――」
ここまで聞けば、自分なりに考えたつもりのカムフラージュがいかに無駄なことであったか、理解するのは難しくない。
かつて三田村は、和彦の部屋に仕掛けられた盗聴器の受信アンテナが、マンション近くの物件に置かれていると言っていた。和彦が考えているより、その距離は近いのだろう。玄関のドアの開閉する音を、盗聴器を通して聞いてすぐに、和彦の尾行につけるほどに。
気づかれないまま長嶺組の男たちは監視網を敷き、和彦は呆気なく引っかかったのだ。
「少し舐めていたようだな。長嶺の男が、面子をかけて〈オンナ〉を大事にするってことは、こういうことだ。どんな手を使ってでも手に入れるし、逃がさない。お前の場合、長嶺の男三人分の執着を、その体に背負っているということだ。なんなら色っぽく、恋着と言ってやろうか?」
見えない手に、肩を押さえつけられたようだった。和彦は身じろぎもできず、それどころか瞬きも忘れて賢吾の顔を見つめる。一方の賢吾も、わずかに目を細めて和彦の顔を見据えてくる。
このまま眼差しの威力だけで、呼吸を止められてしまうのではないかと危惧を抱いたとき、賢吾がひどく優しい声で本題を切り出した。
「――さて、こそこそと誰に電話をかけていたのか、教えてもらおうか」
自分に抗う術がないことをすでに悟っている和彦は、空しく目を閉じ息を吐き出す。覚悟を決めたというより、大蛇に追い詰められた非力な獲物としては、取るべき手段は一つしなかった。目を開け、かき集めた勇気を奮い立たせる。
「全部話すが、頼みがある」
「この状況で、俺相手に取引を持ちかけるのは、肝が据わっているとは言わない。単なる命知らずだ。全部聞いてから、俺が判断する」
賢吾の口調に冷たい怒りを感じ取り、ささやかな勇気は潰えた。
和彦はまず、澤村を介して佐伯家から贈られた誕生日プレゼントについて話し始める。プレゼントの財布の中にメッセージカードが入っており、それを書いたのが、自分にとって馴染み深い人物であったこと。待ち合わせ場所と時間が記されており、自分がそれに従い、護衛の組員たちの目を盗んで会いに行ったこと――。
「それから、電話をかけるようになった。父さんや兄さんに信頼されている人だから、いろいろと聞き出そうと思って。……それだけだ」
「ウソだな」
賢吾に断言され、和彦は反射的に視線を逸らす。肯定したも同然だった。
「お前は、この世界での自分の立ち回り方をよくわかっているはずだ。下手に隠し事をするより、最初に正直に話したほうが、組の協力を得て、なおかつ罪悪感を抱えることなく自由に動ける。なのにお前は、秘密にするほうを選んだ。それは、そうするだけの理由があるってことじゃねーのか?」
「……巻き込みたくなかったんだ。〈あの人〉を、ぼくの事情に……」
どうしようもなくて本音を吐露した途端、殺気に頬を撫でられた気がして、一気に鳥肌が立った。おずおずと視線を正面に戻すと、賢吾はじっと和彦を見つめていた。何を考えているか読ませない蛇の目で。
「性質の悪いオンナらしくない、初心な発言だな。お前にとって特別な〈男〉ってことか」
「――……里見、真也。もともと父の部下だった人で、兄の上司でもあった。今は省庁を辞めて、民間のシンクタンクで働いている。ぼくにとっては、家庭教師だった人だ。中学・高校と勉強を見てもらって、実の兄より兄らしく接してくれた」
ここまで話して和彦は口ごもるが、賢吾は容赦なかった。
「それで?」
「ぼくの……初めての相手だ」
「えっ……」
全身の血が凍りつきそうな感覚を味わっている中、さらりと衝撃的なことを告げられて、和彦の思考は停止しかける。どういうことなのか考えるまでもなく、賢吾が説明を続けた。
「もちろん、会話を聞くためじゃない。お前が部屋にいる間の、玄関のドアの開け閉めをチェックするためだ。何事もなければ、すぐに外すつもりだったが、そうもいかなくなった」
「……そこまで、するのか……?」
慄然としつつ和彦が洩らすと、表情を消した賢吾が断言した。
「当たり前だ。お前は、長嶺賢吾の特別な〈オンナ〉だからな」
「そんな――」
ここまで聞けば、自分なりに考えたつもりのカムフラージュがいかに無駄なことであったか、理解するのは難しくない。
かつて三田村は、和彦の部屋に仕掛けられた盗聴器の受信アンテナが、マンション近くの物件に置かれていると言っていた。和彦が考えているより、その距離は近いのだろう。玄関のドアの開閉する音を、盗聴器を通して聞いてすぐに、和彦の尾行につけるほどに。
気づかれないまま長嶺組の男たちは監視網を敷き、和彦は呆気なく引っかかったのだ。
「少し舐めていたようだな。長嶺の男が、面子をかけて〈オンナ〉を大事にするってことは、こういうことだ。どんな手を使ってでも手に入れるし、逃がさない。お前の場合、長嶺の男三人分の執着を、その体に背負っているということだ。なんなら色っぽく、恋着と言ってやろうか?」
見えない手に、肩を押さえつけられたようだった。和彦は身じろぎもできず、それどころか瞬きも忘れて賢吾の顔を見つめる。一方の賢吾も、わずかに目を細めて和彦の顔を見据えてくる。
このまま眼差しの威力だけで、呼吸を止められてしまうのではないかと危惧を抱いたとき、賢吾がひどく優しい声で本題を切り出した。
「――さて、こそこそと誰に電話をかけていたのか、教えてもらおうか」
自分に抗う術がないことをすでに悟っている和彦は、空しく目を閉じ息を吐き出す。覚悟を決めたというより、大蛇に追い詰められた非力な獲物としては、取るべき手段は一つしなかった。目を開け、かき集めた勇気を奮い立たせる。
「全部話すが、頼みがある」
「この状況で、俺相手に取引を持ちかけるのは、肝が据わっているとは言わない。単なる命知らずだ。全部聞いてから、俺が判断する」
賢吾の口調に冷たい怒りを感じ取り、ささやかな勇気は潰えた。
和彦はまず、澤村を介して佐伯家から贈られた誕生日プレゼントについて話し始める。プレゼントの財布の中にメッセージカードが入っており、それを書いたのが、自分にとって馴染み深い人物であったこと。待ち合わせ場所と時間が記されており、自分がそれに従い、護衛の組員たちの目を盗んで会いに行ったこと――。
「それから、電話をかけるようになった。父さんや兄さんに信頼されている人だから、いろいろと聞き出そうと思って。……それだけだ」
「ウソだな」
賢吾に断言され、和彦は反射的に視線を逸らす。肯定したも同然だった。
「お前は、この世界での自分の立ち回り方をよくわかっているはずだ。下手に隠し事をするより、最初に正直に話したほうが、組の協力を得て、なおかつ罪悪感を抱えることなく自由に動ける。なのにお前は、秘密にするほうを選んだ。それは、そうするだけの理由があるってことじゃねーのか?」
「……巻き込みたくなかったんだ。〈あの人〉を、ぼくの事情に……」
どうしようもなくて本音を吐露した途端、殺気に頬を撫でられた気がして、一気に鳥肌が立った。おずおずと視線を正面に戻すと、賢吾はじっと和彦を見つめていた。何を考えているか読ませない蛇の目で。
「性質の悪いオンナらしくない、初心な発言だな。お前にとって特別な〈男〉ってことか」
「――……里見、真也。もともと父の部下だった人で、兄の上司でもあった。今は省庁を辞めて、民間のシンクタンクで働いている。ぼくにとっては、家庭教師だった人だ。中学・高校と勉強を見てもらって、実の兄より兄らしく接してくれた」
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「それで?」
「ぼくの……初めての相手だ」
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