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第24話
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長嶺組の男たちには一切悟られないよう、佐伯家に対する対抗策を自ら講じるために、里見ともう一度会うことも仕方ないと思っている。
甘い感傷から、こんなことを考えたのではない。長嶺組と佐伯家との接触を避けるために、自分だけが事態を把握して動くのが最善だという結論を出したのだ。
街灯に照らされる道の先に、一際明るいコンビニが見えてくる。ほとんど小走りとなった和彦は、一台の車も停まっていない駐車場を横目に、公衆電話に駆け寄った。
受話器を手に、すっかり覚えてしまった番号を押す。呼び出し音を聞きながら、短く息を吐き出す。ふいに呼び出し音が途切れた。
『思っていたより早く、電話がかかってきた』
里見は、相手が和彦だと確認しないで話し始める。こんな時間に、公衆電話からかけてくる相手は和彦ぐらいしかいないのだろうが、それでも警戒心がなさすぎではないかと、少しだけ心配になる。
『――わたしが、連絡用の携帯電話を買おう。それを君が使えばいい。知りたいことがあれば、いつでもメールなり、電話をしてくるんだ。そうすればわたしは、佐伯家の動きについて教えてあげられる』
「せっかちだ、里見さん……」
『佐伯家の人たちも、せっかちだ。君の居場所を早く聞き出せと、急かされているところだ』
ああ、と声を洩らした和彦は、コンビニの店内へと視線を向け、所在なく前髪を掻き上げる。
『わたしが君に肩入れしていると察したら、あの家の人たちはどんな手段を取るかわからない。ことを大げさにしたくないというのは本音だろうが、それ以上に、英俊くんの国政出馬が公になる前に、厄介事を片付けてしまいたいはずだ』
「……ぼくは、厄介事か」
さすがに里見は、上辺だけの慰めの言葉は発しなかった。佐伯家の中での和彦の存在がどんなものか、里見はよく知っているのだ。
『本当は、君が佐伯家に出向いて、安心してほしいと一言いえば一番なんだろうが』
「会いたく、ない……」
『だったら、わたしと連絡を取り合うしかない。それだけで、君の家族も少しは安心できるはずだ。言いたいことは、わたしの口を通して君に伝えられるんだ。そうしているうちに、いつかは状況も変わるかもしれないしね』
そうだろうか、と和彦は思う。佐伯家を出たときから、和彦は家族を必要としていなかった。家名を汚さないという最低限の役目を果たしていれば、関わる必要はなかったのだ。そもそも佐伯家が、和彦を必要としていなかった。
だからこそ今の佐伯家の動きは、妙というしかない。あの家の人間に限って、いまさら情に突き動かされるということは、絶対にありえないのだ。
忘れかけていた仄暗い感情が、胸の奥にじわじわと広がる。そんな和彦の機微を感じ取ったわけではないだろうが、里見が優しい声で囁いた。
『大人になった君と、またいろんなことを話したい――という下心もある。こんなきっかけでもなかったら、わたしと君は、もう二度と話すことすらなかったかもしれないんだ』
「……そんなふうに言ってもらえるほど、ぼくは立派な大人にはなってないよ」
『でも、いろんな出会いはあっただろ』
知らず知らずのうちに和彦の頬は熱くなってくる。
「それは――」
動揺して言葉に詰まった瞬間、突然横から手が伸び、公衆電話のフックを押した。電話が切れ、和彦は状況が理解できなかった。
身じろぎもできないでいると、耳に当てた受話器を取り上げられて戻される。ここでやっと、ただならぬ事態が自分の身に起きたのだと悟った。
「――先生」
すっかり慣れ親しんだ呼び方に、おずおずと振り返る。いつの間にか、すぐ背後に長嶺組の組員が立っていた。
「組長がお呼びです。これから本宅にお連れします」
こう言われたとき和彦は、全身の血が凍りつくような感覚に襲われた。
恐怖という感情から。
甘い感傷から、こんなことを考えたのではない。長嶺組と佐伯家との接触を避けるために、自分だけが事態を把握して動くのが最善だという結論を出したのだ。
街灯に照らされる道の先に、一際明るいコンビニが見えてくる。ほとんど小走りとなった和彦は、一台の車も停まっていない駐車場を横目に、公衆電話に駆け寄った。
受話器を手に、すっかり覚えてしまった番号を押す。呼び出し音を聞きながら、短く息を吐き出す。ふいに呼び出し音が途切れた。
『思っていたより早く、電話がかかってきた』
里見は、相手が和彦だと確認しないで話し始める。こんな時間に、公衆電話からかけてくる相手は和彦ぐらいしかいないのだろうが、それでも警戒心がなさすぎではないかと、少しだけ心配になる。
『――わたしが、連絡用の携帯電話を買おう。それを君が使えばいい。知りたいことがあれば、いつでもメールなり、電話をしてくるんだ。そうすればわたしは、佐伯家の動きについて教えてあげられる』
「せっかちだ、里見さん……」
『佐伯家の人たちも、せっかちだ。君の居場所を早く聞き出せと、急かされているところだ』
ああ、と声を洩らした和彦は、コンビニの店内へと視線を向け、所在なく前髪を掻き上げる。
『わたしが君に肩入れしていると察したら、あの家の人たちはどんな手段を取るかわからない。ことを大げさにしたくないというのは本音だろうが、それ以上に、英俊くんの国政出馬が公になる前に、厄介事を片付けてしまいたいはずだ』
「……ぼくは、厄介事か」
さすがに里見は、上辺だけの慰めの言葉は発しなかった。佐伯家の中での和彦の存在がどんなものか、里見はよく知っているのだ。
『本当は、君が佐伯家に出向いて、安心してほしいと一言いえば一番なんだろうが』
「会いたく、ない……」
『だったら、わたしと連絡を取り合うしかない。それだけで、君の家族も少しは安心できるはずだ。言いたいことは、わたしの口を通して君に伝えられるんだ。そうしているうちに、いつかは状況も変わるかもしれないしね』
そうだろうか、と和彦は思う。佐伯家を出たときから、和彦は家族を必要としていなかった。家名を汚さないという最低限の役目を果たしていれば、関わる必要はなかったのだ。そもそも佐伯家が、和彦を必要としていなかった。
だからこそ今の佐伯家の動きは、妙というしかない。あの家の人間に限って、いまさら情に突き動かされるということは、絶対にありえないのだ。
忘れかけていた仄暗い感情が、胸の奥にじわじわと広がる。そんな和彦の機微を感じ取ったわけではないだろうが、里見が優しい声で囁いた。
『大人になった君と、またいろんなことを話したい――という下心もある。こんなきっかけでもなかったら、わたしと君は、もう二度と話すことすらなかったかもしれないんだ』
「……そんなふうに言ってもらえるほど、ぼくは立派な大人にはなってないよ」
『でも、いろんな出会いはあっただろ』
知らず知らずのうちに和彦の頬は熱くなってくる。
「それは――」
動揺して言葉に詰まった瞬間、突然横から手が伸び、公衆電話のフックを押した。電話が切れ、和彦は状況が理解できなかった。
身じろぎもできないでいると、耳に当てた受話器を取り上げられて戻される。ここでやっと、ただならぬ事態が自分の身に起きたのだと悟った。
「――先生」
すっかり慣れ親しんだ呼び方に、おずおずと振り返る。いつの間にか、すぐ背後に長嶺組の組員が立っていた。
「組長がお呼びです。これから本宅にお連れします」
こう言われたとき和彦は、全身の血が凍りつくような感覚に襲われた。
恐怖という感情から。
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