525 / 1,268
第24話
(7)
しおりを挟む
長嶺組の男たちには一切悟られないよう、佐伯家に対する対抗策を自ら講じるために、里見ともう一度会うことも仕方ないと思っている。
甘い感傷から、こんなことを考えたのではない。長嶺組と佐伯家との接触を避けるために、自分だけが事態を把握して動くのが最善だという結論を出したのだ。
街灯に照らされる道の先に、一際明るいコンビニが見えてくる。ほとんど小走りとなった和彦は、一台の車も停まっていない駐車場を横目に、公衆電話に駆け寄った。
受話器を手に、すっかり覚えてしまった番号を押す。呼び出し音を聞きながら、短く息を吐き出す。ふいに呼び出し音が途切れた。
『思っていたより早く、電話がかかってきた』
里見は、相手が和彦だと確認しないで話し始める。こんな時間に、公衆電話からかけてくる相手は和彦ぐらいしかいないのだろうが、それでも警戒心がなさすぎではないかと、少しだけ心配になる。
『――わたしが、連絡用の携帯電話を買おう。それを君が使えばいい。知りたいことがあれば、いつでもメールなり、電話をしてくるんだ。そうすればわたしは、佐伯家の動きについて教えてあげられる』
「せっかちだ、里見さん……」
『佐伯家の人たちも、せっかちだ。君の居場所を早く聞き出せと、急かされているところだ』
ああ、と声を洩らした和彦は、コンビニの店内へと視線を向け、所在なく前髪を掻き上げる。
『わたしが君に肩入れしていると察したら、あの家の人たちはどんな手段を取るかわからない。ことを大げさにしたくないというのは本音だろうが、それ以上に、英俊くんの国政出馬が公になる前に、厄介事を片付けてしまいたいはずだ』
「……ぼくは、厄介事か」
さすがに里見は、上辺だけの慰めの言葉は発しなかった。佐伯家の中での和彦の存在がどんなものか、里見はよく知っているのだ。
『本当は、君が佐伯家に出向いて、安心してほしいと一言いえば一番なんだろうが』
「会いたく、ない……」
『だったら、わたしと連絡を取り合うしかない。それだけで、君の家族も少しは安心できるはずだ。言いたいことは、わたしの口を通して君に伝えられるんだ。そうしているうちに、いつかは状況も変わるかもしれないしね』
そうだろうか、と和彦は思う。佐伯家を出たときから、和彦は家族を必要としていなかった。家名を汚さないという最低限の役目を果たしていれば、関わる必要はなかったのだ。そもそも佐伯家が、和彦を必要としていなかった。
だからこそ今の佐伯家の動きは、妙というしかない。あの家の人間に限って、いまさら情に突き動かされるということは、絶対にありえないのだ。
忘れかけていた仄暗い感情が、胸の奥にじわじわと広がる。そんな和彦の機微を感じ取ったわけではないだろうが、里見が優しい声で囁いた。
『大人になった君と、またいろんなことを話したい――という下心もある。こんなきっかけでもなかったら、わたしと君は、もう二度と話すことすらなかったかもしれないんだ』
「……そんなふうに言ってもらえるほど、ぼくは立派な大人にはなってないよ」
『でも、いろんな出会いはあっただろ』
知らず知らずのうちに和彦の頬は熱くなってくる。
「それは――」
動揺して言葉に詰まった瞬間、突然横から手が伸び、公衆電話のフックを押した。電話が切れ、和彦は状況が理解できなかった。
身じろぎもできないでいると、耳に当てた受話器を取り上げられて戻される。ここでやっと、ただならぬ事態が自分の身に起きたのだと悟った。
「――先生」
すっかり慣れ親しんだ呼び方に、おずおずと振り返る。いつの間にか、すぐ背後に長嶺組の組員が立っていた。
「組長がお呼びです。これから本宅にお連れします」
こう言われたとき和彦は、全身の血が凍りつくような感覚に襲われた。
恐怖という感情から。
甘い感傷から、こんなことを考えたのではない。長嶺組と佐伯家との接触を避けるために、自分だけが事態を把握して動くのが最善だという結論を出したのだ。
街灯に照らされる道の先に、一際明るいコンビニが見えてくる。ほとんど小走りとなった和彦は、一台の車も停まっていない駐車場を横目に、公衆電話に駆け寄った。
受話器を手に、すっかり覚えてしまった番号を押す。呼び出し音を聞きながら、短く息を吐き出す。ふいに呼び出し音が途切れた。
『思っていたより早く、電話がかかってきた』
里見は、相手が和彦だと確認しないで話し始める。こんな時間に、公衆電話からかけてくる相手は和彦ぐらいしかいないのだろうが、それでも警戒心がなさすぎではないかと、少しだけ心配になる。
『――わたしが、連絡用の携帯電話を買おう。それを君が使えばいい。知りたいことがあれば、いつでもメールなり、電話をしてくるんだ。そうすればわたしは、佐伯家の動きについて教えてあげられる』
「せっかちだ、里見さん……」
『佐伯家の人たちも、せっかちだ。君の居場所を早く聞き出せと、急かされているところだ』
ああ、と声を洩らした和彦は、コンビニの店内へと視線を向け、所在なく前髪を掻き上げる。
『わたしが君に肩入れしていると察したら、あの家の人たちはどんな手段を取るかわからない。ことを大げさにしたくないというのは本音だろうが、それ以上に、英俊くんの国政出馬が公になる前に、厄介事を片付けてしまいたいはずだ』
「……ぼくは、厄介事か」
さすがに里見は、上辺だけの慰めの言葉は発しなかった。佐伯家の中での和彦の存在がどんなものか、里見はよく知っているのだ。
『本当は、君が佐伯家に出向いて、安心してほしいと一言いえば一番なんだろうが』
「会いたく、ない……」
『だったら、わたしと連絡を取り合うしかない。それだけで、君の家族も少しは安心できるはずだ。言いたいことは、わたしの口を通して君に伝えられるんだ。そうしているうちに、いつかは状況も変わるかもしれないしね』
そうだろうか、と和彦は思う。佐伯家を出たときから、和彦は家族を必要としていなかった。家名を汚さないという最低限の役目を果たしていれば、関わる必要はなかったのだ。そもそも佐伯家が、和彦を必要としていなかった。
だからこそ今の佐伯家の動きは、妙というしかない。あの家の人間に限って、いまさら情に突き動かされるということは、絶対にありえないのだ。
忘れかけていた仄暗い感情が、胸の奥にじわじわと広がる。そんな和彦の機微を感じ取ったわけではないだろうが、里見が優しい声で囁いた。
『大人になった君と、またいろんなことを話したい――という下心もある。こんなきっかけでもなかったら、わたしと君は、もう二度と話すことすらなかったかもしれないんだ』
「……そんなふうに言ってもらえるほど、ぼくは立派な大人にはなってないよ」
『でも、いろんな出会いはあっただろ』
知らず知らずのうちに和彦の頬は熱くなってくる。
「それは――」
動揺して言葉に詰まった瞬間、突然横から手が伸び、公衆電話のフックを押した。電話が切れ、和彦は状況が理解できなかった。
身じろぎもできないでいると、耳に当てた受話器を取り上げられて戻される。ここでやっと、ただならぬ事態が自分の身に起きたのだと悟った。
「――先生」
すっかり慣れ親しんだ呼び方に、おずおずと振り返る。いつの間にか、すぐ背後に長嶺組の組員が立っていた。
「組長がお呼びです。これから本宅にお連れします」
こう言われたとき和彦は、全身の血が凍りつくような感覚に襲われた。
恐怖という感情から。
57
お気に入りに追加
1,391
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…



塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる