血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
513 / 1,268
第23話

(24)

しおりを挟む
 しかし今日は、花見会に出席してほんの数時間ほどしか経っていないというのに、一気に情報に触れすぎたようだ。それに人にも酔った。少し頭がぼうっとしている。
 縁台に腰掛けた和彦は池を眺めながら、ペットボトルに口をつける。午後に入ってから気温が上がってきて、雲一つない晴天ということもあり汗が滲む。冷たい水が喉を通る感触が心地よく思えるほどだ。
 守光に許可を得て、一人で庭を散策できる時間ができて助かった。人前で無様な姿を晒しては、和彦一人が恥をかくならともかく、守光の顔に泥を塗るところだった。
 短く息を吐くと、頭上を仰ぎ見る。釣殿を意識したものらしい池の辺にあるこの建物は、風通しがいいよう周囲を吹き放ちにしており、屋根は四本の柱で支えられている。おかげで陽射しは遮られ、休憩をするにはうってつけの場所だ。
 何よりありがたいのは、人が来ないということだ。
 すっかり気を抜いた和彦が手すりに腕をかけようとしたとき、砂利を踏む音が耳に届く。反射的に振り返ると、賢吾が立っていた。
「どうして――」
 思わず和彦が洩らすと、陽射しを避けるように賢吾も屋根の下に入ってくる。周囲をぐるりと見回してから、当然のように和彦の隣に腰掛けた。
「こんなところに一人でいると、怖い男にかどわかされるぞ、先生」
「あんたみたいな男が、他にいるわけないだろっ……」
 ムキになって言い返すと、賢吾がニヤリと笑う。その顔を見て、胸の奥がじわりと熱くなる。素直には認めたくないが、賢吾の声を聞いて安心したのだ。ずっと守光の側にいたため、今日賢吾と会話を交わしたのは、これが初めてだった。
「少しの間、様子を見ていたが、オヤジの毒気にあてられたような顔をしていたな」
「……悪趣味だな」
「何を吹き込まれたのかと、考えていたんだ」
 実は賢吾は、自分と守光の会話をどこかで聞いていたのではないかと、ありえないことを一瞬本気で和彦は考えてしまう。
 警戒心を露わにした和彦の反応に満足したように、賢吾は目を細める。
「オヤジはやけに、先生に執心だ。息子と孫が骨抜きになっている色男を、物珍しがっているだけなのかと、最初は思っていたんだがな……。あれは確かに、執心だ。オヤジが、先生の父親と面識があったと聞いてから、妙に引っかかるものがあるんだ」
「引っかかるって……?」
「縁、というやつだな。千尋と先生が出会う遥かに昔に、オヤジが佐伯家と結んでいた。これを因縁というのかもしれない。偶然の一言で片付けるのは簡単だが、どういうわけだか長嶺の男は、先生と相性がいい。オヤジが執心するのも無理はない。なんとしても先生を――特別な縁を、繋ぎとめておこうとするだろう」
 賢吾の艶のあるバリトンは、いつになく凄みを帯びていた。首筋を冷たいもので撫でられたようで、和彦は大きく身震いする。それに気づいた賢吾の手が肩にかかった。
「冷えたか、先生」
「……違う。あんたの放つ毒気にあてられそうになったんだ」
「俺が毒気? だったら大蛇の毒だな。ちなみに九尾の狐は、死んだあとに大きな石に姿を変えて、毒気を放ち続けたらしいぞ」
「そのうちぼくは、長嶺の男の毒で弱っていくかもな」
 苦々しく和彦が洩らすと、失礼なことに賢吾は鼻先で笑った。
「そんなタマじゃねーだろ、先生は。貪欲に毒すら呑み込んで、オンナっぷりを上げるんだ」
 野外だというのに、かまわず賢吾が片手を伸ばしてきて、和彦の頬を撫でてくる。慌てて手を押しのけようとしたが、向けられる熱っぽい眼差しに、まるで大蛇の毒が回ったように体が動かなくなる。
「――堂々としていたぞ。あの総和会会長の隣にいて臆した様子もなかった。会長お気に入りの医者、という触れ込みにはなっていたが、先生を目にして信じた奴はいねーだろうな。総和会のバッジを胸につけた澄まし顔の色男ということで、薄々とながら事情を察する。あれが、総和会会長の〈オンナ〉か、とな。どうやって抱いているのかと、想像する奴もいただろうな」
「そんな悪趣味な人間が、何人もいるなんて思いたくない……」
 賢吾の指先に耳朶を弄られ、微かな疼きが背筋を這い上がってくる。
「だったら俺は、その悪趣味な人間の一人だな」
 和彦をからかっているようでいて、賢吾の言葉の端々からうかがえるのは、実に人間らしい感情だ。それとも自分のうぬぼれなのかと、和彦が内心で戸惑っている間も、賢吾の指先はまるで愛撫するように動き、うなじをまさぐってくる。
 引き寄せられるまま賢吾との距離を縮めようとしたとき、和彦の視界に、小道から姿を現した南郷の姿が飛び込んでくる。驚いて目を見開くと、賢吾が鋭い表情となり、ゆっくりと振り返った。

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

朝起きたら幼なじみと番になってた。

オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。 隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた 思いつきの書き殴り オメガバースの設定をお借りしてます

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

処理中です...