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第23話
(22)
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この不快さはなんなのだろうかと考え、和彦はすぐに適当な例えを思いつく。
圧倒的な力を持つ獣が、ひ弱な小動物を捕らえたとき、ささやかな抵抗を楽しみながら弄ぶ行為に似ているのではないか、と。
そんな南郷が隣にいるだけでも重圧なのに、今日、和彦の一挙手一投足を観察しているのは一人ではない。
庭の中央に歩み出るにしたがい、暖かな陽気には不似合いな冷や汗が出てくる。覚悟はしていたのだが、予想以上の視線が四方から突き刺さってくる。庭に出て、守光の登場を待っている男たちは、その守光の背後をついて歩く和彦を露骨に探り、値踏みしているのだ。できることなら逃げ出したいが、それはもう叶わない状況だ。
千尋のウソつきめ、と心の中で洩らす。花見会に出席しても、挨拶回りをする必要も、守光の隣に立つ必要もないと千尋は言っていたが、現実はそう甘くはなかった。いや、守光が甘くなかった、というべきか。
総和会会長への挨拶は屋敷の中で済ませ、庭では、招待客同士の交流を目的として、談笑しつつ、満開とはいいがたい桜の花を愛でることが目的となっているそうだ。
ただ、守光に足を止めてもらおうと、男たちが恭しく、しかし目の色を変えて話しかける様は、和やかな花見の光景とは言いがたい。総和会会長という肩書きを持つ人物と、護衛なしで相対する機会は希少なのかもしれない。
「――こういう場のほうが、俺は気が楽だ」
スラックスのポケットに無造作に片手を突っ込み、南郷が言葉を洩らす。獣の唸り声が空気を震わせたように感じられ、反射的に和彦は体を強張らせる。
「さすがにここで、オヤジさんを襲おうなんて人間はいないだろ。仮にそのつもりでも、みんな互いを牽制し合ってる。とても不審な動きはできない。だから安心して、オヤジさんの後ろ姿を眺めていられる」
「……だとしたら、どうして会長は、この場でもあなたを伴われているのですか?」
守光の姿に目を向けたまま和彦は口を開く。
「伴うべき人間は別にいる、か?」
「それは、わかりません。ただ、どうしてなのかと思っただけで……」
「そういうあんたも、オヤジさんに請われて、一緒について歩いているだろ」
それを言われると、和彦には返す言葉がない。守光のオンナとなり、言い方は悪いが、まさに見世物にされているようなものなのだ。しかし、花見会の出席者たちにとって、守光の存在は絶対だ。その守光のオンナに下卑た言葉をかけることも、蔑みの視線を向けてくることもない。
「――長嶺守光は、あまりにでかい存在だ。そこにさらに、大幹部たちを引き連れて歩いていたら、それこそ単なる権力の誇示でしかない。それは、さっき屋敷の中で済ませた。今は……純粋に桜を楽しんでいるんだ。総和会会長の庇護下にいる、あんたと俺を引き連れて」
それだけだ、と念を押すように南郷が言ったが、唇を吊り上げるように笑う南郷の横顔を見てしまうと、到底信じる気にはなれなかった。南郷のほうもそれを承知しているらしく、嘯くように呟く。
「あんたは、まだ知らなくていい。まだ、知るときじゃない」
「何を――」
問いかけようとしたとき、ふいに南郷の手が背にかかり、前に押し出される。いつの間にか守光がこちらを見ており、軽く手招きしていた。
「オヤジさんが呼んでいる」
わけがわからないまま守光の元に歩み寄ると、腕を取られる形で伴われ、次々に招待客を紹介される。一応、総和会を構成するすべての組の名は把握しているが、その傘下組織や下部団体となると、和彦の記憶は怪しくなる。そこまで把握する必要はないという賢吾の考えに従ってのものだが、どうやら守光は違う考えのようだ。
「小さな組織だろうが、人が集まれば派閥というものが生まれる。それが総和会という、十一の組で作り上げた組織となると、一つ一つの派閥が大きくなり、複雑な利害を孕んで動き出す。わしは今、その派閥の動きを御しているが……、わしが衰えたら、一気に暴れ出すだろうな。次期会長が決定するまで」
のんびりとした足取りで歩く守光の表情は穏やかだが、淡々とした口調で語る内容は物騒だ。
「総和会は、それを繰り返しながら、大きくなってきた。矛盾しているようだが、秩序を保ちつつ、総和会の内外で激しい嵐が吹き荒れる。もちろん、血生臭い事態にもなる。賢吾が総和会を避けたがるのは、それがあるからだ。あれは慎重な男で、長嶺組を大事にしている」
「……会長が、今の立場に就かれるときも、大変だったのですか?」
「ああ。そのときのわしは、鬼の顔をしていたと賢吾に言われた。――賢吾には、わしのような苦労はさせたくない」
圧倒的な力を持つ獣が、ひ弱な小動物を捕らえたとき、ささやかな抵抗を楽しみながら弄ぶ行為に似ているのではないか、と。
そんな南郷が隣にいるだけでも重圧なのに、今日、和彦の一挙手一投足を観察しているのは一人ではない。
庭の中央に歩み出るにしたがい、暖かな陽気には不似合いな冷や汗が出てくる。覚悟はしていたのだが、予想以上の視線が四方から突き刺さってくる。庭に出て、守光の登場を待っている男たちは、その守光の背後をついて歩く和彦を露骨に探り、値踏みしているのだ。できることなら逃げ出したいが、それはもう叶わない状況だ。
千尋のウソつきめ、と心の中で洩らす。花見会に出席しても、挨拶回りをする必要も、守光の隣に立つ必要もないと千尋は言っていたが、現実はそう甘くはなかった。いや、守光が甘くなかった、というべきか。
総和会会長への挨拶は屋敷の中で済ませ、庭では、招待客同士の交流を目的として、談笑しつつ、満開とはいいがたい桜の花を愛でることが目的となっているそうだ。
ただ、守光に足を止めてもらおうと、男たちが恭しく、しかし目の色を変えて話しかける様は、和やかな花見の光景とは言いがたい。総和会会長という肩書きを持つ人物と、護衛なしで相対する機会は希少なのかもしれない。
「――こういう場のほうが、俺は気が楽だ」
スラックスのポケットに無造作に片手を突っ込み、南郷が言葉を洩らす。獣の唸り声が空気を震わせたように感じられ、反射的に和彦は体を強張らせる。
「さすがにここで、オヤジさんを襲おうなんて人間はいないだろ。仮にそのつもりでも、みんな互いを牽制し合ってる。とても不審な動きはできない。だから安心して、オヤジさんの後ろ姿を眺めていられる」
「……だとしたら、どうして会長は、この場でもあなたを伴われているのですか?」
守光の姿に目を向けたまま和彦は口を開く。
「伴うべき人間は別にいる、か?」
「それは、わかりません。ただ、どうしてなのかと思っただけで……」
「そういうあんたも、オヤジさんに請われて、一緒について歩いているだろ」
それを言われると、和彦には返す言葉がない。守光のオンナとなり、言い方は悪いが、まさに見世物にされているようなものなのだ。しかし、花見会の出席者たちにとって、守光の存在は絶対だ。その守光のオンナに下卑た言葉をかけることも、蔑みの視線を向けてくることもない。
「――長嶺守光は、あまりにでかい存在だ。そこにさらに、大幹部たちを引き連れて歩いていたら、それこそ単なる権力の誇示でしかない。それは、さっき屋敷の中で済ませた。今は……純粋に桜を楽しんでいるんだ。総和会会長の庇護下にいる、あんたと俺を引き連れて」
それだけだ、と念を押すように南郷が言ったが、唇を吊り上げるように笑う南郷の横顔を見てしまうと、到底信じる気にはなれなかった。南郷のほうもそれを承知しているらしく、嘯くように呟く。
「あんたは、まだ知らなくていい。まだ、知るときじゃない」
「何を――」
問いかけようとしたとき、ふいに南郷の手が背にかかり、前に押し出される。いつの間にか守光がこちらを見ており、軽く手招きしていた。
「オヤジさんが呼んでいる」
わけがわからないまま守光の元に歩み寄ると、腕を取られる形で伴われ、次々に招待客を紹介される。一応、総和会を構成するすべての組の名は把握しているが、その傘下組織や下部団体となると、和彦の記憶は怪しくなる。そこまで把握する必要はないという賢吾の考えに従ってのものだが、どうやら守光は違う考えのようだ。
「小さな組織だろうが、人が集まれば派閥というものが生まれる。それが総和会という、十一の組で作り上げた組織となると、一つ一つの派閥が大きくなり、複雑な利害を孕んで動き出す。わしは今、その派閥の動きを御しているが……、わしが衰えたら、一気に暴れ出すだろうな。次期会長が決定するまで」
のんびりとした足取りで歩く守光の表情は穏やかだが、淡々とした口調で語る内容は物騒だ。
「総和会は、それを繰り返しながら、大きくなってきた。矛盾しているようだが、秩序を保ちつつ、総和会の内外で激しい嵐が吹き荒れる。もちろん、血生臭い事態にもなる。賢吾が総和会を避けたがるのは、それがあるからだ。あれは慎重な男で、長嶺組を大事にしている」
「……会長が、今の立場に就かれるときも、大変だったのですか?」
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