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第23話
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ハッとしたときには、掴まれたあごを持ち上げられるようにして、半ば強引に振り向かされる。いつの間にか無表情の賢吾が立っており、有無を言わせず和彦の唇を塞いできた。傲慢な舌が口腔に入り込み、千尋に味わい尽くされたばかりの粘膜をまさぐりながら、唾液を流し込んできた。
平気で和彦を共有しながらも、この父子は競い合っている。
引き出した和彦の舌を、賢吾が濡れた音を立てながら吸い、千尋には、首筋をねっとりと舐め上げられる。どちらのものとも知れない手がセーターの下に入り込み、肌を撫でてくる。身震いしたくなるような疼きが生まれ、和彦は喉の奥から声を洩らしていた。その声を呑み込んだのは、賢吾との口づけに割り込んできた千尋だ。
差し出した舌を卑猥に絡め合っていると、今度は賢吾に首筋を舐め上げられ、耳をたっぷり舐られる。
高揚感に意識が飛びそうになる。和彦の足元はふらつくが、二人の男にしっかりと支えられているため、座り込むこともできない。
「もっ……、いい加減に、しろ……」
名残惜しそうに唇を啄ばんでくる千尋の顔を押し返し、ついでに賢吾の腕の中からも逃れる。今になって照れ臭くなった和彦は、濡れた唇を手の甲で乱暴に拭った。
「……でかい動物二頭にじゃれつかれているみたいだ」
非難がましい視線を父子に向けて洩らすと、二人はよく似た笑みを浮かべた。そして、和彦の予想を外さない発言をした。
「情が湧いて仕方ないだろ?」
「ぼくがなんと答えたら満足なんだ」
「――さっきの俺の提案を、いつか真剣に考えてもいい、と」
和彦がスッと表情を消すと、その変化を目の当たりにした千尋が目を丸くする。しかしすぐに、興味津々といった様子で問いかけてきた。
「なんのこと?」
「俺と先生の秘密だ」
そう賢吾が答えると、千尋と顔を見合わせてから和彦は大きくため息をついた。
「さっき、ぼくと千尋の話を聞いてたんだろ……」
「さあ、なんのことだ」
露骨に賢吾がとぼける。ムキになって問い詰めたところで、千尋と恥知らずな行為に及んだ自分の分が遥かに悪いことを、和彦は知っている。
強引に会話を打ち切ると、ダイニングテーブルを指さした。
「コーヒーを淹れるから、おとなしく二人で座って待っていてくれ」
眠くて横になったはずなのに、数十分経っても和彦は寝返りを打ち続け、とうとう枕元のライトをつけていた。ぼんやりと浮かび上がる天井を見上げながら、両手を伸ばしてベッドをまさぐる。左右には誰もいない。大きなベッドにいるのは、和彦一人だった。
賢吾は本当は、今夜はここに泊まるつもりだったらしいが、千尋の襲来で予定が狂ったようだ。結局、二人は一緒に帰ってしまった。正確には、賢吾が千尋の首根っこを掴み、引きずっていったのだが。
おかげで和彦は、一人ゆったりとした時間を過ごし、遅くならないうちにベッドにも入れた。あとは何も考えずに眠ってしまえばいいのだが、どうしても目が冴えてしまう。
賢吾と交わした会話が、頭から離れなかった。花見会のこと、いまだに和彦は本気にしていないが、養子のこと。そして――佐伯家のこと。
今の生活が平穏で、安らぎに満ちているとは言わないが、愛しさを感じ、手放したくないと思っていることに間違いはない。佐伯家の事情で掻き乱されたくないと、道徳的に許されない感情も抱いている。長嶺の男たちの事情に巻き込まれ、結果として総和会に深入りする事態は甘受できても、佐伯家と関わりを持つことは、今の和彦にはできないのだ。
周囲にいる男たちに迷惑をかけないために、無防備なままではいられない。そのためにも和彦は、佐伯家の現在の情報をもっと必要としていた。自分にしかできない手段を使ってでも。
ここまで考えたところで、体を起こす。ベッドに横になっても眠くならないのには、相応の理由がある。今晩のうちにやっておくべきことがあるからだ。
和彦はパジャマから着替えると、コートを羽織りながらダイニングへと行き、財布と部屋の鍵をポケットに突っ込む。慌ただしく部屋を出て、エレベーターに飛び乗った。
マンションの外に足を踏み出した和彦の髪を、強い風が嬲る。さすがに夜中はまだ肌寒さを感じるが、それでも風が運んでくる匂いは春めいて柔らかい。もう春一番は吹いたのだろうかと、ふとそんなことを気にかけながら、慎重に辺りをうかがう。人通りはなく、車が走ってくる気配もない。
まるで誰かに背を押されるように、和彦は足早に近所のコンビニへと向かう。もちろん用があるのは、コンビニの外に設置された公衆電話だ。
コンビニ前まできてもう一度周囲を見回してから、受話器を取り上げる。
平気で和彦を共有しながらも、この父子は競い合っている。
引き出した和彦の舌を、賢吾が濡れた音を立てながら吸い、千尋には、首筋をねっとりと舐め上げられる。どちらのものとも知れない手がセーターの下に入り込み、肌を撫でてくる。身震いしたくなるような疼きが生まれ、和彦は喉の奥から声を洩らしていた。その声を呑み込んだのは、賢吾との口づけに割り込んできた千尋だ。
差し出した舌を卑猥に絡め合っていると、今度は賢吾に首筋を舐め上げられ、耳をたっぷり舐られる。
高揚感に意識が飛びそうになる。和彦の足元はふらつくが、二人の男にしっかりと支えられているため、座り込むこともできない。
「もっ……、いい加減に、しろ……」
名残惜しそうに唇を啄ばんでくる千尋の顔を押し返し、ついでに賢吾の腕の中からも逃れる。今になって照れ臭くなった和彦は、濡れた唇を手の甲で乱暴に拭った。
「……でかい動物二頭にじゃれつかれているみたいだ」
非難がましい視線を父子に向けて洩らすと、二人はよく似た笑みを浮かべた。そして、和彦の予想を外さない発言をした。
「情が湧いて仕方ないだろ?」
「ぼくがなんと答えたら満足なんだ」
「――さっきの俺の提案を、いつか真剣に考えてもいい、と」
和彦がスッと表情を消すと、その変化を目の当たりにした千尋が目を丸くする。しかしすぐに、興味津々といった様子で問いかけてきた。
「なんのこと?」
「俺と先生の秘密だ」
そう賢吾が答えると、千尋と顔を見合わせてから和彦は大きくため息をついた。
「さっき、ぼくと千尋の話を聞いてたんだろ……」
「さあ、なんのことだ」
露骨に賢吾がとぼける。ムキになって問い詰めたところで、千尋と恥知らずな行為に及んだ自分の分が遥かに悪いことを、和彦は知っている。
強引に会話を打ち切ると、ダイニングテーブルを指さした。
「コーヒーを淹れるから、おとなしく二人で座って待っていてくれ」
眠くて横になったはずなのに、数十分経っても和彦は寝返りを打ち続け、とうとう枕元のライトをつけていた。ぼんやりと浮かび上がる天井を見上げながら、両手を伸ばしてベッドをまさぐる。左右には誰もいない。大きなベッドにいるのは、和彦一人だった。
賢吾は本当は、今夜はここに泊まるつもりだったらしいが、千尋の襲来で予定が狂ったようだ。結局、二人は一緒に帰ってしまった。正確には、賢吾が千尋の首根っこを掴み、引きずっていったのだが。
おかげで和彦は、一人ゆったりとした時間を過ごし、遅くならないうちにベッドにも入れた。あとは何も考えずに眠ってしまえばいいのだが、どうしても目が冴えてしまう。
賢吾と交わした会話が、頭から離れなかった。花見会のこと、いまだに和彦は本気にしていないが、養子のこと。そして――佐伯家のこと。
今の生活が平穏で、安らぎに満ちているとは言わないが、愛しさを感じ、手放したくないと思っていることに間違いはない。佐伯家の事情で掻き乱されたくないと、道徳的に許されない感情も抱いている。長嶺の男たちの事情に巻き込まれ、結果として総和会に深入りする事態は甘受できても、佐伯家と関わりを持つことは、今の和彦にはできないのだ。
周囲にいる男たちに迷惑をかけないために、無防備なままではいられない。そのためにも和彦は、佐伯家の現在の情報をもっと必要としていた。自分にしかできない手段を使ってでも。
ここまで考えたところで、体を起こす。ベッドに横になっても眠くならないのには、相応の理由がある。今晩のうちにやっておくべきことがあるからだ。
和彦はパジャマから着替えると、コートを羽織りながらダイニングへと行き、財布と部屋の鍵をポケットに突っ込む。慌ただしく部屋を出て、エレベーターに飛び乗った。
マンションの外に足を踏み出した和彦の髪を、強い風が嬲る。さすがに夜中はまだ肌寒さを感じるが、それでも風が運んでくる匂いは春めいて柔らかい。もう春一番は吹いたのだろうかと、ふとそんなことを気にかけながら、慎重に辺りをうかがう。人通りはなく、車が走ってくる気配もない。
まるで誰かに背を押されるように、和彦は足早に近所のコンビニへと向かう。もちろん用があるのは、コンビニの外に設置された公衆電話だ。
コンビニ前まできてもう一度周囲を見回してから、受話器を取り上げる。
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