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第23話
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油断ならない千尋はさりげなさを装いながら、カウンターを回り込んで、いつの間にか和彦の隣に移動してくる。あまり近づくなと、千尋を押しのけようとする和彦に、賢吾から声をかけてきた。
「色男がキッチンに立っているだけで様になるんだから、得だな。先生」
「……うるさい父子だな。ぼくの分しかコーヒーを淹れないぞ」
逃げるようにキッチンの奥に行き、ケトルを持ってカウンターに戻ると、ダイニングから賢吾の姿が消えていた。千尋を見ると、ドアのほうを指さす。
「携帯が鳴ったから、廊下で話してる」
「ぼくなんかよりよほど忙しいのに、わざわざここに来なくてもよかったんだ」
鍋敷きの上にケトルを置いた和彦は、ケーキの箱を覗き込む。一体何人で食べるつもりだったのか、十個のケーキが窮屈そうに並んでいる。どれも美味しそうだ。チョコレートケーキを選んで皿にのせると、さりげなく千尋が身を寄せてきた。
「で、オヤジ、ただ先生とイチャつきたくて、ここに来たわけ?」
「……ぼくが鷹津から渡されたものを、取りにきたんだ」
「何それ」
鷹津の名を出した途端、千尋は露骨に顔をしかめた。和彦はあえて気づかないふりをして説明する。
「花見会の会場周辺の警備について、詳しく書き込んである地図。本当は、クリニックへの送り迎えをしてくれている組員に預けてもよかったんだが、お前の父親が、直接ここに取りに行くといって聞かなかったんだ」
「……花見会のことで、先生が刑事から地図を渡されて、しかも総和会がバタバタしているってことは、もしかして――」
千尋から物言いたげな視線を向けられ、慌てた和彦は弁解めいたことを口にする。
「ぼくのせいじゃないからなっ。確かに、鷹津から聞いた話をお前の父親に話した。ただ、それで総和会がどう動くかなんて、わかるはずがないだろっ」
「そうムキにならないでよ。ちょっとからかっただけなんだから」
楽しげに笑った千尋が、和彦の肩にあごをのせてくる。ふいに、耳元で囁かれた。
「オヤジがわざわざここまで来た本当の目的って、先生と鷹津のことを探るためじゃない?」
ドキリとして、思わず千尋を見る。寸前まで無邪気に笑っていた青年は、今は強い輝きを放つ目で、じっと和彦を見つめている。こういう眼差しをしているときの千尋は、犬っころどころか、一端の獰猛な肉食獣を連想させる。
「探るも何も、ぼくと鷹津は……」
割り切った体の関係を持っている。和彦は、体を自由にさせる代わりに、鷹津を自分のために働かせているのだ。
和彦があえて呑み込んだ言葉を察したのか、千尋は軽く首を横に振る。
「そういうことじゃ、ないんだよなー」
「……なんだか、気になる言い方だな」
「まあ、先生がモテすぎて、迂闊に目を離せないってこと」
突然、千尋がぐいっと体を押し付けてくる。何事かと和彦が目を見開いたときには、眼前に千尋の顔が迫り、唇を塞がれた。驚いた拍子に後退ろうとしたが、次の瞬間には千尋にしっかりと肩を掴まれる。
熱っぽく唇を吸われ、最初は千尋の顔を押しのけようとしていた和彦だが、そのうち意識は、ドアのほうに向く。いつ、賢吾が戻ってくるか気になるのだ。どれだけ破廉恥な行為を見られたところで賢吾が動じるはずもないが、和彦は違う。
「――先生のそういう顔見ると、なんか悪いことしてる気になって、興奮する」
和彦の唇を啄ばみながら、楽しげに千尋が囁いてくる。そんな千尋の頬を軽く抓り上げた和彦は、小さくため息を洩らした。
「性癖に問題ありだぞ、お前」
すると千尋が、意味ありげな視線をカウンターの足元へと向ける。その視線に込められているのは、明け透けな卑猥さだ。先日このカウンターで、自分と千尋がどんな行為に及んだか、生々しい記憶が蘇った和彦は、今度は両手で頬を抓り上げる。
「……何も、言うなよ?」
「俺と先生の秘密ってことだよね」
そう言って千尋が再び唇を塞いでくる。自分のことだけを気にかけろと、せがまれているようだった。そう感じた時点で、和彦はもう千尋を押しのけることはできなかった。それどころか――。
「んっ……」
余裕なく千尋の舌に唇をこじ開けられ、それを受け入れる。間近で千尋の強い光を放つ目を見つめながら、舌先を触れ合わせ、絡め合う。抓り上げていた千尋の頬をてのひらで包み込んでやると、素直な子犬のように青年は簡単に喜び、さらに和彦を求めてくる。
口腔の粘膜を舐め回す一方で、肩を掴んでいた千尋の手がじわじわと移動し、セーターの上から脇腹をまさぐり始める。さすがにこれ以上悪戯をされては堪らないと、和彦が唇を離そうとした瞬間、背に硬い感触が触れる。それが何かと考える余裕もなく、あごを掴まれて引き寄せられた。
「色男がキッチンに立っているだけで様になるんだから、得だな。先生」
「……うるさい父子だな。ぼくの分しかコーヒーを淹れないぞ」
逃げるようにキッチンの奥に行き、ケトルを持ってカウンターに戻ると、ダイニングから賢吾の姿が消えていた。千尋を見ると、ドアのほうを指さす。
「携帯が鳴ったから、廊下で話してる」
「ぼくなんかよりよほど忙しいのに、わざわざここに来なくてもよかったんだ」
鍋敷きの上にケトルを置いた和彦は、ケーキの箱を覗き込む。一体何人で食べるつもりだったのか、十個のケーキが窮屈そうに並んでいる。どれも美味しそうだ。チョコレートケーキを選んで皿にのせると、さりげなく千尋が身を寄せてきた。
「で、オヤジ、ただ先生とイチャつきたくて、ここに来たわけ?」
「……ぼくが鷹津から渡されたものを、取りにきたんだ」
「何それ」
鷹津の名を出した途端、千尋は露骨に顔をしかめた。和彦はあえて気づかないふりをして説明する。
「花見会の会場周辺の警備について、詳しく書き込んである地図。本当は、クリニックへの送り迎えをしてくれている組員に預けてもよかったんだが、お前の父親が、直接ここに取りに行くといって聞かなかったんだ」
「……花見会のことで、先生が刑事から地図を渡されて、しかも総和会がバタバタしているってことは、もしかして――」
千尋から物言いたげな視線を向けられ、慌てた和彦は弁解めいたことを口にする。
「ぼくのせいじゃないからなっ。確かに、鷹津から聞いた話をお前の父親に話した。ただ、それで総和会がどう動くかなんて、わかるはずがないだろっ」
「そうムキにならないでよ。ちょっとからかっただけなんだから」
楽しげに笑った千尋が、和彦の肩にあごをのせてくる。ふいに、耳元で囁かれた。
「オヤジがわざわざここまで来た本当の目的って、先生と鷹津のことを探るためじゃない?」
ドキリとして、思わず千尋を見る。寸前まで無邪気に笑っていた青年は、今は強い輝きを放つ目で、じっと和彦を見つめている。こういう眼差しをしているときの千尋は、犬っころどころか、一端の獰猛な肉食獣を連想させる。
「探るも何も、ぼくと鷹津は……」
割り切った体の関係を持っている。和彦は、体を自由にさせる代わりに、鷹津を自分のために働かせているのだ。
和彦があえて呑み込んだ言葉を察したのか、千尋は軽く首を横に振る。
「そういうことじゃ、ないんだよなー」
「……なんだか、気になる言い方だな」
「まあ、先生がモテすぎて、迂闊に目を離せないってこと」
突然、千尋がぐいっと体を押し付けてくる。何事かと和彦が目を見開いたときには、眼前に千尋の顔が迫り、唇を塞がれた。驚いた拍子に後退ろうとしたが、次の瞬間には千尋にしっかりと肩を掴まれる。
熱っぽく唇を吸われ、最初は千尋の顔を押しのけようとしていた和彦だが、そのうち意識は、ドアのほうに向く。いつ、賢吾が戻ってくるか気になるのだ。どれだけ破廉恥な行為を見られたところで賢吾が動じるはずもないが、和彦は違う。
「――先生のそういう顔見ると、なんか悪いことしてる気になって、興奮する」
和彦の唇を啄ばみながら、楽しげに千尋が囁いてくる。そんな千尋の頬を軽く抓り上げた和彦は、小さくため息を洩らした。
「性癖に問題ありだぞ、お前」
すると千尋が、意味ありげな視線をカウンターの足元へと向ける。その視線に込められているのは、明け透けな卑猥さだ。先日このカウンターで、自分と千尋がどんな行為に及んだか、生々しい記憶が蘇った和彦は、今度は両手で頬を抓り上げる。
「……何も、言うなよ?」
「俺と先生の秘密ってことだよね」
そう言って千尋が再び唇を塞いでくる。自分のことだけを気にかけろと、せがまれているようだった。そう感じた時点で、和彦はもう千尋を押しのけることはできなかった。それどころか――。
「んっ……」
余裕なく千尋の舌に唇をこじ開けられ、それを受け入れる。間近で千尋の強い光を放つ目を見つめながら、舌先を触れ合わせ、絡め合う。抓り上げていた千尋の頬をてのひらで包み込んでやると、素直な子犬のように青年は簡単に喜び、さらに和彦を求めてくる。
口腔の粘膜を舐め回す一方で、肩を掴んでいた千尋の手がじわじわと移動し、セーターの上から脇腹をまさぐり始める。さすがにこれ以上悪戯をされては堪らないと、和彦が唇を離そうとした瞬間、背に硬い感触が触れる。それが何かと考える余裕もなく、あごを掴まれて引き寄せられた。
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