血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
506 / 1,268
第23話

(17)

しおりを挟む
 油断ならない千尋はさりげなさを装いながら、カウンターを回り込んで、いつの間にか和彦の隣に移動してくる。あまり近づくなと、千尋を押しのけようとする和彦に、賢吾から声をかけてきた。
「色男がキッチンに立っているだけで様になるんだから、得だな。先生」
「……うるさい父子だな。ぼくの分しかコーヒーを淹れないぞ」
 逃げるようにキッチンの奥に行き、ケトルを持ってカウンターに戻ると、ダイニングから賢吾の姿が消えていた。千尋を見ると、ドアのほうを指さす。
「携帯が鳴ったから、廊下で話してる」
「ぼくなんかよりよほど忙しいのに、わざわざここに来なくてもよかったんだ」
 鍋敷きの上にケトルを置いた和彦は、ケーキの箱を覗き込む。一体何人で食べるつもりだったのか、十個のケーキが窮屈そうに並んでいる。どれも美味しそうだ。チョコレートケーキを選んで皿にのせると、さりげなく千尋が身を寄せてきた。
「で、オヤジ、ただ先生とイチャつきたくて、ここに来たわけ?」
「……ぼくが鷹津から渡されたものを、取りにきたんだ」
「何それ」
 鷹津の名を出した途端、千尋は露骨に顔をしかめた。和彦はあえて気づかないふりをして説明する。
「花見会の会場周辺の警備について、詳しく書き込んである地図。本当は、クリニックへの送り迎えをしてくれている組員に預けてもよかったんだが、お前の父親が、直接ここに取りに行くといって聞かなかったんだ」
「……花見会のことで、先生が刑事から地図を渡されて、しかも総和会がバタバタしているってことは、もしかして――」
 千尋から物言いたげな視線を向けられ、慌てた和彦は弁解めいたことを口にする。
「ぼくのせいじゃないからなっ。確かに、鷹津から聞いた話をお前の父親に話した。ただ、それで総和会がどう動くかなんて、わかるはずがないだろっ」
「そうムキにならないでよ。ちょっとからかっただけなんだから」
 楽しげに笑った千尋が、和彦の肩にあごをのせてくる。ふいに、耳元で囁かれた。
「オヤジがわざわざここまで来た本当の目的って、先生と鷹津のことを探るためじゃない?」
 ドキリとして、思わず千尋を見る。寸前まで無邪気に笑っていた青年は、今は強い輝きを放つ目で、じっと和彦を見つめている。こういう眼差しをしているときの千尋は、犬っころどころか、一端の獰猛な肉食獣を連想させる。
「探るも何も、ぼくと鷹津は……」
 割り切った体の関係を持っている。和彦は、体を自由にさせる代わりに、鷹津を自分のために働かせているのだ。
 和彦があえて呑み込んだ言葉を察したのか、千尋は軽く首を横に振る。
「そういうことじゃ、ないんだよなー」
「……なんだか、気になる言い方だな」
「まあ、先生がモテすぎて、迂闊に目を離せないってこと」
 突然、千尋がぐいっと体を押し付けてくる。何事かと和彦が目を見開いたときには、眼前に千尋の顔が迫り、唇を塞がれた。驚いた拍子に後退ろうとしたが、次の瞬間には千尋にしっかりと肩を掴まれる。
 熱っぽく唇を吸われ、最初は千尋の顔を押しのけようとしていた和彦だが、そのうち意識は、ドアのほうに向く。いつ、賢吾が戻ってくるか気になるのだ。どれだけ破廉恥な行為を見られたところで賢吾が動じるはずもないが、和彦は違う。
「――先生のそういう顔見ると、なんか悪いことしてる気になって、興奮する」
 和彦の唇を啄ばみながら、楽しげに千尋が囁いてくる。そんな千尋の頬を軽く抓り上げた和彦は、小さくため息を洩らした。
「性癖に問題ありだぞ、お前」
 すると千尋が、意味ありげな視線をカウンターの足元へと向ける。その視線に込められているのは、明け透けな卑猥さだ。先日このカウンターで、自分と千尋がどんな行為に及んだか、生々しい記憶が蘇った和彦は、今度は両手で頬を抓り上げる。
「……何も、言うなよ?」
「俺と先生の秘密ってことだよね」
 そう言って千尋が再び唇を塞いでくる。自分のことだけを気にかけろと、せがまれているようだった。そう感じた時点で、和彦はもう千尋を押しのけることはできなかった。それどころか――。
「んっ……」
 余裕なく千尋の舌に唇をこじ開けられ、それを受け入れる。間近で千尋の強い光を放つ目を見つめながら、舌先を触れ合わせ、絡め合う。抓り上げていた千尋の頬をてのひらで包み込んでやると、素直な子犬のように青年は簡単に喜び、さらに和彦を求めてくる。
 口腔の粘膜を舐め回す一方で、肩を掴んでいた千尋の手がじわじわと移動し、セーターの上から脇腹をまさぐり始める。さすがにこれ以上悪戯をされては堪らないと、和彦が唇を離そうとした瞬間、背に硬い感触が触れる。それが何かと考える余裕もなく、あごを掴まれて引き寄せられた。

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

朝起きたら幼なじみと番になってた。

オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。 隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた 思いつきの書き殴り オメガバースの設定をお借りしてます

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

処理中です...