血と束縛と

北川とも

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第23話

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「正直、総和会のような組織を束ねている人が、男の……愛人の存在を明らかにしたところで、マイナスイメージにしかならないと思うんだが」
「何も、先生を愛人として紹介して回るわけじゃない。ただ、総和会会長にとって大事な存在だと、知らしめるだけだ。それにこの世界、男気に惚れた腫れたは珍しくない。それが過ぎて〈契り〉を結ぶ奴らもいる。もちろん、男同士のそういう関係に抵抗のある連中もいるが、それもひっくるめて、この世界じゃ馴染んでいる慣習の一つだ。先生のように、堅気だったにもかかわらず、物騒な男たちがオンナにしちまう場合もあるしな」
「……ぼくは、男気なんて欠片も持ち合わせてないぞ」
 ぼそぼそと和彦が反論すると、賢吾にあごを掴み上げられる。ニヤニヤと笑って言われた。
「下手なヤクザより、よほど肝が据わってるじゃねーか、先生は」
 和彦は眉をひそめると、あごを掴む賢吾の手を押しのける。缶に残っているビールを呷ると、短く息を吐き出した。
「開き直ってるだけだ。――ぼく個人に、捨てるものはないしな」
「そう言うな。そんな先生を、大事に大事に想っている〈男たち〉が悲しむぞ」
 ヤクザが白々しいことを言うなと、内心強気に思ってはみたものの、意識しないまま和彦の頬は熱くなってくる。
 どんな思惑があるのだろうかと、冴え冴えとした大蛇の目を覗き込んだが、柔らかい微笑を浮かべた賢吾からは、何も読み取れない。
 和彦はテーブルに缶を置き、再び賢吾に肩を抱き寄せられるまま、体を預けた。
「――……花見会には出席するが、警察から職質を受けるような事態だけは避けたい。身元照会をされて、佐伯和彦という人間が総和会や長嶺組に守られていると知られたくないんだ」
 保身のための要望に、和彦のどんな想いが込められているか、さすがに賢吾は正確に読み取ってくれた。
「先生が、ただの医者だったなら、そこまで神経質になる必要はないんだ。身を持ち崩して、医師免許を剥奪される医者は、世の中には何人もいる。そういう医者は、こちらの世界じゃ使い勝手がよくて、大事にされる。ただ先生の場合、医者の肩書き云々だけじゃなく、佐伯家という立派な家の名のほうがネックだ。官僚にならなかった次男が、よりによってヤクザと深い仲になっていると知ったら――、佐伯家以外にも波紋は広がりそうだな」
「ぼくの知る佐伯家なら、トラブルを揉み消したうえで、簡単にぼくを見捨てただろうけど、今は……どうだろう。兄の国政出馬の件もあって、とにかく面倒で、大事になるだろうな。それこそ、政治家まで乗り出すかもしれない」
 ここで和彦はふと、守光がしてくれた話を思い出す。昔、和彦の父親である俊哉のトラブル処理を頼まれたとき、間を取り持ったのは政治家だと言っていた。ヤクザと政治家も、必要があれば互いに利用し合うことがあるのだ。官僚として絶大な影響力を持っている現在の俊哉であれば、その政治家を利用することすら容易だろう。
 和彦が総和会と長嶺組の庇護下にあると知ったとき、俊哉は果たしてどう動くのであろうか――。
 急に不吉なものを感じ、和彦はわずかに身じろぐ。
「先生?」
 抱いた肩を撫でて、賢吾が呼びかけてくる。我に返った和彦は、顔を強張らせたまま語った。
「……ぼくはいままで、佐伯家に必要とされてこなかった。ぼくも、それを受け入れて、早々に佐伯家には見切りをつけていた。そういう関係で、問題なくやってこれた。だけど今は、事情が変わってきている。本来なら、あの家族がぼくの行方を執念深く捜すなんて、ありえないんだ」
「長嶺の家も、大概変わった家族事情だと自覚はあるんだが、先生の家には敵わねーな。少なくとも俺は、大学辞めてふらふらしている千尋を自由にはさせていたが、それでもきっちり監視はしていた。何かあったとき、素早く対処できるようにな。もちろんこれは、長嶺の大事な跡継ぎだからという理由だけじゃない。俺なりに、千尋を可愛いと思っているからだ」
 和彦は小さく声を洩らして笑うと、賢吾の肩に額を擦りつける。
「千尋と初めて話したとき、尻尾をブンブン振る、人懐こい犬っころみたいだった。家族から大事にされて育ったんだろうなと思ったんだ」
「その家族が、ヤクザの組長とは思いもしなかっただろ?」
「ああ……。千尋に外面のよさに、すっかり騙された」
 今度は賢吾が声を洩らして笑い、和彦のうなじや髪の付け根をまさぐりながら、実にさりげなく提案してきた。
「――佐伯家の面倒が嫌なら、本当に俺の養子になるか? 前回同じことを言ったら、先生にはあっさり受け流されたが、俺はかまわんぞ」

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