504 / 1,268
第23話
(15)
しおりを挟む
「正直、総和会のような組織を束ねている人が、男の……愛人の存在を明らかにしたところで、マイナスイメージにしかならないと思うんだが」
「何も、先生を愛人として紹介して回るわけじゃない。ただ、総和会会長にとって大事な存在だと、知らしめるだけだ。それにこの世界、男気に惚れた腫れたは珍しくない。それが過ぎて〈契り〉を結ぶ奴らもいる。もちろん、男同士のそういう関係に抵抗のある連中もいるが、それもひっくるめて、この世界じゃ馴染んでいる慣習の一つだ。先生のように、堅気だったにもかかわらず、物騒な男たちがオンナにしちまう場合もあるしな」
「……ぼくは、男気なんて欠片も持ち合わせてないぞ」
ぼそぼそと和彦が反論すると、賢吾にあごを掴み上げられる。ニヤニヤと笑って言われた。
「下手なヤクザより、よほど肝が据わってるじゃねーか、先生は」
和彦は眉をひそめると、あごを掴む賢吾の手を押しのける。缶に残っているビールを呷ると、短く息を吐き出した。
「開き直ってるだけだ。――ぼく個人に、捨てるものはないしな」
「そう言うな。そんな先生を、大事に大事に想っている〈男たち〉が悲しむぞ」
ヤクザが白々しいことを言うなと、内心強気に思ってはみたものの、意識しないまま和彦の頬は熱くなってくる。
どんな思惑があるのだろうかと、冴え冴えとした大蛇の目を覗き込んだが、柔らかい微笑を浮かべた賢吾からは、何も読み取れない。
和彦はテーブルに缶を置き、再び賢吾に肩を抱き寄せられるまま、体を預けた。
「――……花見会には出席するが、警察から職質を受けるような事態だけは避けたい。身元照会をされて、佐伯和彦という人間が総和会や長嶺組に守られていると知られたくないんだ」
保身のための要望に、和彦のどんな想いが込められているか、さすがに賢吾は正確に読み取ってくれた。
「先生が、ただの医者だったなら、そこまで神経質になる必要はないんだ。身を持ち崩して、医師免許を剥奪される医者は、世の中には何人もいる。そういう医者は、こちらの世界じゃ使い勝手がよくて、大事にされる。ただ先生の場合、医者の肩書き云々だけじゃなく、佐伯家という立派な家の名のほうがネックだ。官僚にならなかった次男が、よりによってヤクザと深い仲になっていると知ったら――、佐伯家以外にも波紋は広がりそうだな」
「ぼくの知る佐伯家なら、トラブルを揉み消したうえで、簡単にぼくを見捨てただろうけど、今は……どうだろう。兄の国政出馬の件もあって、とにかく面倒で、大事になるだろうな。それこそ、政治家まで乗り出すかもしれない」
ここで和彦はふと、守光がしてくれた話を思い出す。昔、和彦の父親である俊哉のトラブル処理を頼まれたとき、間を取り持ったのは政治家だと言っていた。ヤクザと政治家も、必要があれば互いに利用し合うことがあるのだ。官僚として絶大な影響力を持っている現在の俊哉であれば、その政治家を利用することすら容易だろう。
和彦が総和会と長嶺組の庇護下にあると知ったとき、俊哉は果たしてどう動くのであろうか――。
急に不吉なものを感じ、和彦はわずかに身じろぐ。
「先生?」
抱いた肩を撫でて、賢吾が呼びかけてくる。我に返った和彦は、顔を強張らせたまま語った。
「……ぼくはいままで、佐伯家に必要とされてこなかった。ぼくも、それを受け入れて、早々に佐伯家には見切りをつけていた。そういう関係で、問題なくやってこれた。だけど今は、事情が変わってきている。本来なら、あの家族がぼくの行方を執念深く捜すなんて、ありえないんだ」
「長嶺の家も、大概変わった家族事情だと自覚はあるんだが、先生の家には敵わねーな。少なくとも俺は、大学辞めてふらふらしている千尋を自由にはさせていたが、それでもきっちり監視はしていた。何かあったとき、素早く対処できるようにな。もちろんこれは、長嶺の大事な跡継ぎだからという理由だけじゃない。俺なりに、千尋を可愛いと思っているからだ」
和彦は小さく声を洩らして笑うと、賢吾の肩に額を擦りつける。
「千尋と初めて話したとき、尻尾をブンブン振る、人懐こい犬っころみたいだった。家族から大事にされて育ったんだろうなと思ったんだ」
「その家族が、ヤクザの組長とは思いもしなかっただろ?」
「ああ……。千尋に外面のよさに、すっかり騙された」
今度は賢吾が声を洩らして笑い、和彦のうなじや髪の付け根をまさぐりながら、実にさりげなく提案してきた。
「――佐伯家の面倒が嫌なら、本当に俺の養子になるか? 前回同じことを言ったら、先生にはあっさり受け流されたが、俺はかまわんぞ」
「何も、先生を愛人として紹介して回るわけじゃない。ただ、総和会会長にとって大事な存在だと、知らしめるだけだ。それにこの世界、男気に惚れた腫れたは珍しくない。それが過ぎて〈契り〉を結ぶ奴らもいる。もちろん、男同士のそういう関係に抵抗のある連中もいるが、それもひっくるめて、この世界じゃ馴染んでいる慣習の一つだ。先生のように、堅気だったにもかかわらず、物騒な男たちがオンナにしちまう場合もあるしな」
「……ぼくは、男気なんて欠片も持ち合わせてないぞ」
ぼそぼそと和彦が反論すると、賢吾にあごを掴み上げられる。ニヤニヤと笑って言われた。
「下手なヤクザより、よほど肝が据わってるじゃねーか、先生は」
和彦は眉をひそめると、あごを掴む賢吾の手を押しのける。缶に残っているビールを呷ると、短く息を吐き出した。
「開き直ってるだけだ。――ぼく個人に、捨てるものはないしな」
「そう言うな。そんな先生を、大事に大事に想っている〈男たち〉が悲しむぞ」
ヤクザが白々しいことを言うなと、内心強気に思ってはみたものの、意識しないまま和彦の頬は熱くなってくる。
どんな思惑があるのだろうかと、冴え冴えとした大蛇の目を覗き込んだが、柔らかい微笑を浮かべた賢吾からは、何も読み取れない。
和彦はテーブルに缶を置き、再び賢吾に肩を抱き寄せられるまま、体を預けた。
「――……花見会には出席するが、警察から職質を受けるような事態だけは避けたい。身元照会をされて、佐伯和彦という人間が総和会や長嶺組に守られていると知られたくないんだ」
保身のための要望に、和彦のどんな想いが込められているか、さすがに賢吾は正確に読み取ってくれた。
「先生が、ただの医者だったなら、そこまで神経質になる必要はないんだ。身を持ち崩して、医師免許を剥奪される医者は、世の中には何人もいる。そういう医者は、こちらの世界じゃ使い勝手がよくて、大事にされる。ただ先生の場合、医者の肩書き云々だけじゃなく、佐伯家という立派な家の名のほうがネックだ。官僚にならなかった次男が、よりによってヤクザと深い仲になっていると知ったら――、佐伯家以外にも波紋は広がりそうだな」
「ぼくの知る佐伯家なら、トラブルを揉み消したうえで、簡単にぼくを見捨てただろうけど、今は……どうだろう。兄の国政出馬の件もあって、とにかく面倒で、大事になるだろうな。それこそ、政治家まで乗り出すかもしれない」
ここで和彦はふと、守光がしてくれた話を思い出す。昔、和彦の父親である俊哉のトラブル処理を頼まれたとき、間を取り持ったのは政治家だと言っていた。ヤクザと政治家も、必要があれば互いに利用し合うことがあるのだ。官僚として絶大な影響力を持っている現在の俊哉であれば、その政治家を利用することすら容易だろう。
和彦が総和会と長嶺組の庇護下にあると知ったとき、俊哉は果たしてどう動くのであろうか――。
急に不吉なものを感じ、和彦はわずかに身じろぐ。
「先生?」
抱いた肩を撫でて、賢吾が呼びかけてくる。我に返った和彦は、顔を強張らせたまま語った。
「……ぼくはいままで、佐伯家に必要とされてこなかった。ぼくも、それを受け入れて、早々に佐伯家には見切りをつけていた。そういう関係で、問題なくやってこれた。だけど今は、事情が変わってきている。本来なら、あの家族がぼくの行方を執念深く捜すなんて、ありえないんだ」
「長嶺の家も、大概変わった家族事情だと自覚はあるんだが、先生の家には敵わねーな。少なくとも俺は、大学辞めてふらふらしている千尋を自由にはさせていたが、それでもきっちり監視はしていた。何かあったとき、素早く対処できるようにな。もちろんこれは、長嶺の大事な跡継ぎだからという理由だけじゃない。俺なりに、千尋を可愛いと思っているからだ」
和彦は小さく声を洩らして笑うと、賢吾の肩に額を擦りつける。
「千尋と初めて話したとき、尻尾をブンブン振る、人懐こい犬っころみたいだった。家族から大事にされて育ったんだろうなと思ったんだ」
「その家族が、ヤクザの組長とは思いもしなかっただろ?」
「ああ……。千尋に外面のよさに、すっかり騙された」
今度は賢吾が声を洩らして笑い、和彦のうなじや髪の付け根をまさぐりながら、実にさりげなく提案してきた。
「――佐伯家の面倒が嫌なら、本当に俺の養子になるか? 前回同じことを言ったら、先生にはあっさり受け流されたが、俺はかまわんぞ」
51
お気に入りに追加
1,391
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…



塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる