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第23話
(12)
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そうしているうちに車は、薄暗く人気のない小さな公園の側を通りかかり、駐車場に入った。エンジンを切った鷹津が口を開く。
「――グローブボックスを開けてみろ」
「えっ?」
「必要ないなら捨てようと思っていたが、そうもいかないようだからな。持って帰って、長嶺に見せてみろ。あいつなら、お前のために手を回してくれるはずだ」
そこまで言われて和彦は正面のグローブボックスを開けてみる。普段から整理していないのか、さまざまなものを押し込んであり、一番上に大判の封筒が窮屈そうに入っていた。
鷹津に言われるまま封筒を取り出し、和彦は首を傾げる。
「これは……?」
「花見会は、毎年同じ場所で催される。これは、総和会と県警との取り決めのようなものだ。総和会は、なんとしても行事を行いたいし、県警としても、毎年場所を変更されて、そのたびに警備を見直す時間も予算もかけられない。そういう理由もあって、互いに威嚇し合いながらも、大きなトラブルを起こさずにやってきた。だけど今年は少し様子が違う」
そこまで言って鷹津は、封筒を指先で軽く弾いた。
「今年の県警は、気合いが入っているぞ。厳戒態勢を敷くと、うちの課長が息巻いている。その手始めに、警官の動員数を増やすそうだ。――例年、大物幹部は、あらかじめ知らされている警備の手薄な場所から、花見の会場に入っている。そうやって、警察との接触を避けてきた。警察とヤクザとの癒着……と言うなよ。下手に職質をかけると、護衛についている組員たちが興奮して、手がつけられなくなるんだ。そんな事態を避けるための、苦渋の決断だ。表向きは」
「その口ぶりだと、今年は大物だろうが容赦しない、ということか」
「所持品検査ぐらいはさせてもらうつもりだ。拒めば、のん気に花見なんぞできない状況に追い込む」
それは困る、と和彦は心の中で呟く。物騒なものを持ち歩く必要のない和彦自身は、所持品を調べられるぐらいはかまわないが、それと同時にまず確実に行われるのは、身元照会だろう。医師という肩書きのため、医師会に問い合わせでもされたら、現在は何をしているか追及されるのは目に見えている。
「こういう状況になったのは、ヤクザ連中の自業自得だ。交番勤務に飛ばされた俺が、また県警本部に戻れたのは、いくつかの小さな組が、薬絡みで不穏な動きをしているという情報があったからだ。俺は、よくも悪くも組の人間とのつき合いに慣れていて、その辺りの働きを見込まれた。――ヤクザを憎む悪徳刑事として」
「つまり警察は、薬の件に総和会のどこかの組が噛んでいると踏んでいるのか?」
「総和会は、薬の扱いはご法度だろ。一応」
鷹津がニヤリと笑いかけてきて、和彦は唇を引き結ぶ。かつて賢吾に言われた内容は、しっかりと覚えていた。
裏の世界では、建前と理屈を都合よく使い分けている。総和会には、組員が薬物で検挙されれば、その組員がいる組は即除名という会則があるという。しかし、その会則にはしっかりと抜け道があり、それを熟知している組は巧くやっているのだ。
「……ぼくは、その辺りのことは本当に何も知らないからな」
「俺も、お前とそんな色気のない話をする気はない」
そう言って鷹津が頬を撫でてくる。和彦は思わず手を振り払おうとしたが、反対に手首を掴まれた。
「封筒に入っているのは、花見がある会場と、その周辺の地図だ。去年までの警備態勢について細かく書き込んである。そこに、俺が今日までに得た情報を追加した。花見の会場は、個人所有のでかい屋敷だ。その隣の敷地は、市が所有している自然公園で、一般公開されている。ヤクザ一行が紛れ込んだら目立つだろうが、見た目は堅気のお前なら、問題なく客のふりして入れるだろ。公園と屋敷の庭は、一部が接していて、昔使っていた非常用の出入り口がある」
「そこから入れということか……」
「手はずは、長嶺に考えてもらえ。今話した内容についても、あの男なら上手く扱うはずだ。俺はただ、お前相手に世間話をして、お前がその世間話を誰に漏らそうが、俺は関知しない」
和彦は、手にした封筒と、鷹津の顔を交互に見る。素直には認めたくないが、鷹津は和彦の身の安全のために、こちらが求める前に動いたのだ。こういう場合、鷹津がどんなに嫌な男だとしても、人として言っておくべき一言がある。
「ありが――」
「俺は、ただ働きはしない。お前から餌をもらうために動いたんだ。その俺の働きを、礼儀正しい一言で片付けるなよ、佐伯」
芝居がかったような下卑た口調で言った鷹津が、舌なめずりをする。おぞましさに鳥肌が立ちそうになった和彦は、低い声で吐き出した。
「……嫌な、男だっ……」
「だが、お前の番犬だ」
「――グローブボックスを開けてみろ」
「えっ?」
「必要ないなら捨てようと思っていたが、そうもいかないようだからな。持って帰って、長嶺に見せてみろ。あいつなら、お前のために手を回してくれるはずだ」
そこまで言われて和彦は正面のグローブボックスを開けてみる。普段から整理していないのか、さまざまなものを押し込んであり、一番上に大判の封筒が窮屈そうに入っていた。
鷹津に言われるまま封筒を取り出し、和彦は首を傾げる。
「これは……?」
「花見会は、毎年同じ場所で催される。これは、総和会と県警との取り決めのようなものだ。総和会は、なんとしても行事を行いたいし、県警としても、毎年場所を変更されて、そのたびに警備を見直す時間も予算もかけられない。そういう理由もあって、互いに威嚇し合いながらも、大きなトラブルを起こさずにやってきた。だけど今年は少し様子が違う」
そこまで言って鷹津は、封筒を指先で軽く弾いた。
「今年の県警は、気合いが入っているぞ。厳戒態勢を敷くと、うちの課長が息巻いている。その手始めに、警官の動員数を増やすそうだ。――例年、大物幹部は、あらかじめ知らされている警備の手薄な場所から、花見の会場に入っている。そうやって、警察との接触を避けてきた。警察とヤクザとの癒着……と言うなよ。下手に職質をかけると、護衛についている組員たちが興奮して、手がつけられなくなるんだ。そんな事態を避けるための、苦渋の決断だ。表向きは」
「その口ぶりだと、今年は大物だろうが容赦しない、ということか」
「所持品検査ぐらいはさせてもらうつもりだ。拒めば、のん気に花見なんぞできない状況に追い込む」
それは困る、と和彦は心の中で呟く。物騒なものを持ち歩く必要のない和彦自身は、所持品を調べられるぐらいはかまわないが、それと同時にまず確実に行われるのは、身元照会だろう。医師という肩書きのため、医師会に問い合わせでもされたら、現在は何をしているか追及されるのは目に見えている。
「こういう状況になったのは、ヤクザ連中の自業自得だ。交番勤務に飛ばされた俺が、また県警本部に戻れたのは、いくつかの小さな組が、薬絡みで不穏な動きをしているという情報があったからだ。俺は、よくも悪くも組の人間とのつき合いに慣れていて、その辺りの働きを見込まれた。――ヤクザを憎む悪徳刑事として」
「つまり警察は、薬の件に総和会のどこかの組が噛んでいると踏んでいるのか?」
「総和会は、薬の扱いはご法度だろ。一応」
鷹津がニヤリと笑いかけてきて、和彦は唇を引き結ぶ。かつて賢吾に言われた内容は、しっかりと覚えていた。
裏の世界では、建前と理屈を都合よく使い分けている。総和会には、組員が薬物で検挙されれば、その組員がいる組は即除名という会則があるという。しかし、その会則にはしっかりと抜け道があり、それを熟知している組は巧くやっているのだ。
「……ぼくは、その辺りのことは本当に何も知らないからな」
「俺も、お前とそんな色気のない話をする気はない」
そう言って鷹津が頬を撫でてくる。和彦は思わず手を振り払おうとしたが、反対に手首を掴まれた。
「封筒に入っているのは、花見がある会場と、その周辺の地図だ。去年までの警備態勢について細かく書き込んである。そこに、俺が今日までに得た情報を追加した。花見の会場は、個人所有のでかい屋敷だ。その隣の敷地は、市が所有している自然公園で、一般公開されている。ヤクザ一行が紛れ込んだら目立つだろうが、見た目は堅気のお前なら、問題なく客のふりして入れるだろ。公園と屋敷の庭は、一部が接していて、昔使っていた非常用の出入り口がある」
「そこから入れということか……」
「手はずは、長嶺に考えてもらえ。今話した内容についても、あの男なら上手く扱うはずだ。俺はただ、お前相手に世間話をして、お前がその世間話を誰に漏らそうが、俺は関知しない」
和彦は、手にした封筒と、鷹津の顔を交互に見る。素直には認めたくないが、鷹津は和彦の身の安全のために、こちらが求める前に動いたのだ。こういう場合、鷹津がどんなに嫌な男だとしても、人として言っておくべき一言がある。
「ありが――」
「俺は、ただ働きはしない。お前から餌をもらうために動いたんだ。その俺の働きを、礼儀正しい一言で片付けるなよ、佐伯」
芝居がかったような下卑た口調で言った鷹津が、舌なめずりをする。おぞましさに鳥肌が立ちそうになった和彦は、低い声で吐き出した。
「……嫌な、男だっ……」
「だが、お前の番犬だ」
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