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第23話
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しおりを挟む長嶺の本宅から戻った和彦は、ゆっくりと風呂に浸かったあとも、体に残る気だるさを持て余していた。今晩は賢吾と体を重ねなかったが、自ら進んで淫らな行為に及んだのだ。身の内で荒れ狂った欲情は、セックスのそれと変わらない。
この気だるさは、激しい欲情に身を任せた代償だと、コーヒーを一口啜った和彦はため息をつく。
書斎に入り、簡単な書類仕事を片付けたものの、なんとなく手持ち無沙汰で落ち着かない。ソファで寛ぎながらテレビを観てもいいし、寝室のベッドに転がって本を読んでもいいのだが、そういう気分でもなかった。
厄介事が片付かないまま、どんどん積み重なっていくようで、少しでも思考を働かせていないと不安なのかもしれない。
里見のこと、守光との関係、そして、状況が理解できないまま出席することになった総和会の花見会と、どれも和彦にとっては重要な事案ばかりだ。
今晩、賢吾が言っていたことが引っかかっていた。
総和会に属する十一の組だけでなく、総和会に関わる外部の組織の人間たちも集まるという場で、特殊な立場にいる和彦が物見遊山のためだけにのこのこと出かけられるはずもなく、また、それが許されるとも思えない。
場に華を添えるために必要なのは、あくまで〈女〉だ。だったら、〈オンナ〉が必要とされる理由は、と考えてしまう。邪推で済めばいいが、和彦を花見会に呼びたがっているのは守光だ。裏がないとは言い切れない。
もっとも、どんな企みがあるにせよ、和彦に逆らう術はない。ただ力に身を委ねるだけだ。
和彦はコーヒーを飲み干すと、カップを手に立ち上がる。書斎を出ようとしたところで、デスクの上に置いた携帯電話が鳴った。慌ててデスクに戻って携帯電話を取り上げたが、次の瞬間、和彦は意識しないまま顔をしかめていた。電話の相手は、鷹津だった。
「――……こんな時間になんだ」
不機嫌さを隠しもせずに電話に出ると、鷹津が癇に障る笑い声を洩らす。
『こちらの予想通りの応対だな』
「ぼくをからかうためにかけてきたんなら、切るぞ」
『今、マンションにいるのか?』
「……ああ」
警戒しながら答えた和彦は、携帯電話を耳に当てたままキッチンに向かい、カップをシンクに置く。
『長嶺はいるのか?』
「いや――」
『聞きたいことがあるから、出てこい。マンションの前で待っている』
あまりに簡単に言われ、和彦は咄嗟に声が出なかった。すると、苛立ったような鷹津の声が耳に届く。
『おい、佐伯、聞いてるのか』
「聞いて、る……。あんたもう、マンションに来ているのか?」
『ああ。だから早く出てこい。どこかに遠出するわけじゃないから、格好はパジャマでもいいぞ。どうせすぐに済む用だ』
すぐに済む用ではあるが、電話では済まない用なのかと、細かな点が気になりながら電話を切る。鷹津の言葉を真に受けてパジャマで外出するわけにもいかず、和彦はパンツと長袖のTシャツに着替え、その上からジャケットを羽織ると、部屋の鍵と携帯電話だけを掴んで慌しく出かける。
エントランスに降りると、外に面したガラスの向こうに鷹津が立っていた。いかにも仕事終わりといった様子のくたびれたスーツ姿で、和彦を見るなり、唇を歪めるようにして笑いかけてくる。和彦は唇を引き結び、きつい眼差しを向ける。
鷹津に伴われて、マンション前に停まった車に乗り込む。
「――……聞きたいことってなんだ」
鷹津が運転席のドアを閉めると同時に、和彦は口を開く。しかし鷹津は、素っ気なく一瞥をくれてこう言った。
「シートベルトを締めろ」
「話だけなら、別にここで――」
「こんなところに車を停めていると、誰が近寄ってくるかわからんぞ。なんといっても、お前を気にかけている男は多いからな。俺と逢引している様を見せびらかしたいなら、それでもかまわんが」
和彦は横目で鷹津を睨みつけて、渋々車を出すことを認める。
「どこに行くんだ」
車が走り出すと、とりあえず和彦は尋ねる。すぐに済む用なら、あえて組に連絡を入れる必要はないが、行き先によってはそういうわけにもいかない。
「どこにも行かない。話をする間、この辺りをぐるぐる回るだけだ。ちょっとしたドライブだとでも思えばいい」
「……ドライブはもっと楽しいものじゃないのか」
「見解の相違だな」
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