血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
493 / 1,268
第23話

(4)

しおりを挟む



 汗に濡れた茶色の髪に指を絡めていると、何かを思い出したように千尋が顔を上げる。和彦の腕の付け根辺りに顔を埋めておとなしくしていたため、とっくに眠ったのかと思ったが、こちらを見上げてくる千尋の目は、まだ爛々と輝いている。
 行為のあとの気だるさを持て余している和彦とは、大違いだ。
「どうした?」
「今晩、じいちゃんと飲んだときさ――」
 この状況での守光の話題に、和彦は微妙な表情となる。いくら千尋に知られたとはいっても、取り澄ました顔ができるほど、図太い神経はしていないのだ。正直、守光との関係に対して、まだ戸惑っている最中だ。
「花見会の話題が出たんだ」
「……先日会長と旅行に行ったとき、少し説明してもらった。警察からは、総会と呼ばれていると……」
「そうだよ。警察にとっては、春の訪れを感じる行事らしいよ。なんといっても、大物ヤクザが勢揃いだから、対応が大変だ」
 腕枕をしている和彦の腕が痺れるとでも思ったのか、ごそごそと身じろいだ千尋が頭を上げる。
「新年会は、あくまで身内のための会なんだ。総和会に名を連ねる十一の組の人間しか参加が許されない。だけど花見会は、それ以外の組や団体からも人が集まる。この世界の人間は注目してるんだよ。今年はどこに、総和会会長からの招待状が届くか、って。総和会からの覚えがめでたいと、けっこう美味しい思いはできるし、揉め事にも利用できるから」
「ぼくの理解している花見とは、ずいぶん規模が違いそうだな」
「すごいよー。でかい屋敷を貸し切ってさ。そこの庭で花見するんだけど、右を見ても、左を見てもヤクザばかり。俺は高校生の頃、オヤジに連れられて一度だけ行った。別に楽しくはなかったけど、気前のいいおっさんたちが、やたら小遣いくれるんだ」
「お前は変なところで大物というか、無邪気というか……」
 いまさらながら、千尋がどれだけすごい環境で過ごしてきたのか痛感する。何よりすごいのは、そんな環境で揉まれてきながら、千尋が底なしの甘ったれだということだ。
 和彦が髪を撫でてやると、千尋は心地よさそうに目を細め、顔を寄せてくる。唇を触れ合わせるだけのキスを繰り返しながら、話を続ける。
「――で、その花見会に、今回は先生を招待するってさ」
「ぼくを?」
「ちょっとややこしいんだけど、先生はあくまで長嶺組お抱えの医者という立場だから、花見会に出席するなら、長嶺組組長であるオヤジか、その名代の同行者としてなんだ。――本来なら」
「その口ぶりだと……」
 軽く眉をひそめた和彦の機嫌を取るように、千尋が唇を吸ってきた。
「そう。じいちゃんが言ったんだ。先生を、総和会会長の個人的な客として招待したい、って」
「それは……困る。そんな場に顔を出して、ぼくはどうすればいいんだ」
「誰かが面倒見てくれるよ。そう、難しいことをする場じゃないし。いい機会だから、総和会の行事を体験してくればいい」
「……と、会長が言ったのか?」
 和彦の眼差しを受け、千尋が困ったような表情を見せる。
「じいちゃんが先生に招待状を渡すと言ったら、いくら俺でも止めようがないんだ」
「つまり、ぼくに断る権利もないということか」
「断りたい?」
 その問いかけは卑怯じゃないかと思い、和彦は口ごもる。面子を重んじる世界で、守光が招待するというのに、それをすげなく断る勇気はない。総和会と長嶺組、祖父と息子・孫の関係を考えればなおさらだ。
「ぼくは華やかな場で、上手く立ち回れるほど要領はよくないからな」
「いいよ。先生は美味いもの食って、桜の花見てたらいいよ。……あー、花見会の頃はまだ、桜は満開じゃないかな」
 総和会主催の花見会に出席するような者たちが、桜の開花具合などさほど気にかけるとも思えない。ただ、口にするのは野暮だろう。
「あっ、俺は顔を出せないから。正式な跡目の披露目式はまだだけど、成人したから、一応長嶺組の跡取りとして認められたことになってるんだ。で、青二才の跡取りは、花見会に顔を出す資格はないってさ」
「……総和会会長の孫だろうが、しっかりケジメはつけるということか」
「総和会の中だけの行事じゃないから、仕方ないね。普段はさんざん、特別扱いされてるわけだし」
 千尋は甘ったれでわがままではあるが、それが過ぎて暴君のように振る舞うことはない。育ってきた環境のせいか、組織の中での自分の在り方をよく心得ていた。

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

朝起きたら幼なじみと番になってた。

オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。 隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた 思いつきの書き殴り オメガバースの設定をお借りしてます

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

処理中です...