血と束縛と

北川とも

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第23話

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 汗に濡れた茶色の髪に指を絡めていると、何かを思い出したように千尋が顔を上げる。和彦の腕の付け根辺りに顔を埋めておとなしくしていたため、とっくに眠ったのかと思ったが、こちらを見上げてくる千尋の目は、まだ爛々と輝いている。
 行為のあとの気だるさを持て余している和彦とは、大違いだ。
「どうした?」
「今晩、じいちゃんと飲んだときさ――」
 この状況での守光の話題に、和彦は微妙な表情となる。いくら千尋に知られたとはいっても、取り澄ました顔ができるほど、図太い神経はしていないのだ。正直、守光との関係に対して、まだ戸惑っている最中だ。
「花見会の話題が出たんだ」
「……先日会長と旅行に行ったとき、少し説明してもらった。警察からは、総会と呼ばれていると……」
「そうだよ。警察にとっては、春の訪れを感じる行事らしいよ。なんといっても、大物ヤクザが勢揃いだから、対応が大変だ」
 腕枕をしている和彦の腕が痺れるとでも思ったのか、ごそごそと身じろいだ千尋が頭を上げる。
「新年会は、あくまで身内のための会なんだ。総和会に名を連ねる十一の組の人間しか参加が許されない。だけど花見会は、それ以外の組や団体からも人が集まる。この世界の人間は注目してるんだよ。今年はどこに、総和会会長からの招待状が届くか、って。総和会からの覚えがめでたいと、けっこう美味しい思いはできるし、揉め事にも利用できるから」
「ぼくの理解している花見とは、ずいぶん規模が違いそうだな」
「すごいよー。でかい屋敷を貸し切ってさ。そこの庭で花見するんだけど、右を見ても、左を見てもヤクザばかり。俺は高校生の頃、オヤジに連れられて一度だけ行った。別に楽しくはなかったけど、気前のいいおっさんたちが、やたら小遣いくれるんだ」
「お前は変なところで大物というか、無邪気というか……」
 いまさらながら、千尋がどれだけすごい環境で過ごしてきたのか痛感する。何よりすごいのは、そんな環境で揉まれてきながら、千尋が底なしの甘ったれだということだ。
 和彦が髪を撫でてやると、千尋は心地よさそうに目を細め、顔を寄せてくる。唇を触れ合わせるだけのキスを繰り返しながら、話を続ける。
「――で、その花見会に、今回は先生を招待するってさ」
「ぼくを?」
「ちょっとややこしいんだけど、先生はあくまで長嶺組お抱えの医者という立場だから、花見会に出席するなら、長嶺組組長であるオヤジか、その名代の同行者としてなんだ。――本来なら」
「その口ぶりだと……」
 軽く眉をひそめた和彦の機嫌を取るように、千尋が唇を吸ってきた。
「そう。じいちゃんが言ったんだ。先生を、総和会会長の個人的な客として招待したい、って」
「それは……困る。そんな場に顔を出して、ぼくはどうすればいいんだ」
「誰かが面倒見てくれるよ。そう、難しいことをする場じゃないし。いい機会だから、総和会の行事を体験してくればいい」
「……と、会長が言ったのか?」
 和彦の眼差しを受け、千尋が困ったような表情を見せる。
「じいちゃんが先生に招待状を渡すと言ったら、いくら俺でも止めようがないんだ」
「つまり、ぼくに断る権利もないということか」
「断りたい?」
 その問いかけは卑怯じゃないかと思い、和彦は口ごもる。面子を重んじる世界で、守光が招待するというのに、それをすげなく断る勇気はない。総和会と長嶺組、祖父と息子・孫の関係を考えればなおさらだ。
「ぼくは華やかな場で、上手く立ち回れるほど要領はよくないからな」
「いいよ。先生は美味いもの食って、桜の花見てたらいいよ。……あー、花見会の頃はまだ、桜は満開じゃないかな」
 総和会主催の花見会に出席するような者たちが、桜の開花具合などさほど気にかけるとも思えない。ただ、口にするのは野暮だろう。
「あっ、俺は顔を出せないから。正式な跡目の披露目式はまだだけど、成人したから、一応長嶺組の跡取りとして認められたことになってるんだ。で、青二才の跡取りは、花見会に顔を出す資格はないってさ」
「……総和会会長の孫だろうが、しっかりケジメはつけるということか」
「総和会の中だけの行事じゃないから、仕方ないね。普段はさんざん、特別扱いされてるわけだし」
 千尋は甘ったれでわがままではあるが、それが過ぎて暴君のように振る舞うことはない。育ってきた環境のせいか、組織の中での自分の在り方をよく心得ていた。

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