血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
490 / 1,268
第23話

(1)

しおりを挟む




 玄関のドアを開けた途端、千尋が抱きついてくる。驚きで目を見開いた和彦は、次の瞬間には思いきり顔をしかめた。
「……酒臭い」
 傍迷惑なほど人懐こい犬のように、千尋は容赦なく和彦の首にしがみつき、体重をかけてくる。和彦はよろめきながらも千尋の体を支え、玄関の外に立っている男に視線を向ける。千尋の護衛についている組員で、申し訳なさそうに頭を下げた。
「先生、すみません。千尋さんがどうしても、こちらに寄りたいとおっしゃるものですから――」
 十分ほど前に急に電話がかかってきて、やけに上機嫌な千尋から、今からマンションに行くと言われたのだ。そのためこうして出迎えたのだが、ここまで千尋が酔っ払っているとは思わなかった。
「それはかまわないが、こいつがこんなに酔っ払うのも珍しいな」
「先代たちとご一緒されていたんです。かなり酒を勧められたようで、店から出てきたときにはこの状態で」
「先代って……」
「――じいちゃんのこと」
 ぼそぼそと千尋が答え、間近から見つめてくる。本能的に感じるものがあった和彦は、表情を押し隠しつつ組員に告げた。
「あとはぼくが面倒を見るから、朝、迎えにきてくれ」
 千尋を支えながらドアを閉めると、苦労して靴を脱がせ、半ば引きずるようにして寝室に連れて行く。
 多少乱暴に千尋の体をベッドに転がし、和彦はその上に遠慮なく馬乗りになる。いまさら、長嶺の男が突然部屋にやってきたところで、和彦は気を悪くしない。千尋の上に馬乗りになったのも、もちろん首を絞めるためなどではなく、身につけているものを脱がせるためだ。
 千尋は目を閉じ、されるがままになっている。基本的に甘ったれ気質の男なので、あれこれと世話を焼かれるのが好きなのだ。
「千尋、水を持ってこようか?」
 なんとかジャケットを脱がせてから問いかけると、千尋が薄く目を開ける。
「あとでいい。……先生、全部脱がせて」
「甘えるな」
 そう応じながらも和彦はネクタイを解き、ワイシャツのボタンも外していく。すると千尋が、酔っているとは思えない明晰な声で話し始めた。
「今晩、じいちゃんに言われた。先生は――総和会会長のオンナになったって」
 一瞬手を止めた和彦だが、ふっと息を吐き出してスラックスのベルトを緩める。
「……そうか」
「俺は、じいちゃんが怖いよ。だけど一方で、ものすごく頼りにしてる。じいちゃんが後ろ盾にいる限り、この世界で怖いものなんてないと思ってる。こういうのを、虎の威を借る狐って言うんだろうな。もっとも、じいちゃんの背中にいるのが狐なんだけどさ。……俺は、じいちゃんとオヤジに守られている頼りない犬っころだ。俺一人じゃ、何もできない」
 拗ねているわけでも、不貞腐れているわけでもなく、千尋は自分の未熟さを噛み締めるように話す。
「俺、先生を手放したくないから、最初にオヤジと組を利用したんだ。ヤクザが囲っている限り、先生は俺の側から逃げられない。俺のオンナでいてくれるって。先生は、三田村や鷹津とも寝ているけど、俺はなんとなく、先生は巣を作っているんだと感じている」
「巣?」
「この世界で、先生がぬくぬくと暮らせる場所。オヤジが価値を認めた男たちと寝て、先生はそれを作っているんだ」
 千尋の表現は、なんとなく和彦の中でしっくりときた。和彦が現在関係を持っている男たちは、賢吾が認めているだけあって、和彦に危害を加えることはない。その男たちと体を重ねることで、和彦はどんどん物騒な世界から抜け出せなくなっている。それどころか、心地いいとすら思っている。
 ここで和彦の脳裏に、つい先日、中嶋と『寝た』光景が蘇る。
 千尋は、和彦の交友関係――というより男関係を把握はしているだろうが、和彦が中嶋を抱くとは思いもしなかったはずだ。和彦自身、千尋どころか、賢吾にすらまだ打ち明けていなかった。
 ただ、知られるのは時間の問題だと思っている。
 一方、中嶋との関係を認めている賢吾は果たして、和彦がここまでの行為に及ぶと想定していただろうかと考えるのだ。仮に知ったとして、あの男は怒ったりはしないだろう。
『ぬくぬくと暮らせる場所』を和彦がせっせと作り上げていることに、ゆったりと笑むかもしれない。
 賢吾は、和彦を裏の世界に閉じ込めておくためなら、手段を選ばない男だ。
「先生が俺以外の男と寝てることに何も感じないわけじゃないけど、でも、先生が側からいなくなるよりずっといい。将来は、俺だけのものになる予定だし」
 最後の千尋の言葉は、返事のしようがなかった。千尋の中には、和彦に飽きる、という選択肢はまだないようだ。

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...