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第22話
(20)
しおりを挟む「――賢吾が、あんたのための着物をあつらえさせていると聞いた」
守光の言葉に、シートの上で和彦はわずかに身じろぐ。
寛ぐよう言われたが、総和会会長と並んで車の後部座席に座っていて、背筋を伸ばす以外の姿勢を取れるはずもない。やはりどうしても、緊張してしまうのだ。
そんな和彦を見て、守光は口元に淡い笑みを浮かべる。
「旅行にも一緒に行ったのに、まだ、わしに慣れんかね?」
「いえっ……、突然のことで、驚いているだけで……」
クリニックでの仕事を終え、いつものように護衛の組員が運転する車で帰宅していたのだが、途中、あるビルの地下駐車場に入ったかと思ったら、隣に停まっている車に移るよう言われた。そして、今のこの状況だ。
守光は、ビル内にある料亭で会食を終えたところで、これから別の店に向かうそうだ。そう、守光が決めたのなら、和彦は付き従うしかない。
濃いスモークフィルムが貼られたウィンドーから、外を流れる夕方の街並みはあまりよく見えない。この車は、総和会会長の身を守るための動く要塞だ。見た目からして威圧感に溢れており、その前後を護衛の車が守っている。
こういう状況に身を置いていると、自分は総和会会長のオンナになったのだと、不思議な感慨をもって実感できる。まだ現実味は乏しいのだが、紛れもない事実だ。
ただ、守光が相手だと、どう振る舞えばいいのかいまだにわからない。賢吾と知り合った当初もわけがわからないまま振り回されていたが、そうしているうちに、あの大蛇の化身のような男に慣れていった。
しかし守光は――。
一瞬見ただけでの、九尾の狐の刺青を思い出し、和彦は小さく身震いする。あれは触れてはならないものだと、本能が訴えていた。
身を固くしている和彦の膝の上に、あくまで自然に守光の手が置かれる。
「そう、着物の話だ。せっかくだから、わしもあんたに着物を仕立てて贈ろうと思っている。この先、何枚あっても困らんものだ」
遠慮の言葉が咄嗟に口をついて出そうになったが、守光の強い眼差しを向け、その気が一瞬にして萎える。和彦は少し考えて、おずおずと口を開いた。
「……気にかけていただいて嬉しいですが、ぼくはまだ着付けがまったくできないんです。せっかく贈っていただいても、申し訳ないというか……」
「大事に仕舞っておかずに、いつでも取り出して着付けの練習をすればいい。そのために贈るようなものだ。着こなせるようになったら、また新しい着物を贈ろう」
守光の口調は柔らかだが、賢吾に負けず劣らず押しが強い。どんどん言葉を重ね、和彦からたった一つの答えをもぎ取ろうとしてくる。
「賢吾さんは……気を悪くしないでしょうか?」
「父と息子で、張り合うように同じものを贈り、それをあんたは受け取る。人によっては、下衆な勘ぐりをしたくなる話だな。あんたはさしずめ、魔性の〈オンナ〉といったところだろうな」
楽しげに守光が低く笑い声を洩らし、和彦は顔をしかめる。つい、控えめに抗議していた。
「ぼくは、笑えません。最初に着物を贈ると言ってくれた賢吾さんの気持ちを思うと……。思惑があるにせよ、ぼくのためにいろいろと考えて、お金を使ってくれたんです。その、賢吾さんの面子を潰すことにならないか、それが心配なんです」
「息子のことをそこまで考えてくれて、ありがとう、と礼を言っておこう」
膝に置かれていた守光の手が動き、今度は肩にかかる。抱き寄せられて促されるまま、守光との距離を詰めて座り直した。
和彦の耳元で、守光は太く艶のある声を際立たせるように囁いた。
「――まだ自覚が乏しいようだから、あえてはっきり言おう。あんたは今は、賢吾や千尋だけではなく、長嶺守光のオンナでもある。わしの隣にいるときは、わしの面子を考えるんだ」
和彦は息を詰め、ぎこちなく守光の顔を間近から見る。冷徹な光を湛えた両目に射竦められたが、すぐに守光は目元を和らげた。
「あんたは、総和会会長のたった一人のオンナだ。そのうち嫌でも、このことは総和会の外にも知られるようになる。あんたの性別は関係ない。わしが、息子と孫のオンナに手をつけたという事実が大事なんだ」
守光の指に頬をくすぐられ、和彦はピクリと体を震わせた。
「総和会と長嶺組は、長嶺の血以外のもので繋がることになる。あんたという存在だ」
両足の中心に、守光のもう片方の手が堂々と這わされる。まさぐられ、押さえつけられたところで、たまらず和彦は小さく声を洩らす。無意識のうちに腰が逃げそうになるが、シートに座っている状況では身動きが取れない。何より、守光の静かな迫力に完全に呑まれていた。
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