483 / 1,268
第22話
(20)
しおりを挟む「――賢吾が、あんたのための着物をあつらえさせていると聞いた」
守光の言葉に、シートの上で和彦はわずかに身じろぐ。
寛ぐよう言われたが、総和会会長と並んで車の後部座席に座っていて、背筋を伸ばす以外の姿勢を取れるはずもない。やはりどうしても、緊張してしまうのだ。
そんな和彦を見て、守光は口元に淡い笑みを浮かべる。
「旅行にも一緒に行ったのに、まだ、わしに慣れんかね?」
「いえっ……、突然のことで、驚いているだけで……」
クリニックでの仕事を終え、いつものように護衛の組員が運転する車で帰宅していたのだが、途中、あるビルの地下駐車場に入ったかと思ったら、隣に停まっている車に移るよう言われた。そして、今のこの状況だ。
守光は、ビル内にある料亭で会食を終えたところで、これから別の店に向かうそうだ。そう、守光が決めたのなら、和彦は付き従うしかない。
濃いスモークフィルムが貼られたウィンドーから、外を流れる夕方の街並みはあまりよく見えない。この車は、総和会会長の身を守るための動く要塞だ。見た目からして威圧感に溢れており、その前後を護衛の車が守っている。
こういう状況に身を置いていると、自分は総和会会長のオンナになったのだと、不思議な感慨をもって実感できる。まだ現実味は乏しいのだが、紛れもない事実だ。
ただ、守光が相手だと、どう振る舞えばいいのかいまだにわからない。賢吾と知り合った当初もわけがわからないまま振り回されていたが、そうしているうちに、あの大蛇の化身のような男に慣れていった。
しかし守光は――。
一瞬見ただけでの、九尾の狐の刺青を思い出し、和彦は小さく身震いする。あれは触れてはならないものだと、本能が訴えていた。
身を固くしている和彦の膝の上に、あくまで自然に守光の手が置かれる。
「そう、着物の話だ。せっかくだから、わしもあんたに着物を仕立てて贈ろうと思っている。この先、何枚あっても困らんものだ」
遠慮の言葉が咄嗟に口をついて出そうになったが、守光の強い眼差しを向け、その気が一瞬にして萎える。和彦は少し考えて、おずおずと口を開いた。
「……気にかけていただいて嬉しいですが、ぼくはまだ着付けがまったくできないんです。せっかく贈っていただいても、申し訳ないというか……」
「大事に仕舞っておかずに、いつでも取り出して着付けの練習をすればいい。そのために贈るようなものだ。着こなせるようになったら、また新しい着物を贈ろう」
守光の口調は柔らかだが、賢吾に負けず劣らず押しが強い。どんどん言葉を重ね、和彦からたった一つの答えをもぎ取ろうとしてくる。
「賢吾さんは……気を悪くしないでしょうか?」
「父と息子で、張り合うように同じものを贈り、それをあんたは受け取る。人によっては、下衆な勘ぐりをしたくなる話だな。あんたはさしずめ、魔性の〈オンナ〉といったところだろうな」
楽しげに守光が低く笑い声を洩らし、和彦は顔をしかめる。つい、控えめに抗議していた。
「ぼくは、笑えません。最初に着物を贈ると言ってくれた賢吾さんの気持ちを思うと……。思惑があるにせよ、ぼくのためにいろいろと考えて、お金を使ってくれたんです。その、賢吾さんの面子を潰すことにならないか、それが心配なんです」
「息子のことをそこまで考えてくれて、ありがとう、と礼を言っておこう」
膝に置かれていた守光の手が動き、今度は肩にかかる。抱き寄せられて促されるまま、守光との距離を詰めて座り直した。
和彦の耳元で、守光は太く艶のある声を際立たせるように囁いた。
「――まだ自覚が乏しいようだから、あえてはっきり言おう。あんたは今は、賢吾や千尋だけではなく、長嶺守光のオンナでもある。わしの隣にいるときは、わしの面子を考えるんだ」
和彦は息を詰め、ぎこちなく守光の顔を間近から見る。冷徹な光を湛えた両目に射竦められたが、すぐに守光は目元を和らげた。
「あんたは、総和会会長のたった一人のオンナだ。そのうち嫌でも、このことは総和会の外にも知られるようになる。あんたの性別は関係ない。わしが、息子と孫のオンナに手をつけたという事実が大事なんだ」
守光の指に頬をくすぐられ、和彦はピクリと体を震わせた。
「総和会と長嶺組は、長嶺の血以外のもので繋がることになる。あんたという存在だ」
両足の中心に、守光のもう片方の手が堂々と這わされる。まさぐられ、押さえつけられたところで、たまらず和彦は小さく声を洩らす。無意識のうちに腰が逃げそうになるが、シートに座っている状況では身動きが取れない。何より、守光の静かな迫力に完全に呑まれていた。
41
お気に入りに追加
1,391
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

朝起きたら幼なじみと番になってた。
オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。
隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた
思いつきの書き殴り
オメガバースの設定をお借りしてます
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる