479 / 1,267
第22話
(16)
しおりを挟む
和彦は勢いよく立ち上がる。覚悟を決めた以上、のぼせそうになるまで湯に浸かっているわけにもいかない。和彦がどれだけ迷い、悩もうが、大事なのは賢吾がどう反応するかなのだ。
なんといっても、和彦を〈オンナ〉扱いした最初の男だ。よくも悪くも、和彦にとって賢吾は、特別な存在だった。
浴衣を着込むと、髪も乾かさずにまっすぐ賢吾の部屋へと戻る。すでに二組の布団を並べて敷いてあった。その中央に、浴衣に着替えた賢吾があぐらをかいて座っていた。
賢吾に軽く手招きされ、和彦は緊張しながら布団の上にあがる。すかさず腕を掴まれて強引に引き寄せられた。よろめき、倒れ込みそうになるが、その前に賢吾の両腕の中に閉じ込められ、背後からがっちりと抱き締められた。力強い腕の感触に和彦は、怯えではなく心地よさを感じた。
「数えきれないぐらい抱き締めているのに、飽きねーな、先生の体の感触は」
耳に唇が押し当てられ、官能的なバリトンに囁かれる。ゾクゾクするような疼きが背筋を駆け上がり、和彦は小さく声を洩らしていた。
「――先生が旅行に出かけた日、この感触をオヤジが味わっているのかと思ったら、さすがの俺も胸の奥がザワザワした」
「えっ……」
思いがけない賢吾の言葉に反射的に和彦は振り返ろうとしたが、耳朶に歯が立てられて動けなかった。一瞬感じた痛みは、すぐに肉の疼きへと姿を変える。湯上がりの和彦の体は、熱が冷めるどころか、燃えそうなほど熱くなっていく。
「先生の存在は、オヤジにとっても特別なようだ。いままであの〈化け狐〉は、俺が誰と寝ようが興味を示したことはなかった。それこそ、息子のオンナに手を出すなんざ、天地がひっくり返ってもありえないことだった。――先生が現れるまではな」
話しながら賢吾の手は油断なく動き、浴衣の裾を割って、両足の奥へと入り込んでくる。内腿を撫でられたかと思うと、無遠慮な手つきで下着を脱がされる。さすがに和彦は拒もうとしたが、もう片方の手が喉にかかり、軽く圧迫される。それだけで和彦の抵抗の意思は潰えた。
「俺も、自分の息子の〈恋人〉に手を出して、体よく取り上げたんだ。しかも、千尋と違って、単なる色恋だけで行動したわけじゃない。先生に利用価値があると判断したうえで、モノにしたんだ。それとまったく同じことを、今度は俺のオヤジがした。これで俺が怒り狂ったら、理屈が通らない」
「……長嶺の男の理屈は、ぼくには理解しにくい。自分勝手で、強引で……」
和彦が控えめに非難すると、喉にかけた手を外した賢吾は、熱い舌で首筋をベロリと舐め上げてくる。
「極道だからな。自分がやりたいようにやるが、通すべき筋ってものもある。ただし、上から下へ、親から子へと求める、一方通行の筋だ。力でしかものを言えないこの世界を生きて、治めるってのは、そういうことだ。先生は今の生活を送る限り、どんなに苦くて不味い理屈でも、呑み込まざるをえない。頭のいい先生は、それがわかっているから――」
賢吾に手荒く欲望を掴まれ、和彦は息を詰める。一瞬本気で、握り潰されることを覚悟していた。
「長嶺守光のオンナになったんだろ?」
和彦はおずおずと振り返り、間近にある賢吾の顔を見つめる。大蛇を潜ませた目から、まるで陽炎のような激情の炎が透けて見える。
「先生と長嶺の男は、妙に相性がいい。俺や千尋だけじゃなく、オヤジとも体が馴染んでも不思議じゃない。先生が、長嶺の男を骨抜きにすればするほど、この世界に深入りして、抜け出せなくなる。表の世界に逃げられるぐらいなら、化け狐の爪にがっちりと押さえ込んでもらったほうがいい……と、俺なりに計算はしてあったんだがな」
淡々と言葉を重ねる賢吾の迫力に呑まれ、和彦は瞬きもできない。そんな和彦の唇を、賢吾は傲慢に貪り始める。
自惚れかもしれないが、賢吾に執着されていると伝わってくるような口づけだった。
「――……会長の刺青は、たまたま見たんだ。朝、会長が着替えているときに、偶然ぼくが目を覚まして……。一瞬しか見えなかった。でも、怖かった」
口づけの合間に和彦が訴えると、喉を鳴らすようにして賢吾は笑った。
「先生は、物騒な男が入れている、物騒な刺青を可愛がるのが好きなんじゃねーのか」
「ぼくは、二人の男の刺青しか、可愛がっていない。あんたと――」
さすがにこの状況で、三田村の名は口にできなかった。それでも賢吾には十分伝わったらしく、こう言われた。
「まったく、性質の悪いオンナだ」
次の瞬間、和彦は片手を取られて、賢吾の両足の中心に導かれる。最初から行為を求めるつもりだったのか、下着を身につけていない賢吾のものの興奮ぶりは、浴衣の上からでもよくわかった。
なんといっても、和彦を〈オンナ〉扱いした最初の男だ。よくも悪くも、和彦にとって賢吾は、特別な存在だった。
浴衣を着込むと、髪も乾かさずにまっすぐ賢吾の部屋へと戻る。すでに二組の布団を並べて敷いてあった。その中央に、浴衣に着替えた賢吾があぐらをかいて座っていた。
賢吾に軽く手招きされ、和彦は緊張しながら布団の上にあがる。すかさず腕を掴まれて強引に引き寄せられた。よろめき、倒れ込みそうになるが、その前に賢吾の両腕の中に閉じ込められ、背後からがっちりと抱き締められた。力強い腕の感触に和彦は、怯えではなく心地よさを感じた。
「数えきれないぐらい抱き締めているのに、飽きねーな、先生の体の感触は」
耳に唇が押し当てられ、官能的なバリトンに囁かれる。ゾクゾクするような疼きが背筋を駆け上がり、和彦は小さく声を洩らしていた。
「――先生が旅行に出かけた日、この感触をオヤジが味わっているのかと思ったら、さすがの俺も胸の奥がザワザワした」
「えっ……」
思いがけない賢吾の言葉に反射的に和彦は振り返ろうとしたが、耳朶に歯が立てられて動けなかった。一瞬感じた痛みは、すぐに肉の疼きへと姿を変える。湯上がりの和彦の体は、熱が冷めるどころか、燃えそうなほど熱くなっていく。
「先生の存在は、オヤジにとっても特別なようだ。いままであの〈化け狐〉は、俺が誰と寝ようが興味を示したことはなかった。それこそ、息子のオンナに手を出すなんざ、天地がひっくり返ってもありえないことだった。――先生が現れるまではな」
話しながら賢吾の手は油断なく動き、浴衣の裾を割って、両足の奥へと入り込んでくる。内腿を撫でられたかと思うと、無遠慮な手つきで下着を脱がされる。さすがに和彦は拒もうとしたが、もう片方の手が喉にかかり、軽く圧迫される。それだけで和彦の抵抗の意思は潰えた。
「俺も、自分の息子の〈恋人〉に手を出して、体よく取り上げたんだ。しかも、千尋と違って、単なる色恋だけで行動したわけじゃない。先生に利用価値があると判断したうえで、モノにしたんだ。それとまったく同じことを、今度は俺のオヤジがした。これで俺が怒り狂ったら、理屈が通らない」
「……長嶺の男の理屈は、ぼくには理解しにくい。自分勝手で、強引で……」
和彦が控えめに非難すると、喉にかけた手を外した賢吾は、熱い舌で首筋をベロリと舐め上げてくる。
「極道だからな。自分がやりたいようにやるが、通すべき筋ってものもある。ただし、上から下へ、親から子へと求める、一方通行の筋だ。力でしかものを言えないこの世界を生きて、治めるってのは、そういうことだ。先生は今の生活を送る限り、どんなに苦くて不味い理屈でも、呑み込まざるをえない。頭のいい先生は、それがわかっているから――」
賢吾に手荒く欲望を掴まれ、和彦は息を詰める。一瞬本気で、握り潰されることを覚悟していた。
「長嶺守光のオンナになったんだろ?」
和彦はおずおずと振り返り、間近にある賢吾の顔を見つめる。大蛇を潜ませた目から、まるで陽炎のような激情の炎が透けて見える。
「先生と長嶺の男は、妙に相性がいい。俺や千尋だけじゃなく、オヤジとも体が馴染んでも不思議じゃない。先生が、長嶺の男を骨抜きにすればするほど、この世界に深入りして、抜け出せなくなる。表の世界に逃げられるぐらいなら、化け狐の爪にがっちりと押さえ込んでもらったほうがいい……と、俺なりに計算はしてあったんだがな」
淡々と言葉を重ねる賢吾の迫力に呑まれ、和彦は瞬きもできない。そんな和彦の唇を、賢吾は傲慢に貪り始める。
自惚れかもしれないが、賢吾に執着されていると伝わってくるような口づけだった。
「――……会長の刺青は、たまたま見たんだ。朝、会長が着替えているときに、偶然ぼくが目を覚まして……。一瞬しか見えなかった。でも、怖かった」
口づけの合間に和彦が訴えると、喉を鳴らすようにして賢吾は笑った。
「先生は、物騒な男が入れている、物騒な刺青を可愛がるのが好きなんじゃねーのか」
「ぼくは、二人の男の刺青しか、可愛がっていない。あんたと――」
さすがにこの状況で、三田村の名は口にできなかった。それでも賢吾には十分伝わったらしく、こう言われた。
「まったく、性質の悪いオンナだ」
次の瞬間、和彦は片手を取られて、賢吾の両足の中心に導かれる。最初から行為を求めるつもりだったのか、下着を身につけていない賢吾のものの興奮ぶりは、浴衣の上からでもよくわかった。
31
お気に入りに追加
1,359
あなたにおすすめの小説
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
心からの愛してる
マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。
全寮制男子校
嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります
※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください
ヤクザと捨て子
幕間ささめ
BL
執着溺愛ヤクザ幹部×箱入り義理息子
ヤクザの事務所前に捨てられた子どもを自分好みに育てるヤクザ幹部とそんな保護者に育てられてる箱入り男子のお話。
ヤクザは頭の切れる爽やかな風貌の腹黒紳士。息子は細身の美男子の空回り全力少年。
目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
公爵家の五男坊はあきらめない
三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。
生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。
冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。
負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。
「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」
都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。
知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。
生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。
あきらめたら待つのは死のみ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる