血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
478 / 1,268
第22話

(15)

しおりを挟む
「それと、旅先でおもしろい話をしてやると言われていたんだ。あんたと千尋も知らない話を……」
 ほお、と賢吾は声を洩らす。どんな話かと聞かれなかったが、隠すほどのことではないので、和彦は端的に告げた。
「昔会長は、ぼくの父親が抱えた揉め事を解決したんだそうだ。会ったのはほんの数回らしくて、ぼくのことを調べたときに、父親のことを思い出したと言っていた」
 守光が言っていたことは本当だったようだ。賢吾は驚きを隠そうともしなかった。しかしすぐに、意味ありげに目を眇めた。
「本当に、食えないジジイだ。千尋が先生とつき合い始めて、それで俺が先生に目をつけたときも、オヤジは何も言わなかったんだが、そのときにはいろいろと企んでいたんだろうな」
 どんな企みなのか気にはなったが、尋ねることはできなかった。なんとなく、毒気が強そうな話を聞かされそうだと思ったからだ。
 自覚もないまま和彦が軽く眉をひそめていると、揶揄するように賢吾が問いかけてきた。
「父親のことを聞いて、長嶺との見えない縁を感じたか?」
「……ああ、嫌になるほど物騒な縁を」
「気分転換がしたいからという理由で、総和会会長との旅行について行った先生が、物騒なんて言葉を言うのか?」
 賢吾の物言いは柔らかだが、和彦の神経をチクチクと刺激してくる。愚鈍ではないつもりの和彦は、賢吾が言外に含んだ皮肉を感じ取っているし、自身の罪悪感の痛みであることも知っているのだ。
「もし、ぼくが事前に旅行のことを相談したら、あんたは引き止めたか?」
 上半身裸のまま賢吾が目の前を通り過ぎる。惜しげもなく晒された大蛇の刺青に和彦の目は釘付けになったが、じっくりと眺める前に隣の部屋へと行き、姿が見えなくなる。ただ、賢吾の声だけは耳に届いた。
「しっかりオヤジを骨抜きにしてこいと言って、送り出しただろうな」
 和彦は苦笑しつつも、賢吾らしい――いや、長嶺の男らしい発言だと思った。長嶺の男は、三人とも見事に食えない。
 賢吾が再び姿を見せたとき、すでにセーターを着込んでおり、大蛇の刺青を見ることは叶わない。それを残念だと思った和彦は、次の瞬間には我に返り、頬を熱くした。
 和彦の反応に気づいたのか、隣に座った賢吾が当然のように頬に触れてくる。まるで、猫を撫でるような手つきだ。そんな賢吾の手を握り、秘密を打ち明けるように和彦は囁いた。
「――長嶺の守り神の正体は、狐だったんだな」
 賢吾は、射抜くほど冷たく鋭い眼差しを向けてきた。
「狐なんて、生ぬるいものじゃねーだろ、あれは。まさに、化け物だ。俺の大蛇が可愛く思えるほどだ」
 それはどうだろうと言いたかったが、明らかに余計なことなので口を噤んでおく。賢吾はそんな和彦の髪を撫でてから、引き結んだ唇に指先を這わせ、怖いほど優しい声で言った。
「先生、今夜はここに泊まれ。じっくりと時間をかけて話したい」
 もちろん拒めるはずもなく、和彦の返事は一つしかなかった。


 守光の誘いに乗って旅行に同行した理由を、賢吾があれだけの理由で納得したとは、和彦は到底思えなかった。慎重で警戒心が強い男は、だからこそ洞察力に長けている。和彦が秘密を抱えていても、すぐに見抜いてしまうぐらいだ。
 ただ、賢吾にウソはついていない。報告すべきことを、いまだに報告していないだけだ。それがどれだけ危険なことかわかっているが、里見を巻き込みたくはないし、再び関係を持ちたいという気持ちもなかった。
 自分が巧く立ち回れば、長嶺組にも里見にも、迷惑をかけずに済むはずだ。
 ささやかな希望にすがるように和彦は自分に言い聞かせると、両手で掬い上げた湯を顔にかける。
 夕食後、勧められるまま風呂に入りながら、和彦はめまぐるしく頭を働かせていた。迷惑をかけたくないと思いながら、結局はそれが、自身の保身に繋がることに気づき、我ながらうんざりしてしまう。それほど、賢吾が怖いのだ。
 里見の件を隠しているのはもちろん、守光の〈オンナ〉となったことを、まだ和彦の口から報告していない。正直、臆していた。
 遠からずこうなることを大蛇の化身のような男は確信し、望んでさえいたのかもしれないが、自分の目の届かないところで和彦が承諾したことを快く感じるかは、また別の問題だ。
 複数の男と関係を持ってはいても、それはすべて、賢吾の許可があってのことだ。しかし相手が、父親となると――。
 濡れた髪を掻き上げて、和彦は深く息を吐き出す。三世代の長嶺の男と関係を持ったという事実が、いまさらながら重かった。長嶺組だけでなく、総和会という組織の重みといえるかもしれない。

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

朝起きたら幼なじみと番になってた。

オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。 隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた 思いつきの書き殴り オメガバースの設定をお借りしてます

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

処理中です...