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第22話
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「それと、旅先でおもしろい話をしてやると言われていたんだ。あんたと千尋も知らない話を……」
ほお、と賢吾は声を洩らす。どんな話かと聞かれなかったが、隠すほどのことではないので、和彦は端的に告げた。
「昔会長は、ぼくの父親が抱えた揉め事を解決したんだそうだ。会ったのはほんの数回らしくて、ぼくのことを調べたときに、父親のことを思い出したと言っていた」
守光が言っていたことは本当だったようだ。賢吾は驚きを隠そうともしなかった。しかしすぐに、意味ありげに目を眇めた。
「本当に、食えないジジイだ。千尋が先生とつき合い始めて、それで俺が先生に目をつけたときも、オヤジは何も言わなかったんだが、そのときにはいろいろと企んでいたんだろうな」
どんな企みなのか気にはなったが、尋ねることはできなかった。なんとなく、毒気が強そうな話を聞かされそうだと思ったからだ。
自覚もないまま和彦が軽く眉をひそめていると、揶揄するように賢吾が問いかけてきた。
「父親のことを聞いて、長嶺との見えない縁を感じたか?」
「……ああ、嫌になるほど物騒な縁を」
「気分転換がしたいからという理由で、総和会会長との旅行について行った先生が、物騒なんて言葉を言うのか?」
賢吾の物言いは柔らかだが、和彦の神経をチクチクと刺激してくる。愚鈍ではないつもりの和彦は、賢吾が言外に含んだ皮肉を感じ取っているし、自身の罪悪感の痛みであることも知っているのだ。
「もし、ぼくが事前に旅行のことを相談したら、あんたは引き止めたか?」
上半身裸のまま賢吾が目の前を通り過ぎる。惜しげもなく晒された大蛇の刺青に和彦の目は釘付けになったが、じっくりと眺める前に隣の部屋へと行き、姿が見えなくなる。ただ、賢吾の声だけは耳に届いた。
「しっかりオヤジを骨抜きにしてこいと言って、送り出しただろうな」
和彦は苦笑しつつも、賢吾らしい――いや、長嶺の男らしい発言だと思った。長嶺の男は、三人とも見事に食えない。
賢吾が再び姿を見せたとき、すでにセーターを着込んでおり、大蛇の刺青を見ることは叶わない。それを残念だと思った和彦は、次の瞬間には我に返り、頬を熱くした。
和彦の反応に気づいたのか、隣に座った賢吾が当然のように頬に触れてくる。まるで、猫を撫でるような手つきだ。そんな賢吾の手を握り、秘密を打ち明けるように和彦は囁いた。
「――長嶺の守り神の正体は、狐だったんだな」
賢吾は、射抜くほど冷たく鋭い眼差しを向けてきた。
「狐なんて、生ぬるいものじゃねーだろ、あれは。まさに、化け物だ。俺の大蛇が可愛く思えるほどだ」
それはどうだろうと言いたかったが、明らかに余計なことなので口を噤んでおく。賢吾はそんな和彦の髪を撫でてから、引き結んだ唇に指先を這わせ、怖いほど優しい声で言った。
「先生、今夜はここに泊まれ。じっくりと時間をかけて話したい」
もちろん拒めるはずもなく、和彦の返事は一つしかなかった。
守光の誘いに乗って旅行に同行した理由を、賢吾があれだけの理由で納得したとは、和彦は到底思えなかった。慎重で警戒心が強い男は、だからこそ洞察力に長けている。和彦が秘密を抱えていても、すぐに見抜いてしまうぐらいだ。
ただ、賢吾にウソはついていない。報告すべきことを、いまだに報告していないだけだ。それがどれだけ危険なことかわかっているが、里見を巻き込みたくはないし、再び関係を持ちたいという気持ちもなかった。
自分が巧く立ち回れば、長嶺組にも里見にも、迷惑をかけずに済むはずだ。
ささやかな希望にすがるように和彦は自分に言い聞かせると、両手で掬い上げた湯を顔にかける。
夕食後、勧められるまま風呂に入りながら、和彦はめまぐるしく頭を働かせていた。迷惑をかけたくないと思いながら、結局はそれが、自身の保身に繋がることに気づき、我ながらうんざりしてしまう。それほど、賢吾が怖いのだ。
里見の件を隠しているのはもちろん、守光の〈オンナ〉となったことを、まだ和彦の口から報告していない。正直、臆していた。
遠からずこうなることを大蛇の化身のような男は確信し、望んでさえいたのかもしれないが、自分の目の届かないところで和彦が承諾したことを快く感じるかは、また別の問題だ。
複数の男と関係を持ってはいても、それはすべて、賢吾の許可があってのことだ。しかし相手が、父親となると――。
濡れた髪を掻き上げて、和彦は深く息を吐き出す。三世代の長嶺の男と関係を持ったという事実が、いまさらながら重かった。長嶺組だけでなく、総和会という組織の重みといえるかもしれない。
ほお、と賢吾は声を洩らす。どんな話かと聞かれなかったが、隠すほどのことではないので、和彦は端的に告げた。
「昔会長は、ぼくの父親が抱えた揉め事を解決したんだそうだ。会ったのはほんの数回らしくて、ぼくのことを調べたときに、父親のことを思い出したと言っていた」
守光が言っていたことは本当だったようだ。賢吾は驚きを隠そうともしなかった。しかしすぐに、意味ありげに目を眇めた。
「本当に、食えないジジイだ。千尋が先生とつき合い始めて、それで俺が先生に目をつけたときも、オヤジは何も言わなかったんだが、そのときにはいろいろと企んでいたんだろうな」
どんな企みなのか気にはなったが、尋ねることはできなかった。なんとなく、毒気が強そうな話を聞かされそうだと思ったからだ。
自覚もないまま和彦が軽く眉をひそめていると、揶揄するように賢吾が問いかけてきた。
「父親のことを聞いて、長嶺との見えない縁を感じたか?」
「……ああ、嫌になるほど物騒な縁を」
「気分転換がしたいからという理由で、総和会会長との旅行について行った先生が、物騒なんて言葉を言うのか?」
賢吾の物言いは柔らかだが、和彦の神経をチクチクと刺激してくる。愚鈍ではないつもりの和彦は、賢吾が言外に含んだ皮肉を感じ取っているし、自身の罪悪感の痛みであることも知っているのだ。
「もし、ぼくが事前に旅行のことを相談したら、あんたは引き止めたか?」
上半身裸のまま賢吾が目の前を通り過ぎる。惜しげもなく晒された大蛇の刺青に和彦の目は釘付けになったが、じっくりと眺める前に隣の部屋へと行き、姿が見えなくなる。ただ、賢吾の声だけは耳に届いた。
「しっかりオヤジを骨抜きにしてこいと言って、送り出しただろうな」
和彦は苦笑しつつも、賢吾らしい――いや、長嶺の男らしい発言だと思った。長嶺の男は、三人とも見事に食えない。
賢吾が再び姿を見せたとき、すでにセーターを着込んでおり、大蛇の刺青を見ることは叶わない。それを残念だと思った和彦は、次の瞬間には我に返り、頬を熱くした。
和彦の反応に気づいたのか、隣に座った賢吾が当然のように頬に触れてくる。まるで、猫を撫でるような手つきだ。そんな賢吾の手を握り、秘密を打ち明けるように和彦は囁いた。
「――長嶺の守り神の正体は、狐だったんだな」
賢吾は、射抜くほど冷たく鋭い眼差しを向けてきた。
「狐なんて、生ぬるいものじゃねーだろ、あれは。まさに、化け物だ。俺の大蛇が可愛く思えるほどだ」
それはどうだろうと言いたかったが、明らかに余計なことなので口を噤んでおく。賢吾はそんな和彦の髪を撫でてから、引き結んだ唇に指先を這わせ、怖いほど優しい声で言った。
「先生、今夜はここに泊まれ。じっくりと時間をかけて話したい」
もちろん拒めるはずもなく、和彦の返事は一つしかなかった。
守光の誘いに乗って旅行に同行した理由を、賢吾があれだけの理由で納得したとは、和彦は到底思えなかった。慎重で警戒心が強い男は、だからこそ洞察力に長けている。和彦が秘密を抱えていても、すぐに見抜いてしまうぐらいだ。
ただ、賢吾にウソはついていない。報告すべきことを、いまだに報告していないだけだ。それがどれだけ危険なことかわかっているが、里見を巻き込みたくはないし、再び関係を持ちたいという気持ちもなかった。
自分が巧く立ち回れば、長嶺組にも里見にも、迷惑をかけずに済むはずだ。
ささやかな希望にすがるように和彦は自分に言い聞かせると、両手で掬い上げた湯を顔にかける。
夕食後、勧められるまま風呂に入りながら、和彦はめまぐるしく頭を働かせていた。迷惑をかけたくないと思いながら、結局はそれが、自身の保身に繋がることに気づき、我ながらうんざりしてしまう。それほど、賢吾が怖いのだ。
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遠からずこうなることを大蛇の化身のような男は確信し、望んでさえいたのかもしれないが、自分の目の届かないところで和彦が承諾したことを快く感じるかは、また別の問題だ。
複数の男と関係を持ってはいても、それはすべて、賢吾の許可があってのことだ。しかし相手が、父親となると――。
濡れた髪を掻き上げて、和彦は深く息を吐き出す。三世代の長嶺の男と関係を持ったという事実が、いまさらながら重かった。長嶺組だけでなく、総和会という組織の重みといえるかもしれない。
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