血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
475 / 1,268
第22話

(12)

しおりを挟む
 かつて守光は、総和会会長の立場では、長嶺組の〈身内〉の処遇について命令はできないと言った。今ならこれが、言葉のうえだけの建前でしかないと理解できる。命令はしなくとも、和彦が選択するよう仕向ければいいだけの話なのだ。そして和彦は、選んだ。
 男たちの思惑に搦め取られていくうちに、果たして自分はどこに行き着くのか。
 考えたところでわかるはずもなく、それがまた和彦の気分を沈み込ませる。何か、しっかりとした支えに掴まっていなければ、今度こそ気持ちを立て直せない危惧すら抱いてしまう。
 一度は横になりながらも眠れる心境ではなく、結局和彦は寝室を出る。コーヒーでも入れようかとキッチンに行きはしたものの、カップを出そうとしたところで動きを止める。
 一瞬にして芽生えた衝動を必死に抑えようとしたが、できなかった。手早く服を着替えると、財布と部屋の鍵を掴んで玄関を出た。
 部屋に引き返したほうがいいと、頭の片隅で弱々しく理性の声がする。しかしそんな声で足を止められるはずもなく、和彦はエレベーターに乗り込む。
 マンションを出たときには、これが最初で最後だからと、自分自身に言い訳をしていた。
 周囲をうかがいながら小走りで向かったのは、近くのコンビニだった。正確には、コンビニの外に設置された公衆電話に用がある。家から電話をかけると、盗聴器を通して会話を聞かれる恐れがあった。
 つまり、組の人間に聞かれたくない電話をかけたいのだ。
 慎重に辺りを見回してから受話器を取り上げる。電話番号は、携帯電話に登録したり、メモを手元に残しておくわけにもいかず、頭に叩き込んであった。
 番号を押し、呼び出し音を五回聞いたところで受話器を置こうと、心の中で決める。これで、もう縁は切れたのだと諦められると、和彦は思った。
 しかし決意とは裏腹に、〈彼〉との縁はそう脆いものではなかったようだ。
 三回目の呼び出し音が鳴る前に、あっさりと彼が――里見が電話に出た。
『もしもし?』
 電話越しに里見の声を聞いた瞬間、和彦の胸は切なく締め付けられる。自分が高校生だった頃の感覚に引き戻されるが、その一方で、自分の今の生活が脳裏を過ぎる。先日里見と会ってから、さほど日は経っていないというのに、和彦の置かれた状況はますます複雑に、物騒になった。
 なんといっても、総和会会長のオンナになったのだ。
 和彦が咄嗟に声を出せないでいると、それで里見は察するものがあったのか、いくらか声を潜めて尋ねてきた。
『もしかして、和彦くんか?』
「……こんな時間にごめん、里見さん」
 返ってきたのは、安堵したような息遣いだった。
『気にしなくていい。こうして電話をくれたんだ。それだけで嬉しいよ』
 里見の穏やかな声につい笑みをこぼしかけた和彦だが、ふとある光景が蘇り、顔が強張った。精神的に塞ぎ込んでいた原因は、何も守光のことだけではない。守光からの旅行の誘いに乗ったとき、和彦の気持ちはすでに不安定だったのだ。
『もう二度と、君の声を聞けないんじゃないかと、気が気じゃなかったんだ。それが、こんなに早く連絡をくれるなんて、嬉しいよ』
「本当は、連絡を取るつもりはなかったんだ。……里見さんに迷惑をかけるのが怖かったから。でも、だとしたら、あなたはもっと心配するんじゃないかとも思った」
『その通り。わたしは今の君について、何も知らないからね。ずっと心配していた』
 ここで一度、沈黙が訪れる。和彦は急に寒さが気になり、冷たくなった指先を首筋に押し当てる。せめて手袋ぐらいしてくるべきだったかもしれない。
『――……公衆電話からかけているみたいだけど、寒くないか?』
「寒いけど、外から電話をかける必要があったんだ。携帯も……使えない」
『それは、わたしのことを用心しているのか、それとも君が置かれている環境のせいで、そこまでしないといけないのか。どっちだい?』
「両方だよ。ぼくは、佐伯家と繋がりのある里見さんを警戒している。それに、今ぼくの周囲にいる人間は用心深いんだ」
 並んで歩いていた里見と英俊の姿が、脳裏をちらつく。ただ、そんな場面を見たと里見に言うわけにもいかない。
『それは……君を手放したくないからこその、用心深さかい?』
「そうだよ。ここでは大事にされている。それに、必要とされている」
『佐伯家での君を知っているわたしからしたら、胸が痛むね。その言葉は。率直に言って君は、佐伯家に必要とされている人間じゃなかった』
 口調は穏やかながら、里見の言葉は切りつけてくるように鋭い。だが、事実だ。
「……あの家は、兄さんだけがいればよかったんだ。実際兄さんは有能だし、父さんと考え方もよく似ている。佐伯家を継ぐに相応しい人だよ」

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

処理中です...