血と束縛と

北川とも

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第22話

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 衝撃の波が去り、和彦はぎこちなく息を吐き出す。
「こういうとき……、父がかつてお世話になりました、と言えばいいんでしょうか」
 冗談ではなく、本気で言った言葉だが、守光は低く笑い声を洩らした。
「人の縁は不思議だ。こうして、あのときの青年の息子と、枕を並べて同じ部屋で寝ているんだ」
 俊哉に関する秘密を抱えて、その息子である和彦を巡る関係を観察していたのだろうかと思うと、ヒヤリとする感覚が背筋を駆け抜ける。守光が怖いというより、不気味だった。
「――あんたは、父親とよく似ている」
 守光の言葉に、和彦はちらりと苦笑を浮かべる。
「初めて言われました。ぼくも兄も、顔立ちは母方の血が濃く出ていると言われ続けてきたので」
「顔立ちのことを言っているんじゃない。あんたも、自覚はあるんじゃないか。自分のどの部分が、父親とそっくりなのか。……佐伯俊哉という人間に会ったのは数回だが、人となりを調べることは可能だ。間違いなく、あんたは父親の〈性質〉を受け継いでいる」
 守光の言う通り、自覚はあった。だがそれは、心を抉られるような痛みを和彦に与えてくる。認めたくはないのに、認めざるをえないほど、和彦と父親はある性質がよく似ている。
 和彦は返事をすることなく再び寝返りを打ち、今度は守光に背を向ける。そんな和彦を気遣うように、守光が優しい声で言った。
「おやすみ、先生」
 おやすみなさいと、和彦は小さな声で応じた。




 久しぶりに父親の夢を見た。
 幼いときの和彦にとって俊哉は、ただ畏怖の存在だった。抱き上げてくれることも、手を繋いでくれることもなく、どこかに遊びに連れて行ってもらった思い出もない。だが、成長していくに従い、それすら恵まれていたことなのだと思うようになった。
 俊哉は、和彦に一切の関心を示さなくなったのだ。まだ、厳しく躾けられていたほうが遥かにまともな状態だった。少なくとも、父親として接してくれていたからだ。
 中学生の頃には和彦は、佐伯家での自分の立場を理解していた気がする。問題を起こさず、佐伯家の名を汚さず、ただ息を潜めて暮らすことが、和彦に求められていることだったのだ。
 皮肉なのは、そんな冷たい俊哉と、自分が同じ性質を受け継いだということだ。そのことで、和彦の人生は大きく変わった。
 水に溺れたような息苦しさに襲われ、和彦は大きく息を吸い込む。反射的に目を開くと、見覚えのない部屋の様子が視界に飛び込んできた。
 寸前まで見ていた夢のせいもあり、軽いパニック状態に陥ったが、すぐに自分の状況を思い出す。ここは旅先の旅館で、和彦は守光の部屋で眠ったのだ。
 すでに室内には、柔らかな陽射しが満ちている。夢見がよかったとは言いがたかったが、体に感じる充足感から、熟睡していたのだとわかる。
 隣に守光がいながら、我ながら神経が図太い。和彦は、昨夜守光から聞かされた話を思い返し、少し複雑な気分とともに、そんなことを考える。
 当の守光は――と、もぞりと身じろいで隣の布団を見る。しかし、守光の姿はなかった。
 和彦の耳に、微かな衣擦れの音が届く。反射的に体を起こした和彦は隣室に目をやる。ちょうど、守光が浴衣を腰まで脱ぎ、シャツを羽織ろうとしているところだった。
「あっ……」
 驚きの声を上げたのは、守光の背にいるものをはっきりと見てしまったからだ。
 狐だ。もちろん、ただの狐ではない。暗雲を足元に従えるように立った狐の体は、毒々しいほどの黄金色だった。背一面に、個々の生き物のように息づく九本の尻尾が描かれている。狐の顔つきが静かである分、尻尾の不気味さと迫力が際立っていた。
 背の刺青が露わになっていたのはほんの数秒だが、目に焼きつくには十分だ。和彦が息を呑んでいると、シャツを着込んだ守光が肩越しにこちらを見る。
「朝から、不快なものを見せてすまない。老いた体に、こんな刺青があると、滑稽だろう」
 和彦は小さく首を横に振る。守光の体から生気を得ているのか、それとも背の刺青から守光が生気を得ているのか、守光の後ろ姿と刺青から、老いという言葉とは無縁の力を感じた。
 男たちの体に彫られた刺青に強烈に惹かれる和彦だが、守光の背にあるものには、ただ圧倒される。おそらく触れることすら怖くてできないだろう。
「――昔話に出てくる、九尾の狐という生き物だ。若いときは、ただ力を示す絵柄がいいと思って入れたんだが、今になって、わしにぴったりだと思えるようになった。まさに、古狐だよ。煮ても焼いても食えず、ひたすら力に固執する」
 和彦は布団の上に座り直し、浴衣の前を整える。守光にまだ朝の挨拶もしていないことに気づき、頭を下げた。
「あの……、おはようございます」

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